君に胸キュン!? ときめいた僕の心
彼女と目が合った僕は、驚くばかりで何も言えなかった。
声を聞いたとき、「まさか」とは思っていたけれど、さっきまで大きなヤギと激戦を繰り広げ、ビームを撃ってヤギをやっつけた女の子がクラスメートで、しかも、今日日直で一緒だった子なんて。
僕はどんな顔をしていたのだろうか。きっとマヌケな面を浮かべていたのだろう。そんな僕に、目を見開く彼女が尋ねる。
「鈴鬼くん。もしかして、見てたの?」
見てはいけなかったのだろうか。素直に答えて良いのか迷ったが、僕は首を縦に振り、黄色いドレス姿の女の子の活躍、すなわちクラスメートの思わぬ一面を目撃したことを回答した。
彼女の名前は庚渡紬実佳と言う。前述のとおり同じクラスの女の子だ。
背が小さくて、いつも度の強い丸眼鏡をかけていて、ミディアムボブって言えばいいのだろうか、肩にかかる長さの内側に癖のかかった髪型をしており、その顔よりも眼鏡や髪型など特徴の方が印象に残る、ある意味で謎な子だった。
決して目立つ子じゃない。勉強も運動も際立った話はなく、前述した特徴のせいで容姿も噂にならない。影響力の無さなら僕といい勝負ではなかろうか。
しかし、そんな彼女が、まさか、その――。
「ね、ねえ、庚渡さん」
「は、はい」
「さっきお姫様みたいな黄色い格好して大きなヤギと戦ってたよね? えーと、そもそもなんで、僕と庚渡さん以外みんな止まって」
「それは、えっと、その……」
ダメだ、訊きたいことがあり過ぎて頭が整理できていない。
何から訊けばいいのか。しどろもどろとして迷う僕と同じく彼女も答えに窮していた。
とりあえず落ち着き、彼女にも落ち着いてもらわないと。僕が一呼吸置く。
「な、なんで〝リープゾーン〟の中を動けるニンゲンがいるベェ!?」
しかし、更なる驚きが僕を仰天させた。
僕と彼女の間に、透明の翅を生やしたウサギのような生物が突如として現れ、しかもその生物が人の言葉を喋ったのだ。
呆気にとられる僕をよそに、彼女が生物に話しかける。
「〝べーちゃん〟。サンシャインとムーンライトは?」
「病院まで運んだベエ。いやーそれにしてもさすがは黄道の精霊、今回は恐ろしく強かったベエ。まさかサンシャインとムーンライトがやられるなんてベエ」
「一人になったとき私泣きそうだったよぉ。ギリギリで勝ててホントよかったぁ」
「よく頑張ったベエ。っていうかトゥインクル、これはどういうことだベエ? なんでリープゾーン内を動けるニンゲンがいるんだベエ?」
「それは、その、えーと」
ウサギのような生物の質問にも彼女は言葉を詰まらせていた。
彼女の目がどことなく泳いでいるように見えるが、気のせいだろう。僕がたまらずにこの奇妙な生物と親しいのか訊く。
「か、庚渡さん、このポ●モンみたいなのは?」
「あ、この子は」
「おいニンゲン! それサンシャインにもムーンライトにもトゥインクルにも言われたベエ! いいか、よく耳をかっぽじって聞けベエ! ボクの名前はアイテール・バラーハミヒラ・レギオモンタヌス・クドンシッタ・ジョン・ラザファード・チューシロー・ヴィレプロルトと言って」
「全然覚えられないのでべーちゃんって呼んでます。妖精です」
彼女はツバを飛ばしてまくしたてる生物のセリフを遮り、僕に妖精と紹介した。
しかし、妖精ってなんだそりゃ。そんなものが現実にいるなんて言われても。
「よ、妖精?」
「はい」
「確かに、翅が生えてるところとか妖精っぽいけど」
「鈴鬼くんの言うとおり、ポ●モンみたいですよね、ふふっ」
くすりと笑う彼女に対し、僕は開いた口がふさがらなかった。
からかわれているのだろうか。しかし、この時が止まった周りに巨大なヤギ、そしてヤギにビームを放って倒した後、お姫様のような黄色いドレス姿から一瞬で制服姿に着替えた彼女を僕は目の当たりにしている。
現に妖精が、ポ●モンと言われて彼女に抗議している姿として、いま僕の目に映っている。彼女に気取られぬよう僕が腿をつねって見るが、やっぱり痛みは感じられ、正気なのだろう。到底信じられないことだが、目に映っている以上は受け入れるしかないのか。
「そうだ鈴鬼くん」
「な、なに?」
「今日はごめんなさい。あの、日直一緒だったでしょ?」
