第118話 ノーライフキングとサバサンドとマルティーニ アスティ・スプマンテ
「勇者はこどおじニートに生活保護を使って一発逆転したネオニートを特殊召喚するなり! 一発逆転したネオニートでアズリたんのバカッターに攻撃!」
「クハハハハ! 炎上カード発動である! 個人情報特定。場にバカッターがいる時、余のライフが残り1000社会的生命線である時、余に与えられる社会的生命線と同じ社会的生命線ダメージを勇者にも与える!」
「あ、相打ちなり……」
ミカンちゃんとアズリたんちゃんは最近流行りの高額転売ヤー向けカードゲームにどハマり中です。二人して近所の西友やイオンに行ってはカードを買っています。こんな紙束にお金を払う神経は私には分からないけど、なんだか女性や子供にも人気でテレビをつけると女優や俳優が。“私もやっています“と嘘つけー! みたいな事を言っているわね。
オタク文化、受け入れられるようになったわねー。
「クハハハハ! 次は勇者のライブラリーと交換して余とプレイするぞ。勇者の持つ“終焉間際のニート生活デッキ“も使ってみたい」
「アズリたん。秋葉で“ウラ垢が見つかり大炎上するアイドルデッキ“が先行販売なり! 今までのカードパワーを遥かに超える強さと話題なりけり」
「なんと! ゆるりと手に入れに行くぞ」
最低なネーミングのゲームが子供に流行るのって周期でもあるのかしら? まぁ、でももう夜の6時なので。
「もう門限なのでダメよ。明日にしなさい」
「えぇえ、勇者。門限とかなき」
「クハハハハ! 金糸雀が言うのであれば仕方あるまい! 勇者よ明日に出直そう」
十二歳くらいのアズリたんちゃんの物分かりの良さよ。
「あれ? デュラさんどこー? 勇者、今日デュラさん見ておらず」
「クハハハ! デュラハンの奴め、何処にゆきおった?」
デュラさんですが、えー。出張しています。何処に? もちろんいろはさんの家です。私がガールズバーのバイト先で休憩中にデュラさんと一週間の食事の相談をしていた時、かなりのレシピレパートリーになったデュラさんにいろはさんがまさかの出張料理サービスを依頼したんです。
それにウッキウキでデュラさんは料理をしにいろはさん宅にいます。
「今日はデュラさん帰ってくるの遅いから、というか届けてもらうから、今日は三人……プラスαだから、何食べたい?」
「さかなー!」
「余は家来の出す物は拒まぬ! 良い子であるからな! クハハハハ!」
でもねアズリたんちゃん。毎回それだとお魚になっちゃうぞ。ミカンちゃんの魚好きは相当だから、まぁ私の世界のお魚料理が美味しいというのは認めるわ。そして私はデュラさんに聞いて知ってるの。
アズリたんちゃんは私の世界のパンが美味しいと言っている事。というか、日本のパンが恐ろしいくらい美味しいだけなんだけどね。
海外の人達からしたら日本のパンは美味しいけど、食事用のパンじゃないだなんて言われるくらいだし。
「じゃあ本日は、ベーカリーメーカーの力を借りて米粉のパンと焼きサバのトルコ料理を和風のサバサンドで食べましょうか?」
ホームベーカリーはかなりつよつよな機械ね。あってもなくてもいい白物家電なんだけど、パンを買う人は持ってて損はないかも。特に私みたいなパンでもご飯でも両方食べる人間はお米使ってパン作れるタイプは重宝するわ。
「おぉ! お家でパン屋さんなりけり」
「金糸雀よ。この小さい四角い箱の中には妖精でもおるのか? クハハハ! 実に摩訶不思議である!」
ミカンちゃんとアズリたんちゃんはずーっとホームベーカリーを見つめてるわ。その間にデュラさんとテンション上がって作った塩鯖の一本漬けを取り出すと必要な分切って少し塩抜き。
デュラさんがいないので今日は子供も大好きな味付けのソースにしようかしらケチャップ、マヨネーズ、そして粒マスタード。ちょっと大人向けにしたい時はケチャップにタバスコをちょっと多めに入れて混ぜるだけよ。
ガチャガチャガチャ!
