第114話 フルドフォルクとシェイクうどんと仁勇・蛙(日本酒)と
「勇者、由緒正しき柑橘類農家になるの嫌かもー」
「ミカン、貴女は勇者を辞めるのですから、これからは一人称を農家と言いなさい!」
「嫌かも」
ミカンちゃんの家もなんか独特ねぇ、この問題を起こしてしまったニケ様はというと、お酒を飲んでミカンちゃんのお母さんと一緒にミカンちゃんをお説教中。
「勇者、いいえ! 農家! 貴女は今までやる気のなさの化身のような日々に女神もこまっていましたよ!」
「超、うざいかも」
ミカンちゃん、お説教をされて日が明けてしまったわね。まさかの農家にジョブチェンジを迫られているミカンちゃん、これから自分の事、農家とか言っちゃうのかしら? この状況に関してデュラさんが、
「まぁ、我が魔王様の軍勢の目線からすると、勇者が勇者でなくなるというのは僥倖でしかないのではあるが、このまま勇者が部屋から出ていくのもなんともであるな……」
「そうよねぇ、ミカンちゃんも中々アレだけど、さすがに後継ぎ問題に私達が口を出すのも……ねぇ。とりあえずお話は平行線のようなので、何か食べましょうか? 作る気力もないから、何か買ってくるわ」
「ゆ、勇者も行けり」
「ダメよミカン、逃げるつもりでしょ?」
「勇者、観念なさい!」
そう、この地獄みたいな状況のお部屋から逃げ出したい気持ちは分からなくはないけど……ミカンちゃんのお母さんには私の方から、
「あのぉ、最後のお買い物になるかもしれないので、私が見張ってますから、ミカンちゃんと一緒に買い物いってきていいですか? 皆さんは留守番お願いしますね」
という事で許しを得たミカンちゃんは外に出てウキウキしてるわ。
「かなりあ、感謝せり! 勇者はドンキとよしぎゅう無くして生きてはいられぬ身体になり」
「日本人でもそれはヤバい側の人よ。とりあえず、あっさりした物……そうねぇ、丸亀製麺できたんだっけ? ここで買っていく?」
「おぉ! 勇者、あのシェイクうどんしたり! マックっぽい感じが気になり!」
「それは言わぬが花よ。そういえば、何故にうどんでという気持ちは私もあったわね。これ人数分購入していきましょうか」
という事で最近渦中のシェイクうどんを注文。うどんだから、日本酒かビールかしら……と既に飲むお酒を考えている私って一体。
「かなりあ、このまま勇者逃げり?」
「ダメでじょ常識的に」
「勇者はかなりあとデュラさんに多大なる感謝をせり」
ミカンちゃんは覚悟を決めているみたいね。そう、これが私とミカンちゃんのラスト乾杯よ! という事で何を飲もうかしらと思って部屋に戻ったところ……
「えぇ! そうなんですかぁ! ベコポンがお好きと?」
「はい、転々と農家手伝いをしてきましたが、そろそろ腰を据えてと考えてただす」
きゃっきゃっと話が盛り上がっている私の部屋、「ただいまー」と私が声をかけると、そこには見知らぬ人、いいえこの人は多分エルフね。だって耳長いし、
「エルフの方ですか?」
「あぁ、エルフは遠い血縁だす。わすはフルドフォルクつー種族のプラム・プラムだす」
さて、異世界大博士のデュラさんに視線を送るとデュラさんがコホンと咳払い。私のところまでふよふよと近寄ってきて、
「エルフであるな。まぁ、地方によって言い方が違うだけだが連中は血統とかを気にする種族故、種族名が違うと種族も違うと思っておるのである。まぁ、ややこしいのでここはフルドフォルクという事にしておくのがよいであるな。しかし、金糸雀殿、好転である」
プラム・プラムさん、面倒なのでプラムさんはあれですね。エルフなのでイケメンですね。ミカンちゃんのお母さん、そんなプラムさんにくびったけよ。アレね。ミカンちゃんのお母さん、ミカンちゃんの男友達とかに色目使うタイプね。
「こ、これを買ってきたり」
シェイクうどん、私は日本酒用の冷蔵庫から何かおススメを……と思ったらニケ様が勝手に一瓶にゅっと取っちゃった。
「これ飲みましょうよ金糸雀ちゃん!」
「仁勇の蛙……美味しいですけど、今一番ホットな組み合わせですね」
まぁ、いいでしょう。ぐい飲みを人数分用意して、お銚子に仁勇の蛙を注ぐ。最近知ったんだけどお銚子に移した方がワインとかと同じで美味しい気がするのよね。兄貴とかは二日目の日本酒が美味しいとか言ってたので若干酸化させるのが美味しいのかしら?
