追懐の願いに揺らいだ枯れ尾花
「あいつは」
突如として現れた黒い衣装の少女に、リングレットが目を大きく開いた。
思い出される離別の日の夜。掛け替えのなかった友達の血にまみれて伏せていた姿がリングレットの脳裏に蘇る。
歯をギリッと食いしばる。憎しみを抑え切れずに体が震える。抱えている紬実佳を放したリングレットが、
「うああああぁっ!」
慟哭と表すべき大声と共に飛び込む。
「あははっ!」
「あぐっ! う……」
だが、黒い衣装の少女が怒れる拳を哄笑しながらかわし、そのお返しにボディブローをリングレットの腹にめり込ませた。
膝を突いたリングレットの細い首に少女が手をかける。そして、
「探しましたよ。こーんな田舎に逃げてたんですねぇ」
「うう……」
「お友達が独りぼっちで寂しがってますよ。可哀そうだから送ってあげますね」
少女が嬉々として口角を上げ、喉に押し当てる親指に力を込めた。
だが、少女は忘れていた。いや、侮っていたと言うべきか。
「このおっ! 〝オーバードライブ!〟」
「あつっ!」
マネキンに拘束されているサンシャインが己の体を激しく燃やすと、少女が咄嗟に絞める手を引っ込めた。
手を押さえる少女。サンシャインの炎と、手を引っ込めた少女の動き。炎を食らったのはマネキンのはずだが、今の引っ込めた手は連動しているようだった。
拘束から逃れたサンシャインが隣の親友に振り向く。
「ムーンライト!」
「助かったわ」
ムーンライトも拘束されていたが、どうしてか解放されており、そのきっかけを作ったと思われる親友に礼を述べた。
「……クッ。〝融解〟」
少女が指を鳴らしながら苦々しくつぶやくと、コスモス二人を捕まえていたマネキンが瓦解した。
マネキンが溶けて泥に変化し、これにサンシャインとムーンライトが驚く。その一方で少女が今の状況を冷静に分析し、ビキニ姿の女と銀の着物をまとう女二人をいま相手にするのは分が悪い、と判断して身を翻した。
撤退を決めた少女が空を望み、恩ある亡き同志につぶやく。
「すみませんメテオさん。あなたの仇は、いずれとります」
そうして少女が空高くに飛び去った。
空を飛ぶ黒い衣装の少女を、サンシャインとムーンライトが険しい顔を浮かべて見届ける。
「二人とも、お疲れだベエ」
妖精が姿を現した。
ねぎらう妖精に振り向く二人。険しい表情は崩さぬままで。
サンシャインが表明する。妖精に対する率直な思いと、悪に抗する純粋な決意を。
「べーちゃん。あたしたち、べーちゃんの考えてることが全然分かんない」
「…………」
「べーちゃんのこと、信用できないのは変わらない。でも、あいつみたいな男は絶対に許せない。だから戦うよ。それでいいかな?」
「かまわないベエ」
首を折った男に目を向ける二人の意思を妖精が承諾した。
ムーンライトが、呆けたように割座しているリングレットに向き、
「リングレット」
戦士としての名を呼ぶが返事はなかった。
ムーンライトがリングレットに歩み寄り、後ろからその背を見下ろす。先に悲しい声を上げて飛び出したことから、ある程度の事情は汲み取っている。
「あなた、今の子と因縁があるようだけど」
「…………」
「何があったのか、教えてくれないかしら?」
尋ねたムーンライトに、俯くリングレットの背はひっくひっくと震えていた。
震えにムーンライトが落涙を察する。サンシャインが回り込んでリングレットの前に屈み込み、
「ねえ、話せるならあたしらに教えてくれないかな? 力になれるかもしれないし」
リングレットの顔をのぞきながら訊くと、
「あたし、今の女に、たった一人の友達を殺された……」
「…………」
「お願いします。あいつに、復讐したい……。サンシャイン、ムーンライト、あたしに力を、貸してください……」
顔を上げたリングレットの優れた容姿が、涙と鼻水でくしゃくしゃに変わっていた。
再び俯くリングレット。「友達を殺された」。この言にサンシャインが自分の立場で想像する。もしもムーンライトが、見る影もない姿で無惨に殺されたら――。
泣くリングレットをサンシャインが無言で抱き締める。その一方でムーンライトがふと感じた疑問を妖精に尋ねる。
「べーちゃん」
「なんだベエ?」
「なぜ今の子と、あの男がリープゾーン内を動けるのかしら?」
「スズキと同じだベエ。あの男は、あの男と戦い敗れた戦士がリープゾーン内の行動を許可した対象だからで、今の逃げた子は、リングレットが組んでいた戦士・ティターニアベレットが、リープゾーン内の行動を許可した対象として選んだからだベエ」
妖精の説明にムーンライトが納得すると、
「う……わたし」
「紬実佳」
紬実佳が起き上がったためにムーンライトが呼びかけた。
だが、紬実佳は辺りをしきりに見回している。ムーンライトの呼びかけが聞こえていない模様。
間もなくして紬実佳が、
「鈴鬼くん!」
破かれた自分の服装を全く気にせず、いまだ倒れている彼の元へ駆け寄った。
彼の元に紬実佳が近付く。だが、動転した様子で口を押さえ、ガクッと膝を突く。
「やだ、鈴鬼くん……」
戦いとリングレットのことで疎かになっていたサンシャインとムーンライトが、ただごとではない紬実佳の様子に彼の元へ急いで駆け寄った。
遅れてリングレットも痛む体をひきずって寄る。
「……うっ」
リングレットが驚愕し、紬実佳と同じく口を押さえた。
枯れススキが血反吐で染まっている。鈴鬼小四郎が血を大量に吐いていた。




