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乙女の腹の虫 一箪のおもてなし

「はー。すごいトコだねここ、めちゃめちゃ山の中だね」


 ()(たん)なき感想を述べた坎原さん。バスを降りた僕たちを待ち受けていたのは、山々に囲まれた(へん)()な集落だった。

 口には出さないが僕も同感だ。家屋などの建物はほぼ古く、道路は所々がひび割れ、白線がかすれている。コンビニなどある訳がなく、限界集落といった様相を醸し出している。

 一度災害に見舞われたら孤立してしまうような集落。すごい所に来てしまった。そんな感想を僕が内心で抱くと、


「だよね。私もそう思う」


 僕たちを集落に連れた伊井兌という人が笑って告げた。

 僕たちは、久遠駅からバスに乗り、約一時間ほど揺られた場所のこの山間の集落で下車した。


「伊井兌さん。こんな所にあたし達を連れて来てまで会わせたい人って言うのは」


 伊井兌という人の案内で集落を歩くことしばらく、僕たちは大きな公園に到着し、その隅に建てられた(あずま)()のテーブルを囲むや否や坎原さんが尋ねた。

 こんな所、と腐した坎原さんだが、相手のことは考えているだろう。伊井兌という人はこの集落に住んでおらず、先に「久遠町に住んでいる」と言っていた。

 僕たち三人が横に並んで座り、伊井兌という人は向かい合って座っている。


「いたいた。おーい、唯紗奈さーん」

「唯紗奈ねえーさん」


 後ろの方から男の声と元気な声が呼んだため、僕たちは振り向いた。

 男が一人と女の子が二人、こちらに向かって歩いて来ている。男は部活で使うようなサーバー型の水筒を持ち、女の子の一人は紙袋を抱えている。

 程なくして、紙袋を抱える女の子が駆け始め、東屋に一番到着する。女の子はサンバイザーをかぶっている。


「うえっ!? なんでなんでなんで、男子がいるっスかぁ!? 聞いてないっス!」


 女の子が僕の姿を見るなり騒がしく驚いた。

 無理もない。今日、僕は彼女に呼ばれたわけだが、伊井兌という人を始めとする先方に僕が同行することを伝えてないのだろう。その証拠に伊井兌という人も自己紹介のあと驚いていた。

 クリスマスの前科もある。僕が横目で隣の彼女をじろりと見ると、彼女は苦笑いをしていた。彼女の悪い癖で、僕が()め息を()く。


「メンズが来るって知ってたら、こんな格好で来なかったっス……」

「ごめんねなえ、私もさっき知ったの。……みんな、この子は(きのと)()(なえ)。みんなと同じ中学一年で、この子もコスモスよ」

「ども! 唯紗奈ねえさんから紹介あずかりました乙木苗っス。戦士の姿を〝ハウメア・フェーティリティ〟って言いまして、草とか木とかを操る、人呼んで豊穣の戦士っス。どーぞよろしくっス!」


 サンバイザーの女の子が、朗らかな笑顔を浮かべてコスモスの戦士であることを明かした。

 申告どおり男と会うには(しゃ)()っ気のない格好をしている。紺の地味なジャケットの下に、農作業でもするようなジャージを着込み、厚手のマフラーを首にぐるぐる巻いている。着の身着のまま飛び出したような印象を受ける格好だ。

 伊井兌という人は白い肌の落ち着いた美人だが、女の子は肌の濃い元気な感じの子で、全く似ていない。先に女の子が伊井兌という人を「姉さん」と呼んだが、姉妹ということはないだろう。第一名字が違う。


「うおっ!? さっすがコスモス、超カワイイじゃん!」


 続けて水筒を置いた男が、彼女と坎原さんを目にするなり喜んだ。

 男は短髪で鼻が高く、シュッとした凛々(りり)しい形の眉を備えている。中々のイケメンで、僕が思わず唾を()む。

 前に躍り出た男が、彼女と坎原さんにまぶしい笑みを浮かべて自分の名を伝える。


「オレ()(ばやし)(なに)()。ナニワって名前だけど大阪関係ないから。君たち名前は?」

「やめなさい」

「あいたあっ!」


 サンバイザーの子とは異なるもう一人の女の子が男の頭を(たた)いた。


「うちのバカがごめんなさい。私、()(ばやし)(よし)()