「ああ、そんなことか。謝らなくてもいいよ。理由分かったしさ」
「明日謝らなきゃ、って思ってたの。本当にごめんなさい」
すまなそうにして頭を下げる彼女を前に僕は、日誌に書かなくてよかった、と息をついた。
何にせよ、妖精が現れたおかげで少し落ち着いた。僕が頭を整理する。
何から訊こうか。まずは彼女のことを知ろう。
「それで庚渡さん」
「はい」
「話もどすけど、さっきお姫様みたいな黄色い格好してヤギと戦ってたよね?」
「あ、うん……」
「こんなこと訊いていいのか分からないけど、君は、何者なんだい?」
「……私は」
言い淀む彼女の代わりに、妖精が正体を明かす。
「トゥインクルは戦士だベエ」
「トゥインクル? 庚渡さんのこと?」
「そうだベエ。トゥインクルスターは、地球の侵略をもくろむ宇宙海賊ブラックホール団と戦う、光の戦士〝コスモス〟なんだベエ」
「こ、こすもす? 宇宙海賊ブラックホール団? そんなものがこの現実に?」
「いるんだベエ。コスモスは」
全てが静止している周りを妖精が仰ぐ。
「このように時を作って、人知れずブラックホール団と戦っているんだベエ」
「時を作る?」
「うるう年って概念があるベエ? あれと同じように、時と時の間にコスモスだけが動けるプライベートな時間を作って、その差し込んだ時間の中で戦っているんだベエ」
「ああ。だから、周りが止まって」
「そうだベエ。コスモスが作る時間は本来の時の流れに反した時間だベエ。そんな時間を時と時の隙間にねじ込んでいるから周りが止まっているんだベエ。おまえ中々頭いいベエ、トゥインクルとサンシャインはこれを理解するまで一週間かかったベエ」
妖精に褒められたが、それでもピンとはきていない。宇宙海賊なんて言われても。
日常の裏でそんな戦いが起きていた、なんてどう信じればいいのだろう。
「鈴鬼くん」
「は、はい!?」
首をかしげる僕を見かねてか彼女が僕を呼び、その呼びかけに僕はドギマギして変な声で返事をしてしまった。
「急にそんなこと言われても、信じられないよね?」
「う、うん。まあ」
「そうだよね。だから、今日のことは、キレイさっぱり忘れてください」
「忘れる?」
「うん。鈴鬼くんは今までどおり暮らしてください。私が鈴鬼くんを含めてみんなを守るから。今日は夢を見たんだって思ってください」
彼女は優しくほほえんで戸惑う僕を気遣ってくれた。
妖精に首を向ける彼女。トクン――、と僕の中では鼓動が高鳴っている。
「そろそろ時を戻さないと。べーちゃん」
「分かったベエ。おいニンゲン」
妖精が僕に振り向き、
「どうしてリープゾーンの中を動けるのかは知らないけど、トゥインクルが言ったとおり今日のことは忘れろベエ。あと絶対に、トゥインクルのことを周りにいいふらすなベエ」
「あ、ああ」
「もっとも、いいふらしたところでだーれも信じないけどベエ」
告げるだけ告げてから姿を消した。
彼女が制服の内ポケットから銀色のオブジェを取り出す。それに僕が目を凝らすと、手のひらサイズのオブジェには歯車がやたらと組み込まれており、一見バンドを外した腕時計に見える。
懐中時計と言う物だろうか。妙な物を持ってるな、なんて思ったときだった。
「……あっ」
僕は思わず声を上げた。周りが、一斉に動き始めたのだ。
風がそよぎ、遠くにいるおばあさんが歩き始め、彼女の後ろを自転車が通り過ぎる。いつもの日常が戻った。まるでいま起きていたことが嘘だったみたいに。
「じゃあ、さよなら鈴鬼くん。また、あした」
彼女がぺこりと頭を下げ、小走りに去って行ってしまった。
呼び止めたかった。彼女の笑顔を見てから僕の胸は高鳴っており、その緊張から彼女を呼び止められなかった。
彼女を知りたい。いま僕の想いはその気持ちでいっぱいだ。さっきまで彼女は眼鏡を外しており、それで彼女の素顔を初めて間近で見たのだが、びっくりするくらいに可愛かった。
美少女と言っても差し支えなかった。まさか、毎日顔を合わせているはずのクラスメートが、こんなにも可愛かったなんて。眼鏡を外すだけでこんなにも印象が違うのか、と僕はドギマギしていた。
夢を見たと思って。そう彼女は言っていたけれど、夢で終わらせたくなかった。僕は彼女に恋をした。