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クラスの彼には内緒だよ☆

「失礼します」

「おっ。よく来たね環ちゃん。さ、座ってすわって」


 坎原環が部屋の扉を開け、その中で(くつろ)いでいた乾出陽が後輩の入室を歓迎した。

 陽とそこまで対面がない所為(せい)か緊張している環。ここは陽の腐れ縁にして無二の友人、巽島美月の部屋である。

 陽と美月と、今や深い(きずな)で結ばれた環をつなぐ庚渡紬実佳であるが、今にも泣き出しそうな顔をして環の着るコートをつかんでいる。


「どったの紬実佳ちゃん?」


 気になった陽が首をかしげて()くと、


「陽さぁぁん!」

「うわっ。ど、どうしたの?」


 紬実佳が飛び出すように環から離れ、座る陽の胸に飛び込んだために陽が驚いた。

 事情が()み込めず戸惑う陽に、紬実佳が顔を上げ、そのつぶらな二重の瞳に涙を()めて訴える。


「鈴鬼くんが、鈴鬼くんが……」

「えっ。スズキ君がどうしたの?」


 紬実佳の彼に何か起きたのか。陽が尋ねる。しかし――、


「あの宇宙海賊の子に、こんなことされたんですよぉ!」

「あひゃあっ!? ちょっ、ちょっと紬実佳ちゃん、くすぐったいよぉ。落ち着こう、おちつこう、ね?」


 紬実佳が陽の首を、犬のようにぺろぺろとなめ始めたため、さすがの陽も慌てて制止した。

 そして「ひーん」と陽の胸を借りて泣き始めた紬実佳を、理解できない陽が環に尋ねる。


「ねえ環ちゃん。東京で何かあったの?」

「あー、鈴鬼くんがちょっと、この前の女と色々ありまして」


 二十五日のクリスマス、東京から帰ってきた紬実佳と環は、電話で先輩の陽と美月に首尾を報告した。

 報告を受けた先輩二人だが、後輩二人の無事な顔と首尾の詳細を知りたかった。だから陽が「二十八日に会って話さない?」と後輩二人を呼んだ。

 場所は巽島家、美月の部屋。陽は美月の体調が優れないため、巽島家に着いても出迎えはせず、勝手に上がっていい旨を後輩二人にあらかじめ伝えている。それで環は二十八日の今日、美月の部屋を知っている紬実佳を伴ってこの部屋に訪れたのである。

 ちなみに、陽が今日を指定した理由は、今日が美月の誕生日であることによる。


「もうずっとこんな調子なんですよ」

「ほよー。それはなんというか、災難だったね」

「彼の前では平気な振りをしてるんですけど、彼がいなくなると()ぐに泣いちゃって。あたしも何度首をなめられたことやら」


 彼・鈴鬼小四郎が宇宙海賊から受けた辱めを、環が紬実佳から聞いた話を元にかいつまんで話し、これを聞いた陽が取り乱す紬実佳に納得した。

 紬実佳は彼の前でこそ落ち着き払っていたが、実のところそれは振りで、心の底では情念をくすぶらせていた。彼の唇こそ人工呼吸という口実で奪っている紬実佳だが、彼の腰に手を回すなんて、彼の体に舌を()わしてその味を(たの)しむなんて「まだ」したことがない。先を越されたことを大いに悔しがっている。

