日曜の麻呂! ひかりたもれ~
日曜日。今日も寒いが、僕の心は焼きたてな焼き芋のごとくホクホクだ。
なぜなら今日、僕は彼女と買い物に出かける。彼女にはお姉さんがいて、バンドでドラムを担当しているのだが、お姉さんが妹の彼女にドラムスティックの購入を頼み、それで二日前の金曜に彼女から「スティックを一緒に買いに行かない?」と誘われた。
彼女とは二人きりで遊び、彼女の部屋にもお邪魔したことがあるが、それらは押しなべて「デート」と呼んでいいのだろうか。この響きは今まで女の子にあまり縁がなかった僕にとって神聖なものに感じていたのだが、彼女と遊ぶようになって僕は、その領域にいつの間にか踏み入れていたのだろうか。
デートと言われてもいまいち実感が湧いていない。だが、彼女と一緒に踏み入れていた喜びが僕の顔をついつい綻ばせてしまう。
さて、時刻は十時十五分を過ぎた。十時ちょうどに待ち合わせしているのだが彼女が来ない。
彼女から遅れる連絡はまだない。僕が少しそわそわし始めると、
「鈴鬼くーん。遅れてごめーん」
彼女が走って現れた。
「はあ、はあっ……」
「そんなに息を切らして。寝坊でもしたの?」
「ううん。〝パジャ麿〟観てたら時間ギリギリになっちゃって」
「ぱじゃ、まろ?」
人の名前なのだろうか。初めて聞く固有名詞に僕が首をかしげる。
「パジャ麿しってる鈴鬼くん?」
「いや」
「日曜の朝ってさ、〝鬼面ライダー〟とか戦隊ヒーローの番組やってるでしょ?」
「うん、やってるね。小さい頃はよく観てたよ」
「それのCMにね、麻呂の格好をした人が面白いパジャマの宣伝してるの。私それ観るの好きで。で、観てたら時間ギリギリになっちゃって、それで急いで来たの」
「ふーん」
「あ、興味なさそう。すっごく面白いんだよ、〝ひかりたもれえ~〟って」
彼女が僕に向かって手をひらひらと仰いだ。
楽しそうに仰ぐ彼女。ライダーに戦隊ヒーローは、僕も小さい頃は熱心に観ていたが、小学校の高学年になる前だろうか、その頃には観なくなっていた。
日曜の朝に放映されるヒーロー番組。そのCMを知っているということは、彼女はいまだに観ているのだろうか。いや、ライダーに戦隊ヒーローは男児向けの番組であり、女の子が観るのはありかもしれないが。
「庚渡さんライダーや戦隊観てるの?」
「ううん、そっちはあんまり。パジャ麿のついでに流し見してるくらいかな」
「CM目当てなのか。庚渡さんが観てるなら僕も久々に観てみようかなって思ったけど。にしても随分推してるんだね。そのパジャマ欲しいの?」
「えー、ちいちゃな子ども向けのパジャマだよ? さすがに着れないよー。着れたらひかりたもれえ~、ってちょっとやってみたいけど」
「分からないよ。一番大きいサイズなら着れるんじゃないかな?」
「めちょっく! 鈴鬼くんまでお姉ちゃんやお兄ちゃんみたいなこと言わないでよー」
ぽかぽか、と彼女が僕を叩き始め、この軽くて楽しい衝撃が僕を笑顔にさせてしまう。
「ふっふっふっ……」
「ちょっと鈴鬼くん、変な笑いしないで。んもー、エイプリルフール生まれの年下のくせに」
「ごめんごめん。じゃあ行こうか。お姉さんに頼まれてる楽器屋ってどこ?」
「あ、えーと。……忘れちゃった」
「ええっ」
「今日遊ぶことばかり考えてて頭から抜け落ちちゃってた。待ってて、いま電話してお姉ちゃんに聞くから」
彼女がケータイを取り出し、お姉さんに電話した。
ケータイ越しから甲高い声が聞こえるのは間違いではない。そうして、彼女が楽器屋の場所をお姉さんから聞く。
「よし、行こう鈴鬼くん」
「メモとかとってなかったけど、大丈夫?」
「任せてまかせて。それじゃ鈴鬼くん、迷子になって泣いたりしないよう私に付いてきなさい。えっへん」