「あら、誰か来たわね。ミカンちゃん見てきて」
「勇者、近所のカードショップで小学生ボコボコにする為にデッキ調整中なり」
「お願い、それなんかやめて。もうアズリたんちゃん、お出迎えしてくれる?」
「クハハハ! 良かろう! 魔王城ではいつもアズリエルの腹心。ディダロス、ウラボラス。シレイヌスが先に来客にゆく故、余が出る事がなかったからな!」
たまに出てくるデュラさんの上司の人たち。というかモンスター。デュラさんが部長クラスなら、その人たちは専務や常務クラスなのかしら。そういう人達が出迎えるって会社とかで考えたら大事なお客さんなんだろうけど、多分、魔王城という特異性で考えると、目の前で小学生泣かせる為でカード触っているこのミカンちゃんみたいな子がやってきてるんでしょうね。
「クハハハハ! 余がお出迎えをしてやっている! 喜んで門を潜ると良い!」
「おや……これはこれは美味しそうなお嬢さんだ。こんにちは、そして頂きます。そしてさようなら」
ガブリ。
ブシュー。グッチャグッチャ、バキバキ、ボリボリ。
とかいうなんか凄い嫌な音してるんですけど……ミカンちゃんは面倒臭そうに玄関を見てからやっぱりカードゲームに集中。
「ね、ねぇ、ミカンちゃん。ちょっと一緒に見に行ってよ」
「えー、勇者忙しぃー!」
「なんかアズリたんちゃんが……やばくない?」
「ハァ……」
なんでため息つかれるのか私は分からないけど、玄関を見ると、そこには真っ赤に染まったタキシードを着た帽子に片眼鏡の男性が、アズリたんちゃんを捕食している姿だった。虚な瞳をしているアズリたんちゃん。
えっ? これ……ガチでダメなやつじゃん! これ、デュラさんが見たら、いやそもそも殺人? アズリたんちゃん人間みたいだけど魔王様の子供だからモンスターよね? えっ? 私の部屋。というか兄貴の部屋事故物件じゃない。
とか思うより私はきゃああとか悲鳴をあげないのは、アズリたんちゃんと目が合った時、アズリたんちゃんの瞳がキラッキラに輝いた事なのよね。
「クハハハ! 中々面白い時間であった! が、この狭く。余のペットである黒龍の食事用の皿よりも小さい部屋の主は金糸雀である。それ故、汚す事は非礼であるぞ! 雑魚モンスターよ」
そうアズリたんちゃんがそう言うと、飛び散った血とかが全部アズリたんちゃんの元に戻っていき、シミが消える。体も急激に復元して、タキシードの男性の返り血も全部アズリたんちゃんに戻る。
「ざ……雑魚モンスター? 私は、1000年生きたノーライフキング。そんじょそこらの上級モンスターとは格が違う! 一体貴女は何者ですか!」
「クハハハハ! 余か? 余はザナルガランの盟主。魔王アズリエルの後継、大魔王アズリタンである! クハハハハ!」
王者のポーズで高笑いをするアズリたんちゃん。そして雑魚モンスターさんはノーライフキングさん。ミカンちゃんは一部始終をどうでも良さそうに見てリビングへ戻っていったわ。
「あのー、ノーライフキングさん?」
「人間の女? これはいい。大魔王殿。奴隷か何かでしょうか? 丁度お腹がすいており、この奴隷食してもよろしいですかな?」
「バカを言うでない! この者はこのいと狭き部屋の領主金糸雀である! こやつがこの部屋の言わばハウスルールであるぞ! クハハハハ! 食って良いかは余ではなく金糸雀に聞くといい」
アズリたんちゃんがそう言うので、雨の中、濡れた子犬みたいな目でノーライフキングさんは私を見つめるので、
「まぁ、食べたらダメですけどね」
