ここは異世界!? 幻想のエンカウントバトル
僕の名前は鈴鬼小四郎。明倫中学校に通う中学一年の男である。
無味無臭。友人にそう言われる程パッとしない。趣味なんて言えるものは特になく、強いて挙げるならゲーム、だろうか。
自分を上中下の更に上中下で表すと、勉強は中の下くらいだった。最近は勉強をしているおかげか、中の中くらいには成り上がったかな、と思っている。でも、運動は下の中、おまけに背はクラスの男で前から並べば二番目に低い。
僕は、取り柄らしい取り柄など皆無な人間だ。人は何かになれる、なんて何かのキャッチフレーズで聞いた覚えがあるけどなれる気がしない。きっとこの先も平々凡々な人生を送り、他人に迷惑をかけないよう慎ましく生きるのだ、と思っていたけれど――、
――ゥヤァグゥザァァイッ!
そんな僕の人生の予想を大きく覆す、常識外れで奇想天外で驚天動地な目を疑う光景が、いま僕の目には確とした形で映っていた。
――ヤァァグゥサァイッ!
空を裂く凄まじき声量の雄叫びが響き渡る。いまだに信じられない、いま雄叫びを上げたそれは、空想上のモンスターでありながらも男の憧れにして誇り高き最強の象徴だ。
それは、象よりも大きく、表面を濃緑の鱗にて覆い、背にはコウモリに似た被膜を持つ翼が軽飛行機のそれと同等の大きさで備わっている。そして、二本の角を生やす太古の恐竜トリケラトプスの如き頭部に、僕は恐怖に併せて畏敬を抱いてしまう。
ここは異世界か、なんて勘違いしてしまう光景だ。ロールプレイングゲームなら中盤以降に満を持して登場する難関にして強敵、あの西洋ファンタジーに現れる伝説のドラゴンが、いま僕の目にハッキリと映っていた。
「〝竜座〟よ! あの女たちを蹴散らせ!」
宙に浮かぶ黒ずくめの男が使役するドラゴンに命じた。
男は黒のコートを身にまとい、黒のハンチング帽をかぶっていた。そして顔を凹凸のないのっぺりとした黒い仮面で隠している。間違いない、宇宙海賊だ。
宇宙海賊とは、その名を「ブラックホール団」と言い、地球の侵略を企む地球外知的生命体の総称である。奴らはSFに登場するエイリアンとは異なって姿形を持たないため、地球の人々に何でも叶う願いの成就を呼びかけて人々を操っている。
操られている人々は総じて黒い衣装で身を固め、仮面で顔を隠していた。僕は今までに操られている人を三人見ており、今日で四人目となる。
「ヤァクサァァァイッ!」
命じられたドラゴンが長い首をもたげて絶叫した。
空気がビリビリと震える大声量に僕が身を強張らせる。ドラゴンと言えば通説では、鉄も切り裂く膂力もさることながら、口から爆炎を吐く災厄の如き魔獣だ。
ドラゴンが背の翼をはばたかせ、その巨体を宙に持ち上げる。大きな翼が生み出す風圧を僕が耐えながらドラゴンの一挙一足に固唾を呑むと、
「どおおりゃああっ!」
そのドラゴンに、ビキニ姿の戦士が飛び掛かり、左の拳をドラゴンの横っ面に叩き付けた。
長い首が90度近く旋回し、象よりも大きな濃緑色の体が地に沈む。そして、
「どうだ! 勇者サンシャイン会心の一撃だぁ!」
ビキニ姿の戦士が胸を張り、地べたに横たわったドラゴンに勝ち誇った。
燃えるようなオレンジ色の長い髪をツーサイドアップにまとめ、炎に似た紋様が体中に描かれているビキニ姿の戦士の名は、僕の知り合いで乾出陽さんと言う。陽さんは齢が一つ上の光の戦士で、戦士の姿を「サンシャイン」と言う。
「ヤクサァァイッ!」
ドラゴンが陽さんに怒りの咆哮を浴びせるが、対する陽さんは動じておらず、腕を組んでドラゴンを宙から見下ろしていた。
立ち直ったドラゴンが翼をはばたかせる。再び起こる風圧を僕が耐え、ドラゴンが宙に浮かぶ陽さんに迫る。
竜の眼が復讐を誓っている。だが、そんなドラゴンの左翼めがけ、
「ハアアアッ!」
銀色の着物を羽織る戦士が、銀にきらめく右の籠手を前に突撃し、ドラゴンの翼を突き破った。
右腕を振り払う銀の着物の戦士。濡れ羽色の長い髪をなびかせ、大きな銀の籠手を両手にし、遮光器のような黒いゴーグルを付ける着物の戦士の名は、同じく僕の知り合いで巽島美月さんと言う。美月さんも齢が一つ上の光の戦士で、戦士の姿を「ムーンライト」と言う。
「これでもう飛べないわ。まだやるつもりかしら?」
翼に風穴を開けた美月さんが、ドラゴンを使役する黒ずくめの男に言い渡す。
――地球の侵略をたくらむ宇宙海賊だが、その侵攻は光の戦士によって食い止められていた。
