第116話 海賊とミートボールスパゲッティーとジャック・オレンジ
「クハハハハハ! てれび、面白し!」
「プリキュア、仮面ライダー。ワンピは午前中のローテなり! 昼は競馬、水星の魔女、夜は鉄腕DASH、鬼滅の刃。日曜日は勇者も感服せざるおえず」
朝からアズリたんちゃんと並んでミカンちゃんはテレビを観ている。テレビ観ていてくれると大人しくていいんだけどね。
朝ごはんは近所のパン屋さんでかってきたメロンパン。新住人のアズリたんちゃんとミカンちゃん同じ物を食べていても明確に違う事があるの。二人で仲良くソファーを占拠しているけど、ミカンちゃんは寝転がり肘をついたり片手で食べたり、行儀が悪いのに対して、アズリたんちゃんは上品に座り、そして両手で持ってゆっくりと咀嚼飲み込み、「クハハハハ! 美味い!」と品があるのよね。さすがは魔王様の娘だからかしら?
デュラさんとか他の魔王軍の人もそうなんだけど、今の所勇者と勇者パーティーより魔王軍関係者の方が心象いいのよね。
アニメを見終わるとリモコンを使ってアズリたんちゃんはテレビを消す。そう、たったこれだけ! たったこれだけなんだけど、ミカンちゃんにはできない事。
「アズリたんちゃん偉いわね! ちゃんとテレビを観たら消す凄いわぁ!」
「クハハハハ! デュラハンがそう申しておったからな! 余は魔物達の上に立つ大魔王である!」
そう、デュラさんの言いつけをしっかり守ってるのよねぇ! きゃわわわわわ! それにしても、ミカンちゃん、ソファーに寝っ転がってドデカベビースターをぽりぽり食べてなんかこうやって対比するとどうしょうもない娘ね。
今更だけど……
「お昼どうしよっか? 何か食べたい物ある?」
「勇者さかなー!」
「クハハハハ! 金糸雀よ。余は家来が出す物に文句を言わぬ!」
何この子! ウチの子に、いいえ、妹に欲しいわ! それに対して、次女ミカンちゃん……もうネオニートの道を歩んで……嘆かわしいわ。
「かなりあから勇者に負のオーラを感じれり……」
「金糸雀殿。では我からリクエスト、宜しいか?」
「あー、なに食べたいですか?」
デュラさんはアズリたんちゃんを見て、私に真面目な顔でこう言った。
「先日、残り物チャーハンで殿下をもてなし事。我、生涯の不覚である。今日はあの我もハマった大怪盗が食していたミートボールスパゲッティーをお作りしたいである!」
ははーん! あのね! あれね! 貴女は大変な物を盗まれて行ったやつね!
「おぉ! 勇者もルパンと次元が食べてたアレ食いたし!」
そう、あれね。日本国民9割のお腹を鳴らしたという(私の勝手な妄想)。ワインもいいんだけど、ルパンといえばジャックダニエル。複製人間の再放送の時にルパンと次元が呑んでて飲みたかったのよね。
「ひき肉ならあるし、乾麺もあるから、うん! 作れるわね! 手伝いますよ! デュラさん!」
「おぉ! 金糸雀殿が手伝っていただけるのであれば万人力であるな!」
ニコニコしながらアズリたんちゃんが私たちを見ながら、アズリたんちゃんはミカンちゃんに痛恨の一言を言ったわ。
「勇者、貴様は何もせぬのだな? クハハハハ!」
「ゆ、勇者……食べるの専門なり」
「余の家来のディダロスが働かざる者喰うべからずと申しておったぞ?」
「そ、それをいうならアズリタンも働いてなし」
「クハハハハハ! 馬鹿を言う出ない! 余は笑っておればそれが仕事だと魔物の皆は言うておったわ! クハハハハハ!」