と答えるしかないじゃない。代わりと言ってはなんですけど、「まぁ、食事くらいならお出ししますから上がってください」とノーライフキングさんを、面倒なので、ノーライフさんでいいか。この人、精神的にノーライフっぽいし、
鯖は薄味の照り焼きにします。そしてホームベーカリー先生が最高のふっくらもちもちパンを作ってくれたので、これを切り分けて、先ほど作ったソースをパンに塗って、レタス。目玉焼きそしてこのサバの照り焼きを乗せてサンドします。
「はい! 本日の晩ご飯。サバサンドの完成でーす! 飲み物は……うーん、スパークリングワインにしましょうか! アズリたんちゃんはシャンメリー風ジュースよ!」
本日はスーパーとかで普通に手に入る1000円くらいのスパークリングワイン。マルティーニ アスティ・スプマンテ。コスパいい割に、とある地方の種を100%使っている拘りのスパークリングワインね。
「ではでは、シャンパングラスに注いでいきますので、ミカンちゃん! 二人を見て、グラスに触らない」
「えぇ、そういうの勇者いいかもー」
「ゆ……勇者もいるのですか……」
最低限のマナーは教えておかないと特にミカンちゃんは放浪癖があるから、よそで恥ずかしい真似されると嫌なのよね。それに対してアズリたんちゃんとノーライフキングさんは実に行儀がいいわね。
「大魔王様、ナプキン等を」
「良い! つけさせてやろう」
「ありがたき幸せ」
あら紳士。異世界のマナーって私達で言う所の大陸系マナーなのよね。私たちの異世界のイメージが中世ヨーロッパというのは案外、リアルなのかもしれないわね。見た事ないから知らんけど。
私も高級ホテルのバーテンダー。従姉妹の姉ちゃんの真似をして、澄ました顔で、数回に分けて激安スパークリングワインとアズリたんちゃんのシャンメリーを注ぐ。
「かなりあ、きもーい!」
ミカンちゃんの久しぶりの煽りを受けて準備が整ったところで、乾杯の音頭を……私はウィンクして、
「ノーライフキングさん、お願いできますか?」
コホンとノーライフキングさんは咳払いすると、シャンパングラスを手に持って今の正直な気持ちを乾杯の音頭にされました。
「全くもってわけがわからない状態でお招きいただき、感謝。至極恐悦。大魔王様、そしてその寵愛を受ける人間の領主金糸雀様、並びに勇者殿。ノーライフキングとか自ら名乗っていたのが恥ずかしい限りですが、生きて帰れればと願うばかりですね! 乾杯!」
異世界ジョークなのか、アズリたんちゃんと、ミカンちゃんには超大ウケ。まぁ、私はクソ面白くないなとか思ったけど、
「「「かんぱーい!」」」
酒が飲めたらどうでもいいわ。
「おや、発泡が強いワインですな。中央の皇国ヴェスタリアのグランシャール地方で作られるグランパーニュワインに似ていて、相当な良い物とお見受けします。風味はそこそこですか、この味わい。さすがは領主様」
スーパーで1000円くらいの3割引シール貼ってたやつなんだけどね。
あと久々に出たな! シャンパーニュー地方のシャンパンが先か、グランシャール地方のグランパーニュワインが先か、異世界か地球か問題。
「うみゃああああ! 勇者、しゅわしゅわワインスキー!」
「クハハハハ! 甘くてシュワシュワしていて美味い。魔王三柱の奴らにも飲ませてやりぞ!」
今度お土産に渡してあげよう。ジュースなら10ケースくらい買ってあげるわよ。本日のメインディッシュ。
「サバサンドも食べてみて! 摘みやすいように一口大に切り分けてるから」
みんな実食よ! まずはミカンちゃん、ポイと口に放り込んで、咀嚼。そして両手で頬を持って、
「うんみゃあああああああ! さかなーうまー! サバつよつよぉ!」