地球には「コスモス」と呼ばれる光の戦士たちがいる。この戦士たちはどうしてか未成年の女の子によって構成されており、そして漏れなく変身をする。変身することで女の子たちは、空を飛んだりドラゴンに対抗できる力を持ったりと、現代の科学では説明の付かない超常的な力を得ることができ、この力をもって宇宙海賊に対抗している。
陽さんと美月さんは、コスモスに所属する光の戦士である。ちなみに地球侵略を企てる宇宙海賊だが、その侵攻は日本の各地に限られているらしい。宇宙海賊とコスモスの戦いを知る僕も、その理由はまだ分かっていない。
「お、おのれ! こうなったら私が!」
黒ずくめの男が宙に浮かぶ陽さんと美月さんに飛び掛かった。
だが、土星に似た「環」をたすき掛けする、紫色のドレスをまとった光の戦士が男の前に立ちふさがる。
環の戦士が男に対し、右手をかざして円を描く。
「〝リフレクティブサークル〟!」
描いた円が鏡に似た盾を形成し、男の突き出す拳を弾いた。
「あたしが相手よ! サンシャイン、ムーンライト、二人はドラゴンを」
環の戦士の申し出に、陽さんと美月さんが首を縦に振った。
そして男に肉弾戦を挑む環の戦士。この紫を基調としたドレスを身にまとい、淡く輝く土星のような「環」をたすき掛けする光の戦士の名は坎原環さんと言う。変身した姿を「リングレットアーク」と言うこの坎原さん、僕と同じ明倫中学に通い、そしてなんとクラスメートだ。
坎原さんが息も吐かせぬ激しい連打を男に叩き込み、そして、
「たあああっ!」
とどめの回し蹴りを男に浴びせた。
蹴りを食らった男が吹っ飛ぶ。だが、ぼーっと見ている場合じゃなかった。男がこちらに吹っ飛んで来ている。
「しまった! 鈴鬼くん、そいつから逃げて!」
坎原さんが呼ぶが時すでに遅し。僕の近くに黒ずくめの男が墜落し、慌てて逃げ出した僕だが、起き上がった男がそんな僕を追いかけて捕まえた。
僕を捕まえた男が宙を見上げ、光の戦士三人に宣告する。
「こ、この少年の命が惜しければ大人しくしろ!」
迂闊だった。宇宙海賊に捕まったことは今回が初めてではない。また捕まってしまうなんて、と僕が自分を責める。
だが、地上に目を向けると、ふわりとした黄色いドレスをまとう彼女がこちらに向かって駆けている。そして宙を見上げている男は、走る地上の彼女に気付いていなかった。
それにしても、走る彼女の勢いは凄まじく、まるでアクセル全開の自動車に突っ込まれているような恐怖を僕が抱いてしまう。それはともかく男に気付かれず接近した彼女が、白き光をまとった右腕を振り上げ、
「鈴鬼くんを放せえ!」
「ぐわはっ!」
パワフルな一撃をぶちかました。彼女がプロレスでいうところのラリアットを繰り出して男を吹っ飛ばした。
一緒に吹っ飛ばされる、と思った僕だが、彼女がそんな僕の体に手を回し、僕をお姫様のように抱える。
「だいじょうぶ? 鈴鬼くん」
「庚渡さん」
庚渡紬実佳さん。僕を抱える光の戦士の名で、僕が世界で一番好きな女の子だ。
クラスメートで、小さくて愛らしく、普段は引っ込み思案な性格をしてるけど割と調子にも乗る。そんな彼女が僕はとても愛おしい。
彼女の変身した黄色いドレス姿は「トゥインクルスター」と言い、僕は四か月ほど前にこの変身した姿を偶然見て一目ぼれし、友達の関係を申し込んだ。情けないがまだ告白する勇気はない。ちなみに、彼女と坎原さんは親友の間柄である。
「だぁりゃあああっ!」
「ヤ、ヤクサァァイッ!」
ドラゴンの慌てた叫びに僕と彼女が振り向くと、その長い尾をつかむ陽さんが一本背負いを仕掛けていた。
背負い投げは見事決まり、ドラゴンが地面に叩きつけられる。象よりも大きな巨体が投げられる光景は思わず目を剥くほどに豪快だ。
仰向けとなったドラゴンに美月さんが畳み掛ける。
「刺す! 〝ギルティーメインディッシュ〟!」
美月さんがドラゴンの長い首に右の籠手を突き刺し、これにてドラゴンが消滅した。
魔獣が消えた光景を僕が、彼女に抱きかかえられながら眺めている。
「か、庚渡さん。そろそろ、降りていいかな?」
「あっ。ご、ごめんね!」
女の子からのお姫様だっこはさすがに恥ずかしい。僕が照れながら彼女の腕から降りた。
それにしても、ドラゴンを特に手こずることなく倒すとは。もうこの四人無敵なのではないだろうか。あと、暴走自動車のようだった彼女の全力疾走に、正直びびってしまったのは内緒にしておこう。
残るは黒ずくめの男。地上に下り立った坎原さんが彼女を呼ぶ。
「トゥインクル。あいつを追い詰めなくちゃ」
「うん。鈴鬼くん、一緒に来て」




