第113話 勇者の母とおっとっととワイルドターキーと
「ミカン、貴女は由緒正しき柑橘類農家の一人娘にして、勇者である事をお分かりですか?」
「分かっているかもー」
バン!
机を叩く、ミカンちゃんにそっくりなロングヘアの女性。もちろんミカンちゃんにそっくりなので美人だけど目をつぶっているのか瞳が見えない。
そして、怖ぇえええ!
「分かっているかもではなく、承知しました。でしょ?」
「しょ、承知したり」
何気なくいつも通り、お客さんがやってきたのでドアを開けると、そこにはミカンちゃんにそっくりなこの女性。
「ミカンちゃんのお姉さんですか?」
「この愚娘の母親です」
と聞いた所、そんなお世辞やだわぁ! とパチパチ叩かれて、私とデュラさんに自己紹介してくれたこの女性は、アマナツ・オレンジーヌ。ミカンちゃんの母親にして、由緒正しき柑橘類農家を継ぎし者。
「おぉ、勇者の母君であったか、それはそれはいつも勇者にはお世話に……なっているである」
多分、お世話をしているの間違いなんだけど、デュラさんは空気を読めるモンスターなので、気を遣ってそう言ったら、ミカンちゃんのお母さんは眼を開く。睨みつけただけで人を殺せそうな殺気を私達に飛ばしながら、
「ミカンが、誰かのお世話をできるわけがありません。ミカン、普段どれだけこの方々にご迷惑をかけているのかその口で話しなさい」
「お、お金を毎月入れてたり……」
「嘘仰い! 貴女にそんな甲斐性があるわけないでしょう! 貴女が行方をくらましてから、貴女のパーティーの方々が何回も尋ねてきましたよ? 魔王を討伐するという使命を抱えながら嘆かわしい。由緒正しき柑橘類農家の一人娘でありながら……なんという不始末」
一応、ミカンちゃんは生活費を入れてくれているのは事実だから、私はその話をしようと思ってるし、ミカンちゃんがヘルプの表情を私に向けているんだけど、超怖くてミカンちゃんのお母さんに話しかけたくないというか、デュラさんに視線を送ると、デュラさんはものすごーく嫌そうな感じだけど、
「ゆ、勇者の母君よ」
「デュラハンさんはお黙りください! これは家族のお話です」
「むぅ、心えた」
だめね。こういう時、ニケ様来てくれないかしら? とりあえず昔兄貴が言ってたわね。困った時は酒盛りをすればいいと、
仕方がない、私のボトルを開けるか、私は兄貴のストックではなく、私の所有物であるウィスキー置き場から、ワイルドターキーのノンエイジを取り出し、
「デュラさん、とりあえず飲みましょうか、ミカンちゃんもミカンちゃんのお母さんもどうですか?」
「のめり!」
「結構です」
私はグラスを用意すると、ワイルドターキーをロックで一応四人分用意する。私はワイルドターキーやフォアローゼスと言ったバーボンタイプのウィスキーが好きなので、たまに夜に一人で飲んで寝る事があったんだけどこの部屋に来てから自分のボトルを開ける事がめっきり減ったのよね。
「どうですか? オレンジ。柑橘類の果物を絞ったので、気が向いたら飲んでくださいね」
由緒正しい柑橘類農家を継ぎしミカンちゃんのお母さんは柑橘類に目がなかった。
「なんですって? 凄い良い香りですね。カナリア・イヌガミさん」
「金糸雀でいいですよ。ミカンちゃんにもデュラさんにもそう呼ばれてますので」
「ではカナリアさん。頂きますね? ミカン、貴女も頂きなさい!」
「いただけり」
という事で、こっちの世界も異世界も変わらない。
「かんぱーい!」
と、私だけがテンションを上げてそう言ったけど中々、お通夜みたいな状態で乾杯。美味しいんだけどさぁ、この雰囲気で飲むお酒やばいわね。デュラさんも緊張しながら口をつけ、ミカンちゃんは、何か怒られるのが嫌なのか、いつもとは違ってシュワシュワぁとか言って炭酸を欲しがったりしないわね。