アズリたんちゃんは食べようとしないので、私はそうかと気づく、フォークを渡してあげると「うむ!」と受け取って、さらに半分に切って口に運ぶ。本当に蝶よ花よと育てられているお姫様とは思えない出来た子ねぇ。
「金糸雀、褒めてつかわす! これも実に美味い! クハハハハ! 余の料理番が作りしオークのステーキや怪魚の目玉のスープ、トレントの樹液のデザートなど、趣向の限りを尽くした物であったが、それら全てが遠く及ばぬ。クハハハハ! 金糸雀にはザナルガランの土地を200万ベクターを約束しようぞ」
「「2、200万ベクター!」」
ミカンちゃんとノーライフさんが唖然としているけど、多分加賀百万石みたいな感じなんでしょうね。ノーライフさんも一つ摘んで食べて、「魚というと少し不気味な感じがしますが、これは……ハハ、なんと美味しい」
「でしょ? 人間食べるより、手頃な食材食べる方が全然いいですよ」
「まぁ、そうは言いますがね金糸雀様。全ての生物が同じ物を食すと、それは自然の理に反し、世界は滅ぶと言われています」
「あー、そういう。そっかそっか、まぁ程々にね」
私たちの世界は食糧危機が実は起きている。何故なら人間をメインに捕食する生物がいないから、異世界は魔物がそれなんだ。そういう食物連鎖のサイクルができてるから、経済が回るのねぇ。
成程ねぇ。
「かなりあ、お代わり!」
「はいはい、ノーライフさんもどうぞ! アズリたんちゃんはまだ大丈夫ね」
私達はサバサンドを食べながら優雅な夜を過ごしつつ、何故か酔っ払ったノーライフさんによる今度の世界はどうなっていくのかという異世界の現在の状況を教えてもらいつつ、アズリたんちゃんがお歌を歌ってくれたり、ミカンちゃんが勝手に生放送を配信し始めたり結果として楽しい一夜を過ごしていたら、ノーライフさんが、
「皆様、お逃げください! 凄まじい力を持った……恐らくは光の者がやってくる気配を感じました。私はこれでも見渡す者と言われており、少し先の未来が見えます。私程度でどうにかなるかは分かりませんが、今宵の宴のお礼くらいはと」
ミカンちゃんが消えた。
来るのね。
ガチャリと開かれた扉、そしてアズリたんがニコニコと笑顔で手を挙げる。
「クハハハハ! また物乞いに来たか女神よ!」
「まぁ、魔王の娘! 女神になんという口を聞くのですか! 金糸雀ちゃーん、とりあえずウェルカムドリンクが欲しいですよ!」
「あー、はい。ノーライフさん。この光の者。ほぼ毎晩来るんで大丈夫ですよ。どうぞおかけください。グラス開いてますね。お水のほうがいいですか?」
そして、いつも通りの展開だなと思っていたらまさかの奇跡が起きました。
「聞いていますかノーライフキング! みんな女神をなんだと思っているんでしょうか?」
「聞いていますとも女神ニケ、ノーライフキングって雑魚モンスターですか? 違いますよね?」
「本来、お酒というものは飲んでも呑まれるな言うんですよ! 分かりますかノーライフキング」
「いつから女神ニケはお酒に呑まれていると思っていたんですか? 私はですねぇ!」
同じタイプが並ぶと、ウゼェから、おもしれぇ! になるって私は知りました。アズリたんちゃんが目を擦っているので、私は安物のパック焼酎を二人の間に置いて、
「アズリたんちゃん、一緒にお風呂入っちゃおうか?」
とアズリたんちゃんを連れてバスルームへ向かいました。そしてミカンちゃんが生放送の配信を切らずに出ていった事で、この二人の酔っ払い動画がしばらく拡散される事を私は知るよしもなかったです。
ちなみに、私は焼酎を押し付けてその場から消えたので、
パック焼酎姐さんという不快なあだ名をつけられていました。