計算する女の子 期待してる男の子
伊井兌という人の広げた右手から、水があふれるように生まれている。
「キミ、調子に乗り過ぎ。コスモスでもヘイズでもないくせに」
吐き捨てたその表情には、侮蔑と不愉快さが入り混じっていた。
だが、自分でも分からなかった。死を目前とした殺意を向けられているくせに、まさか自分がこのような行動をとるとは。
僕は、自然と彼女をかばっていた。左足をかばってうずくまる彼女の前に僕は立ち、身を挺して水から守ろうとしている。
「鈴鬼くん」
「庚渡さん。君を、ま、守るよ」
「だ、だめ! 逃げて! 私は耐えてみせるから!」
コスモスの彼女を負傷させた水だ。あれをまともに浴びたら以前の入院どころではない。体が大雨に打たれる砂城のようにもろく崩れるのだろう。
足の震えが止まらない。気を抜いたら小便が漏れ出そう。でも、この身が砕けようとも、どれだけみっともない姿をさらしても、彼女を守ってみせる。これが無力な僕の、能う限りの献身であり愛だ。
こうなったら、あの枯林という男と結ばれたっていい。彼女を幸せにしてくれるなら誰だっていい――。そう諦めた僕だが、意外な人物が僕と彼女の危機を救う。
「〝アイヴィーチェイン〟!」
葉を茂らせた緑色の縄が、伊井兌という人の右手に絡み付いた。
「ねえさん、やめるっス!」
サンバイザーの子が両手からツタを生み出し、それを伊井兌という人の右手に絡ませていた。
右手から水が引くように消え、この消えた水に僕が心から息をつく。
「ねえさんいったい何かんがえてるんスか! 攻撃するなんて、いくら何でもやりすぎっス! しかもコスモスでも何でもない男の子まで」
止めるサンバイザーの子に伊井兌という人が目を向ける。
「ここで消しておけば、あの人に気付かれない」
「本気で言ってるっスか!?」
「もちろん本気よ。ハウメア、ここでトゥインクルを消さなきゃどうなるか分かってる?」
「……どうなるって言うんスか」
「生かしておけば、必ず私たち事業の脅威になるの。この子って虫も殺さないような大人しい顔してるけど、コスモスとしての才能は恐ろしいものがあるって噂よ。私達の事業に参加しないと言うのなら、ここでいま確実に息の根を止めるべき」
「ね、ねえさん」
「ハウメア、お願い、私に従って。あなたがアトラクトとレポースに殺されそうになってたところを助けたのは誰?」
「そ、それは……」
言い淀んだサンバイザーの子。どうやらあの子は助けられた恩があるようだ。
伊井兌という人が自由の利く左手から水を生む。生まれた水は、まるでガスバーナーのように噴き上がり、
「〝ハイドロソード〟」
一目で高圧と分かる白き刃へと変化する。
そして、右手に絡み付くツタを、白き刃が断ち切る。
「ねえさん」
「ハウメア、邪魔しないで。次に邪魔をしたら、あなたと言えど容赦はしない」
ツタを切断した伊井兌という人が、再びこちらに振り向き、右手を広げた。
だが、ようやく現れた。待ちに待った友人のヒーローガールが僕と彼女を救助する。
「〝ダイレクトオービット〟!」
「あぐっ!」
「ねえさん!」
頭上から隕石のごとく降った物体が伊井兌という人を直撃し、これにサンバイザーの子が声を上げた。
直撃した物体がガラスのように割れる。そして、僕と彼女の前に、土星のごとき環をたすき掛けした紫の戦士が颯爽と背を向けた姿で降り立つ。
紫のドレスをまとう光の戦士が僕と彼女に首を振り向ける。
「ヒーローの出番です」
「リングレット!」
「坎原さん」
親友の登場に彼女が歓喜の声を上げ、僕は心から息をついた。
坎原さんが彼女に振り向く。
「リングレット、助かったよぉ」
「トゥインクルうちに来るの遅いなー、って思いながらオフロ入ってたら、時間止まったからもう大急ぎで来たよ。ところでさ、トゥインクル」
「なに?」
「チョコできそうなの?」
坎原さんの発言に彼女が止まった。
彼女の額から汗が滝のように流れている。足の痛みではなく、坎原さんの発言が引き金となって汗を流している。
「ちょ、チョコって、何のこと?」
「えっ、電話で言ってたじゃん。何回作っても脂が浮いちゃって、全然おいしくないって。んでもってこれじゃ渡せないから、最近ちょっと会いづらいって」
「わーわー! ちょっとリングレット、それ今いっちゃダメー!」
「どーして? ……あっ」
僕を見た坎原さんが間の抜けた声を上げ、再び彼女に向いた。
苦笑している坎原さん。これに彼女が、
「もーリングレット! 鈴鬼くん! 今の忘れて! キレイさっぱり忘れて!」
顔を真っ赤にして僕に無理なことを頼むが、はて、チョコとはなんのことだろう。
「しっかしまさか、この人ら」
坎原さんがコスモス二人に振り向く。
伊井兌という人は先の直撃で倒れている。残るサンバイザーの子が、
「よくもねえさんを!」
敵意をむき出しにして坎原さんに襲い掛かる。
殴りかかるが、坎原さんが軽くよけ、そして自分の右足をサンバイザーの子の足に引っかける。
バランスを崩したサンバイザーの子が転倒する。そして坎原さんが、
「ねえ。あたし、あんたたちの集まりには加わらないから」
地べたに伏せるサンバイザーの子の言い渡す。
「あたしね、ヘイズに友達を殺されたんだ。そのヘイズを許して手を組むなんて絶対にムリだし」
「…………」
「それにあの望搗って人、血も涙もない人に変わっちゃう気がするんだよね。今は良い人でもヘイズだから、昔コスモスの子を殺してるかもしれないしさー」
「…………」
「あとさ、トゥインクルを傷付けたことは絶対に許せない。もう敵だよあんたたち、お覚悟はよろしくて? でも、パンとお茶はおいしかったよ。それはお礼いわせて。ありがとう」
坎原さんは事業への参加を明確に拒否した。
確かに、坎原さんは友達を殺されている。山梨での交流程度でその憎しみを忘れろというのは難しいだろう。
そして、妖精と同じく、望搗という人が変わることを予言した坎原さんを、サンバイザーの子が立ち上がりながらにらみつけるが、
「ハウメア、下がってなさい」
先に立ち上がっていた伊井兌という人が下がらせる。
「ねえさん、大丈夫ッスか?」
「大丈夫。それよりもあの人を悪く言うなんて許せない。この二人は、絶対に私がここで消す」
静かな怒りを滲ませる相手に、坎原さんと立ち上がった彼女が構えた。
僕が邪魔にならぬ所へ下がると、伊井兌という人が金色に強く輝く。
黄金色の光は以前も見ている。SDGsを唱えていた女性は下半身が戦車になり、メテオという人は武者に変身した。クリスマスの女の子もその胸に宿していた。
陽さんと美月さんも姿を変えている。黄金色の光を放つ者は、決まって特異な力を行使する。
「〝てんびん座〟! 私に力を貸しなさい!」