「不安しか感じないけど、付いてくよ」
僕と彼女が楽器屋へと出発した。
そして、時刻は午後三時を回る。スティックを購入した僕と彼女が、公園のベンチにぐったりと腰を下ろす。
「鈴鬼くん、すっごく歩き回ったね……」
「楽器屋、ものすごく探したね。やっぱり任せるんじゃなかった」
「まあまあ。買えたんだから結果オーライ、うるとらはっぴー、みたいな?」
スティックを買った僕と彼女だが、費やした時間は約五時間。楽器屋を見つけるのにとても苦労した。
予想通りと言うべきか、彼女の案内では楽器屋にたどり着けなかった。辺りを探し回り、見つからないからまた彼女がお姉さんに電話して、といったことを繰り返した。
彼女のお姉さんは近々ライブがあるようで練習に忙しいらしい。それで彼女に頼んだのだが、「楽器屋どこー?」としつこく尋ねる妹にうんざりしただろう。しかし、お姉さんには悪いが僕は彼女と一緒に探す時間が割と楽しかった。五時間まるまる探し続けた訳ではない、途中お昼をとったりして寄り道している。くたびれたけど彼女と一緒なら良い思い出になるだろう。
僕が公園に立つ時計を見る。
「三時過ぎか。庚渡さん、まだ帰るには早いよね?」
「うん。鈴鬼くん、行ってみたい所があるの。これからお茶しにいこ?」
ベンチから立ち上がった彼女に誘われ、これを僕はもちろん快諾する。
「お茶? うん、いいよ」
「けってーい。お姉ちゃんから〝釣りはいらねーぜ〟って言われてるから、このお金で豪遊しよう?」
「ふふっ、そんなにお釣りあったようには思えなかったけど。それじゃどこの喫茶店行く?」
「この辺にお姉ちゃん行きつけのおいしいドーナッツ屋があるって聞いてるの。なんかヤが付くようなうさんくさい見た目のおじさんがやってるドーナツ屋なんだけど、すごくおいしい上にフェレット飼ってて面白いんだって」
「へえ、フェレットって珍しいね。僕も行きたくなってきた、行こう」
僕が立ち上がったときだった。公園内を歩く人々が、公園の外を走るオートバイが、風に吹かれる落ち葉が止まっている。
彼女も静止した周りに驚いている。僕が見ていたので当たり前だが、彼女が時を止めたわけではないようだ。
「鈴鬼くん」
「これって、まさか」
「いや、でも、いつもならブラックホール団が現れたときって、直ぐにべーちゃんが知らせてくれるの。べーちゃんが現れないってことは、これはいつもと違う」
「いったい誰が。陽さん? 美月さん? ……あっ」
僕と彼女の前に、淡い光を放つ環をたすき掛けした光の戦士が下り立った。
紫を主とした色のドレス。黄色の彼女とは対照的だ。東京から来た転校生が、変身した姿で彼女を睨んでいる。
「庚渡紬実佳」
「リングレット」
転校生と彼女が互いに呼ぶ。時を止めたのは転校生で間違いないだろう。
何が始まるのか。心の準備をした僕に転校生が厳しい視線を向ける。
「この男の子がリープゾーンの中を動けるってのは本当なんだね」
「…………」
「妖精から全部聞いたよ。まさか、そんなことする女がいるなんて。まあいいや、それならそれで、自分が犯した過ちを思い知ってもらうだけ。……はあっ!」
前傾に構えた転校生が僕に向かって飛び込んだ。
光の戦士の跳躍。あっという間に距離を詰め、僕なんかにかわせる訳がなく、
「うわあっ!」
僕が転校生になす術なく担がれてしまう。
「鈴鬼くん!」
「この男の子はさらってくよ」
「だめ! 鈴鬼くんを返して!」
「やだね。返して欲しければ、変身して追いかけて来なよ。ハァッ!」
ふわりと浮かぶように飛んだ転校生。互いに手を伸ばす僕と彼女だが、その距離はみるみると離されてしまう。
僕は、転校生にさらわれてしまった。