ちょ、蝶よ花よと育てられたお姫様だわ! それに対してミカンちゃんは由緒正しき柑橘類農家の一人娘……。
「み、ミカンちゃん。アズリたんちゃんとオヤツのプリンでも買いにコンビニまで行ってくれない?」
私がそう助け舟を出す。するとデュラさんも苦笑。
なのに……
なのに、なのに、
「えぇ、勇者。ソシャゲに夢中故無理ぃ」
これよ……私のその言葉を聞いたアズリたんちゃんは立ち上がると、お使いに行ってくれるみたい。
「家来のお願い、聞かぬわけにはいかぬだろう! クハハハハ!」
「で、殿下お見事です! これ、勇者。殿下はこの世界の事を知らぬのだ! “こんびにぃえんすすとあぁ“に共に馳せ参ぜよ!」
流石に飲み友のデュラさんのお願いを無碍にできないと思ったのか、ミカンちゃんは重い腰を上げて、頭を掻く。Tシャツにショートパンツの家着のまま、アズリたんちゃんに手を伸ばす。
「やむなしと観念せり、アズリタン。勇者の手を離さぬようにせり」
「クハハハハ! 勇者が余のエスコートとは職務放棄であるな! クハハハハ!」
きゃわわわわ! 美少女と美幼女が手を繋いで壁抜けしてお使いよ!
きゃーきゃー!
おっと……あまりにも可愛い物を見ていると発症する。犬神家症候群を発症していたわ。
私はミートソースを作り、パスタを茹でてバターで炒めておく。そろそろデュラさんのアズリたんちゃんの為に全力でミートボールを作っているわ。お野菜をミキサーでペーストにして栄養素も満点。
「ふふっ、やや甘めにソース作ったのでミートボールによく合うと思いますよ!」
「ブワッ! 金糸雀殿! 我ら生まれた日は違えども 死す時は同じ日同じ時を願わん!」
いやぁあ、そんな桃園の誓いレベルの事を言われたわ。ミートソース作っただけで!
「ただいまーなのー!」
「クハハハハ! 余が戻った! 出迎えよ!」
デュラさんと私が玄関で出迎える。二人は口の周りにソースが付いているので、たこ焼きか何か買い食いしてきたわね。
「殿下、お帰りなさいである! 何事もなく良かったである!」
「クハハハハ! げいのぉじむしょとやらが余と勇者に絡んできたがな!」
「それは何処に? 殺して参りますである」
デュラさんのこの溺愛具合凄いわ。これは魔王様の娘だからという上下関係という感じではなく、魔王様とアズリたんちゃんへの信仰すら感じるわね。
「まぁまぁデュラさん! そんなやの付く、世の中のなんの役にも立たない集団の事務所潰すより、最高のミートボールスパゲッティー食べましょ!」
映画に見立てて私の部屋にある一番大きい大皿、伊万里焼なんだけど安物の鯉の絵が入った兄貴の大人数が来た時用に使われていたお皿に盛るとドンと持ってくる。
「それもそうであるな! “げいのぉじむしょ“とやらの連中の屍を築き我の軍団の奴隷にするのはその後でもかまわんである! 殿下! こちら、ミートボールスパゲッティーである! お口汚しに」
私はジャックダニエルを持ってくると、何で割ろうかなと思っていたら、ミカンちゃんがなんと、アズリたんちゃん用にミカンジュースを買ってきているじゃない! それも四本も…
「ミカンジュース一つもらってもいいかしら? ジャックオレンジで食べましょうか? ワインに合うパスタだし、今日はカクテルで」
豪快にパスタを自分のお皿に盛って食べるルパン仕様。ミートボールの大きさも再現力半端ないわね。
私はジャックオレンジとミカンジュースをロンググラスに注いで、ようやく本日の乾杯。
ガチャリ。
あら?