 仕返ししたくても相手はもういない。紬実佳の心は壊れている。


「ところで乾出さん、巽島さんの姿が見られませんが」


 コートを脱いで正座した環が、部屋の主が不在なことを、紬実佳を慰めている陽に尋ねた。

 環が部屋の中を見回す。畳まれた布団の上には、骨付き肉を模した珍妙な枕が乗っかっていて、――ぬうっとした陰湿な気配を環が背後に感じた。

 びっくりしながら即座に振り返る環。すると後ろに立っていたのは、長い黒髪をぼさぼさにした、やけにげっそりとした女。


「うわっ、巽島さん」

「環、いらっしゃい……」


 パジャマ姿の美月が、音も立てずに存在していたため、これに環が驚いた。

 幽鬼の(ごと)くやつれきった美月。その足取りはふらふらと定まっておらず、これに環が具合を尋ねる。


「大丈夫ですか?」

「辛いわね、あそこにいる筋肉女からの風邪(かぜ)は。ここのところ〝心の種〟が止まらないわ」

「心の種ですか。それは、お大事にしてください」

「いやー、うつしちゃったよ。本日は絶好調なりー」


 後頭部をかいて笑った陽。美月は陽の風邪をうつされていた。

 美月が座り、陽と美月と環の三人が囲むように座る。紬実佳は(いま)だ陽にしがみついている。

 環が持参した紙袋からある品物を取り出す。


「巽島さん、お誕生日おめでとうございます。これ、東京のお土産です」

「あら、可愛いわね。ありがとう、とても(うれ)しいわ」

「いつもそばに置いてもらえる物がいいと思って、紬実佳と二人で買ったんです。〝ラベンDAAAAっ!るまちゃん〟」


 ラベンダー色の水滴型に短い手足を付け、クルンとしたまつ毛を持つ切れ長の目と、ぼってりとした厚い唇を添え付けた、「キモい」ながらも愛らしさを感じる奇妙なぬいぐるみを環が美月に贈った。

 美月が目を閉じてぬいぐるみを抱き締める。気に入った模様。ちなみに、このぬいぐるみは紬実佳も所有しており、彼からのクリスマスプレゼントとして受け取っている。彼は女心に(うと)い少年のため、紬実佳がねだったことは言うまでもない。

 続いて環が紙袋から次の品物を取り出す。


「乾出さんにはこれを。〝納豆ギョーザ(あめ)〟です」

「おおっ、これは西で一時期大ブームを起こしたと言う禁断のスイーツ。環ちゃん、あたしが好みそうなもの分かってるだわさ」

「ははっ。紬実佳が選んだんですけどね」


 受け取った陽が、さっそく包装を開け、中の納豆色の飴を口に入れる。


「うん、まずい!」


 陽が(うな)る一方で、


「環。久々の帰郷はどうだったかしら?」


 美月がぬいぐるみを抱きながら尋ねる。


「もー大変でした。東京は変わってなかったですけど、紬実佳ったら、新幹線予約したのに駅に中々来ないし、信宿ついたら着いたで、変な所に行くなって言ったのに彼と傾奇町に行っちゃうんですよ」


 東京に着いたその日に宇宙海賊を倒したこと、翌日は土産を選びながら買い物したこと、そのほか諸々(もろもろ)の思い出を環が語った。

 話しながら環が顧みる。友人を亡くして(しばら)く泣き伏せていたこと、それから(ふく)(しゅう)を誓い、ようやく果たせたこと。期間にすると二月足らずの間だが、随分と前の事のように環が懐かしんだ。

 そして、話題は宇宙海賊に力を与えていた、あの闇よりも黒い玉の話に移る。


「へえ。ブラックホール団って、そんな黒い玉を持ってるんだ」

「それを壊せば、ただの人に戻るのね?」

「はい」


 関心を示した陽と美月に環がうなずいた。

 陽と美月は、今まで相手をした宇宙海賊と言えばメテオという中年の男性が専らだったため、黒い玉のことは知らなかった。

 目を合わせる陽と美月。黒い玉の認知は、知らなかった二人に大きな衝撃を与え、併せて一筋の希望を二人に見出させていた。黒い玉を破壊すれば宇宙海賊は無力な人に戻る。それはすなわち、宇宙海賊と殺し合いをしないで済むということ。


「ありがとう環。今の話、私たちにとってとてもためになったわ」

「礼を言われるほどでは。お役に立てたようで何よりです」


 礼を述べた美月に、恐縮する環が照れ笑いをした。

 環が胸をなで下ろす。東京から引っ越して来た環は先輩の二人とそこまで面識がなく、特に美月には一度「ナマイキそう」とまで言われている。故に悪い印象を抱かれずに済みそうで息をついた。