 痛がる男を押しのけた女の子が、男と同じ名字を告げる。

 女の子も鼻が高く、凛々しい眉を備えている。男の姉、あるいは妹だろうか。


「私とこいつ、あなたたちの一つ上になるから」

「えっ、てことは」

「うん。双子。ちなみに私の方が先に生まれてるから」


 坎原さんの確認にうなずいた女の子が、男と双子であることを紹介した。


「いってえよ芳子。目から星が出たじゃねえか」

「盛りの付いたイヌみたいに話しかけるからよ。それに、コスモスなら苗ちゃんもいるじゃない」

「そうっスよ浪速さん。失礼っス、謝ってくださいっス」

「あー悪かったよ」


 男をとがめる女の子二人に、伊井兌という人がくすりと笑った。

 だが、この三人が、伊井兌という人が言う会わせたい人なのだろうか。違う気がする。


「二人のことは唯紗奈ねえさんから聞いているっス。金星と土星モデルなんスよね?」


 サンバイザーの子がテーブルに身を乗り出して彼女と坎原さんに()いた。

 彼女が返事する。初対面の所為(せい)か少し遠慮がちに。


「くうー、めっちゃメジャーランドな星がモデルでちょっとジェラっちゃうっス。あたしなんてハウメアって、検索しないと出てこない冥王星よりもマイナーランドな準惑星がモデルっスから。それはともかく、同じ(とし)のコスモスに会えるなんて、超チョーちょう感激っス。友達になってくださいっス」


 女の子が彼女の手を取って友人関係を申し込んだ。

 グイグイと迫るサンバイザーの子。彼女はこのような積極的な子をどう感じるだろうか。坎原さん以外の友達がいない彼女に、僕が気を()んでしまう。

 サンバイザーの子が、無邪気な瞳で彼女を見つめている。すると「ぐぅ~」と、彼女の腹から虫が鳴る。

 隣に座る彼女が僕に振り返る。


「え、えっと、鈴鬼くん」

「うん」

「聞いた?」

「うん、聞こえたよ」


 顔を真っ赤にした彼女が、両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏した。

 恥ずかしがる彼女に僕が頬を緩める。だが、続いて坎原さんの腹からも「ぐぅ~」と虫が鳴り、


「はらぺこったー」


 整った容姿をしょんぼりさせてつぶやいた。

 詳しい説明は省くが、坎原さんの家は日本で類を見ない規模の大きな会社で、つまり坎原さんはお嬢様である。

 レディにあるまじき虫の音だ。上品であるはずのお嬢様がはしたない真似を、などと僕が思うと、


「苗」

「はい。皆さんどーぞどーぞどーぞ、召し上がってくださいっス」


 伊井兌という人に呼ばれたサンバイザーの子が、テーブルにクロスを広げて紙皿を並べた後、持参した紙袋からパンを取り出した。

 皿の上にスライスされた食パンが乗せられる。僕も腹を空かせていたため、頂こうと思ったが、サンバイザーの子はそれ以上ほかに何も取り出さなかった。

 マーガリンもジャムもない。このまま食べろと言うのだろうか。


「食パン、だけ?」

「はい。このまま召し上がってみてくださいっス」


 尋ねた坎原さんにサンバイザーの子が満面の笑みで勧めた。

 僕たちが見合わせた後、それぞれ手に取る。そして、食べてみる。


「……えっ? なにこの食パン、めちゃめちゃおいしくない?」


 坎原さんが口を押さえて驚いた。

 僕も彼女も同感で目を大きく開く。何も付けない生の食パンの信じられない(うま)さに、僕たちが仰天する。


「なんで。食パンって、こんなにおいしかった?」

「ビックリだよね。何も付けてないのに、すごく甘くておいしい」


 坎原さんと彼女が感想をありのままに述べると、


「ほうじ茶っす。あったまるスよ~」


 サンバイザーの子が茶を注いだ紙コップを僕たちに差し出した。

 茶をすする僕たち。二月の寒い陽気に冷えた体が(しん)から温まる。これが接待、いや、おもてなしというものだろうか。

 食パン一枚を食べ終わった僕たちが、続いてもう一枚を手に取る。正直、たかが食パン、と侮っていた。それと(ぜい)を尽くすのではない清貧なもてなしに、僕が驚きに併せて感服してしまう。


「ふふっ、おいしいって言ってもらえてよかった」


 伊井兌という人がうれしそうにほほえんだ。

 まるで自分の事のように喜んでいる。この食パン、伊井兌という人が作っているのだろうか。


「おーい、みんなー」

「あっ、〝(もち)(づき)〟さん」


 男の人の呼ぶ声が聞こえ、これに皆が振り返る。

 伊井兌という人が名を呼んだ、こちらに向かって歩く男の人だが、ツナギを着込んでタオルを首にかけている。まるで畑仕事をした帰りのような出で立ちだ。

 だが、180cm程の高い背丈に、切れ長い二重の目。大人のイケメンだ。齢は二十五歳くらいで、この男こそが「会わせたい」と伊井兌という人が言っていた人だろうか。


「みんな、紹介するね。この人は」

「待ってくれ唯紗奈くん。こういうことは自分の口から伝えたい」


 男の人が伊井兌という人を手で制した。

 そして、柔和な笑みを浮かべる。笑ってもイケメンだ、なんて僕が感じる。


「このような格好で失礼します。僕は(もち)(づき)好古(よしふる)と言いまして、君たちコスモスと敵対する、ヘイズに所属する者です」


 自らを敵と明かした望搗という人に、僕と彼女と坎原さんが息を呑んだ。


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