「誰かいねぇかい?」
おや、少し乱暴な声、それにデュラさんが飛んでいく、これキレてるやつだわ。アズリたんちゃんがいる建前無礼な発言に大変な事になると思ったら。
「キャプテンフックではないか!」
「おぉ! デュラハンの旦那! てことはここは魔王様の領地かい?」
あら、知り合いね。魔王軍の人かしら? ひょっこり顔を出したのは大男。片方の腕が……あー! ピーターパンの。
「フック船長!」
「なんだい? 俺の事知ってるのか? このお嬢ちゃん」
「キャプテンフック。こちらこの部屋の領主。金糸雀殿である!」
「おおぉそうかい! 魔王軍の殿ときたら、こんな態度じゃいけねぇな!」
大きな体を曲げて私にお辞儀、そして握手を求めてくるので、
「犬神金糸雀です」
「魔界の海を渡る海賊団の船長。キャプテンフックだ! 船が座礁して気がついたらここに……おっと、姫もいるじゃねぇか!」
「船長か……貴様。クハハハハハ! よいよい、座ると良い食事の時間である」
という事で改めて、フック船長のグラス。ここは1Lジョッキに変えて、ジャックオレンジを注ぐ。
「それじゃあ! ご馳走と、気のあう飲み友達と! 全速前進よーそーろー!」
「「「ヨーソロー!」」」
「クハハハ! よーソローだ!」
ぐっぐっぐと飲み干し。
「ぷはぁあああああ!」
「うんみゃあああ!」
「クハハハ! 甘くて美味いぞ!」
「うむ、これであるな!」
私たちが声を上げて飲む中、フック船長はジョッキをトンと置くと、
「うんめぇ、こんな酒……魔王城でも呑んだ事ねぇ」
近所のドンキで1800円くらいで売ってますけどね。さぁ、ミートボールスパゲッティは? うん! 私が作った完璧なソースに完璧な茹で具合、炒め具合のパスタとそれに合わせたミートボール。これはお店で出せるわね。
「ぉぉ!」
「うんみゃい!」
「美味いぞ! クハハハ!」
ポロポロとフック船長は涙を流してミートボールスパゲッティーに感動してるわ。まぁ、美味しいけどね。私たちはそんなフック船長に笑いながら、ジャックオレンジのお代わりを注ぐ。
「フック船長、お代わりどうぞ」
「あぁ、犬神の殿ありがとう」
ミートボールをゆっくり食べてアズリたんちゃんが笑う。時折デュラさんがアズリたんちゃんの口の周りを拭いてあげる。
「うまうま! かなりあー! お酒お代わりー!」
ミートボールスパゲッティーがなくなり、私たちもいい感じでほろ酔い状態になった時、アズリたんちゃんがミカンジュースを上品に飲み干し、「ん」と言ってデュラさんに口を拭いてもらうと話し出した。
「キャプテンフックよ。もう良いか? 闇魔界に還る準備は?」
えっ? フック船長は苦笑しながら立ち上がると、その姿が骨に変わっていくわ。もしかして、船が座礁した時、既に?
「姫は最初から、いやそっちの勇者の嬢ちゃんもか、いやぁ! 座礁して食うものも無くなって、全滅よ! 最後に逝く前にこんな楽しい宴! 最高だったぜ! なぁ? 野郎ども!」
私たちは大きな海賊旗を掲げた船を見た気がする。そこに楽しそうな大男達、そんな連中の中にフック船長は迎えられるように私たちに手を振って去っていく。代わりに船長の帽子を私の部屋に残して……
ガチャリ。
私の玄関の扉が開いた音? 閉まった音? がなり、私のその白昼夢は終わった。
えっ? えぇ? 何これ? 何このパターン。
初めてなんだけど……
でもきっとフック船長達は次の大海原で新しい冒険が始まるのね!
とか思うわよね普通?
「皆さーん! なんだか、死霊達が船ごときていたのでまとめて魂を浄化しておきましたよぅ! さぁ、女神の登場です! 歓迎してくださいね!」
あーあ、この女神様やっちゃった。