「シェイクうどん、蓋をしてしっかり振ってくださいね!」
デュラさんとミカンちゃん以外は不思議そうな顔をして私達がうどんをシェイクする姿を見て、同じようにシェイクする。私はしっかりと中を見つめて中に食べ物以外がない事を確認すると、仁勇の蛙をみんなのぐい飲みに注ぐ。
「さぁ! 乾杯しましょ」
かんぱーい! お猪口で乾杯ってなんかいいわねぇ。仁勇の蛙。きりりとした辛口ですっと入ってくるのよね。癖はないといとそういうわけもなく、しっかり仁勇の特徴であるコクが出てるわね。私はどちらかというと主張の激しい広島とか東北の日本酒が好きなんだけど、兄貴とかになってくると灘の酒とかこういう安定感のある日本酒を好むわね。
そして、はじめて日本酒を飲ませる相手にももってこいよ。
「この透き通ったワイン、うめぇだすなぁ!」
「あら、本当。これは由緒正しき柑橘類農家の私でも驚いてしまう程です」
デュラさんは日本酒のキレを舌で味わってるわね。そろそろミカンちゃんのアレが聞けるかしら?
「うみゃあなの」
テンションひっく。そりゃこれから農家にさせられるんだもんね。今まで勇者として好き放題してきたから、より嫌なんでしょうね。
「さぁ、仁勇の蛙にシェイクうどんを合わせてみてください。深い意味はないですよ!」
このシェイクうどん、どちらかというとサラダっぽいからビールや白ワインとかでも全然いけたかもしれないわね。
「あっ、シェイクうどん美味しいわね」
そこで仁勇の蛙をひっかける。あー、こりゃたまらん。みんなも恐る恐るシェイクうどんをぱくりと……
「んんんっ! おいしぃわ! ミカン、食べてごらんなさい!」
「んぐ。う……うみゃあああああ!」
シャキシャキした野菜とつるんと入ってくるうどん。サラダスパゲッティみたいな感じね。でもしっかりうどんダシがきいてるの、丸亀製麺……にくいわねぇ。
「うむ。この日本酒とこのうどんのマリアージュ。中々であるな!」
「デュラハン! そのお酒はこの女神が選んだのですよ!」
デュラさん、ニケ様をいない者として絡まれるのを回避しようとしているわね。ミカンちゃんのぐい飲みを飲む手があまり進まない。
「ミカンちゃん飲んでる? すすんでなくない?」
「この宴終わりし時、勇者は農家として別れとなり」
そうね。もはや私達に言葉はいらないわ。とことんまで付き合うわよ。私はミカンちゃんのぐい飲みのお酒をひょいと飲みほした。そして注ぐ。
「はいミカンちゃん飲んで! 飲み明かして笑ってお別れしましょ」
「わ、我も付き合うであるぞ! 勇者よ」
「かなりあー、デュラさん! 勇者、呑めり!」
私達はシェイクうどんを美味しく食べ終わった後も呑み続けた。最初にニケ様が倒れ、続いてデュラさん、ふわふわとしている中でミカンちゃんからぐい飲みを受け取った時、私の意識は飛んだ。
最後に私が見たのは、玄関へと向かうミカンちゃんの姿だった。
あぁ、呑み友との別れ、こういうのも実に悪くないわね。ミカンちゃん、これから農家として頑張ってね。私はそのまま夢の世界へと飛び立って至った。
「さよならなの」
そんな声を聞いた、そしてガチャン玄関の扉が閉まる音。私はハッと目が覚めた。
「ミカンちゃん!」
そこには倒れているニケ様とデュラさんの頭。
私は部屋の中で探した。どっかにミカンちゃんの姿を、
いつもミカンちゃんが使っているソファーでも、ミカンちゃんの寝室でも、こんなところにもうミカンちゃんはいるハズもない……ことはなかったわ。
ぐぅぐぅと鼻提灯を膨らませて一人、ハンモックにくるまって寝ているミカンちゃんの姿がそこにあった。
「ミカンちゃん、ミカンちゃん! なにしてるの? ミカンちゃんのお母さんとプラムさんは?」
片目を開けて反応するミカンちゃん、リアル寝起き姿が可愛いとかほんとずるいわね。そしてミカンちゃんから語られる真実。
「あの田舎っぺエルフを後継ぎにせり、勇者は再び勇者として世界平和の為に惰眠をむさぼれり、おやすみ」
ふたたびぐぅぐぅといびきをかきはじめたミカンちゃん、そんな一連の騒動はなんとも何もなく終わってしまったわ。正直、私はほっとしているんだけどね。そんな安堵している私を襲う第二波。
のそのそと起き上がったニケ様、顔色が悪いわね。
「ニケ様、どうされました?」
「金糸雀ぢゃ、ぎもぢわるい……」
「きゃーーー! ニケ様、待って待って! 洗面器、あぁ。トイレに」