 陽が顔を緩め、後輩二人の無事と労を喜ぶ。


「何はともあれ、二人が無事に帰ってきてよかったよ。お姉さん心配で夜も寝れなかったんだから」

「ぐっすり寝てたじゃないのあなた」

「そうだっけ? 都合が悪いことはすぐ忘れちゃうんだよなぁこの頭。――ワガナハいんふぃにてぃ、ムゲンノめもりいナリ」

「私の方が心を砕いていたわ。おまけに風邪までうつされるし」

「しつこいなぁ、だから毎日看病しに来てるじゃん。あんまりしつこいと、寝てる間に〝道〟ってデコに書くよ?」

「えっ、道って、あなただったの!?」

「どったの美月?」

「どうしたもこうしたもないわよ! 今年の(こう)(りょう)市スイーツコンクールで、私のエプロンにラクガキしたのあなただったのね!」

「いまさら気付いたの?」

「銀賞までとっちゃったものだから余計に恥かいたじゃない! 〝寄り道脇道回り道 しかしそれらも全て道 私が歩く私の道 私が決める私だけの道〟なんてやけに達筆な字でエプロンに書かれていたものだから、審査員に読み上げられたとき恥ずかしくて顔から火が噴きそうになったわよ!」

「一言一句よく覚えているね。ってか受賞のときくらいエプロン脱げばいいのに」


 陽にまくし立てる美月の一方、


「たまちゃーん」


 紬実佳が今度は環に泣きつき始めた。

 そして首をなめる。壊れている紬実佳を一身に相手している環は、もうこの奇行を特に驚かない。


「あーん、やっぱりたまちゃんの味しかしない。鈴鬼くんの首なめたいよぉ」

「それ、知らない人の前で絶対に言っちゃダメだからね。ちなみに乾出さんの味はどうだったの?」

「陽さん納豆ギョーザ飴たべてから臭うの」

「おーい紬実佳ちゃん」

「じゃあ、巽島さんの首なめてきたら?」

「美月さんは風邪でお風呂入ってないだろうから絶対に苦いもん」

「失礼ね、体は拭いてるわ」


 紬実佳の辛辣な言い草に陽と美月が不満を垂れる。


「たまちゃん、やっぱり悔しいよぉ。あの子、私の鈴鬼くんの前でショーツ脱いだりして……」

「もー紬実佳、それ何度目? 鈴鬼くん嫌がってたんでしょ?」

「そうだけど、私だって鈴鬼くんの前でショーツ脱ぎたいよぉ。ねえたまちゃん、どういうシチュエーションならショーツ脱いでも大丈夫だと思う?」

「知らないよー。そもそも男の子の前でショーツ脱ぐ状況ってなにー? むきゃー」


 壊れている紬実佳の血迷った言に環が嘆いた。

 環が亡くなった友人を顧みる。環の前のパートナー泰子は、とても()れっぽい子だった。それはそれは環が「またか」と(うな)()れるくらいに。

 更に泰子はしつこかった。惚れた男のことを耳にタコができるくらい吐き連ねたり、惚れた男の跡をひそかに()けたり、惚れた男が異性と仲良くすれば陰湿な敵意をその異性に向けていた。

 極めつけは(おも)いを打ち明ける勇気が泰子にはなかった。いつもぐちぐちと環にくすぶった想いをぶちまけていた。複数の異性と一人の異性という違いはあれど、泣く紬実佳に環が、


(ほんと、泰子に似てるわ……)


 ため息をついた。

 ――翌日。


「どーしてあたしが風邪うつされてんだろ……」


 今度は環が、風邪をひいて寝込んでいた。

 ショックから立ち直った紬実佳が、(かゆ)(さじ)ですくって環に向ける。


「まあまあ。はい、あーん」

「あーん。って、なんでおかゆに羊羹(ようかん)が入ってるの?」

「体調が悪いときには、甘い物もいいかもしれないって思って」

「まったく、おかゆに羊羹なんて。……あれ、意外にいける。おはぎみたいでこれはこれで」


 粥を食べきった環がけろっとしている紬実佳に訊く。


「紬実佳はなんで風邪ひかないの? あの部屋にいたのに」

「私バカだから。社会9点だし」

「そういう問題じゃないでしょ。……ふあっ」

「どうしたの?」

「心の種が生まれそうですぅ……。お願い紬実佳、トイレに連れてって」


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