「美味しいですね! ベコポンとは違った。味わった事のない柑橘類の味です。由緒正しき柑橘類農家を継ぎし私からしても最高の柑橘類と言えるでしょう」
貴女や貴女の娘さんの名前の柑橘類も私の世界には存在するんですけど、そのベコポンという食べ物。時々話を聞くんですが、私は知らないんですよね。
「ミカンちゃんのお母さん、お代わりどうですか?」
「いただきます! ミカン、貴女もいただきなさい」
「いただけり」
この母あってこの娘ね。オレンジ果汁を入れているとはいえ、オンザロックをかぱかぱ飲んでるとか何者かしら。
「お酒だけだと体に悪いですから何かおつまみでも……さっきミカンちゃん、ドンキで何か買ってきてたわよね?」
「買って来てり」
ミカンちゃんがトートバックから取り出したのは……嘘でしょ。もう少しおつまみ的な物を買ってきたと思ったのに……駄菓子、駄菓子、駄菓子。ミカンちゃんなんか目が死んでるわね。
そしておもむろに取り出したのが、
「お、おっとっと……」
「あら? 可愛い絵が描いてますね? 食べ物なんですか?」
「えぇ、まぁ、そうですね。なんかケミカルな味のする美味しいおつまみです」
私の従姉妹が働いている高級なホテルのバーでは絶対に出てこないけど、私や兄貴が行きつけのバーではたまにこういうお菓子もポーションで出てくるので嘘は言っていないわ。
「あら、どれも信じられない細かい造形で作られた食べ物なんですね? これは相当な職人によって作られたものですか? ……まさか、ミカン。私が来る事を知って、わざわざこれを買いに行ったのですか?」
ミカンちゃんの死んだような瞳にオレンジ色の光が灯る。そして、ブンブンと頭を振って、
「気づかれり、母が来る事を知った勇者は遥か遠いドンキにおっとっとを買いに行けり!」
近所のコンビニでも売ってるし、ドンキだって一駅降りたらすぐじゃない。まぁでもミカンちゃんの嘘を私は遮る必要もないでしょう。ミカンちゃんのお母さんがヒトデの形をしたおっとっとを大事そうにパクり。
「美味しい。なんと美味しい食べ物なのでしょう? 口の中で溶けて無くなってしまいました。ミカン、少し会わない内に成長しましたね? 母の為にこんな珍しい食べ物をありがとう!」
「母の為なら勇者は死の谷を越える所存であり! さぁ、母。由緒正しき柑橘類農家を継ぎし者はこんなところで遊んでいてはダメと言えり! 勇者はここでかなりあとデュラさんと共に修行中であり」
私とデュラさんは俯いて何も言わない、何も聞いてない、何も知らない。という事で今日は協力してあげるわ。
3杯目のワイルドターキーのロックをクイッと飲み干すとミカンちゃんのお母さんは席を立った。
「ミカンが成長している姿を見れたのでお母さんは帰りますね」
「母、会えて良かったといえり!」
ガチャリ。
こういう時に来るニケ様、私は絶対になんらかの地雷を置いていくのを私は知っている。デュラさんが超能力でおっとっとを隠して、冷蔵庫からみんなで週末に楽しみに食べようと思っていたスライスからすみ(ちょびっとで1000円)を取り出して、そこに置く。
「あれ? さっきまで、何処でも買えて安いお菓子のおっとっとがあったように思いましたが、これはみるからに素晴らしい食べ物とお見受けします! こんばんわ! 女神がきましたよー! 貴女は勇者のお母様ですか? ご機嫌よう!」
ゆっくりとミカンちゃんのお母さんが開眼した状態でこっちを向く。あぁ、完全に聞かれたっぽいわね。
ニケ様が口を滑らせた事でミカンちゃん大ピンチ!
「ミカン、貴女は勇者失格です。帰って由緒正しき柑橘類農家を継ぎなさい!」