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超パニック! 世界が終わった!?

(すず)()くんごめんなさい。私、どうしても行かなくちゃいけない用事ができたの」


 厚い丸眼鏡をかける彼女がバッグを抱え、急いで教室から駆け出した。

 放課後の教室に一人取り残された僕は、同じ日直だった彼女に仕事を押し付けられた。


 僕は(すず)()()()(ろう)。どこにでもいるような中学一年の男だ。

 無味無臭。友人にそう言われる程パッとしない。趣味なんて言えるものは特になく、強いて挙げればゲーム、だろうか。

 自分を上中下の更に上中下で表すと、勉強は中の下くらいだろう。赤点こそ採った事はないけれど、決して褒められたものではない。そして運動は下の中、おまけに背はクラスの男で前から並べば二番目に低い。そんなだから今まで目立てたことがなければ、女の子にモテたこともなかった。

 僕は、取り柄らしい取り柄など皆無な人間だ。人は何かになれる、なんて何かのキャッチフレーズで聞いた覚えがあるけど、まったくもってなれる気がしない。せいぜい平々凡々な人生を送り、他人に迷惑をかけないよう生きるのが関の山な気がする。

 今後この先ぼくが人の役に立ち、誰かに好かれるなんてことがあるのだろうか。


「はあ」


 ため息をついて時計を見ると、午後四時をとうに過ぎていた。

 教室には僕一人だけがおり、誰かの手を借りたくても借りられない。残る作業は学級日誌に黒板の掃除。まずは黒板から片付けるべく、六時間目の授業で描かれた数式や数字の羅列を黒板消しでぬぐい始める。

 少し腹が立ってきた。何に腹を立てているのかと言うと、日直の仕事を押し付けた彼女に、である。学級日誌も黒板も大変なものじゃないので仕事自体はいい。押し付けられた行為に腹が立つのだ。

 彼女は、クラスメートの僕を軽く見ている。押し付けたという事はそういう事だろう。彼女にどんな事情があって教室を飛び出したのか知らないが、軽んじられた不愉快な気持ちをこらえながら黒板を拭き終える。


 そして、黒板消しをクリーナーにかける。

 と思ったがなんだコレ。スイッチを入れてもクリーナーが動かない。


「マジ……」


 何度スイッチを入れ直しても、クリーナーは吸い込む音を上げなかった。

 確か、昼間は動いていたはずだ。ツイてない。仕事を押し付けられたことを含めてホントに運がない。

 仕方ないのでベランダに出て、チョークの粉を落とすことにする。それでベランダに出て空を見上げると、空は曇っていた。

 白と灰の何とも言えないありふれた曇り空。階下のグランドを眺める。


「バッチコーイ」

「逆サイだ逆サイ! こっちにボールを回せ!」


 ジャージ姿の先生が球と金属バットを持っており、その球を練習着姿の上級生が今か今かと待っている。

 野球部が部活動をしている。その一方で、球を蹴りながら走る男の行く手を幾人かの男が立ちふさいでいる。グランドでは野球部とサッカー部が部活動をしていた。


「声が小さいぞ! もっと声出せ!」

「バッチコーイ!」


 キィン――、と球を打つ高い音が鳴り、鋭い打球を野球部員が捕球する。

 僕も部活動に入るべきだろうか。しかし、自信がない。今は秋だけど夏休みは終わったばかりでまだまだ暑い季節だ。炎天下の下グランドを走るなんて絶対に耐えられる気がしない。

 第一活躍できる気がしない。さっきも言ったが、僕の運動は下の中レベルだ。入部しても万年補欠だろう。諦めて両手に持った黒板消し同士をたたくと、むせ返るばかりの多量の粉が舞う。

 これはたまらん。チョークの粉から顔を背け、ツイてない、とつくづく感じた。


「おう鈴鬼。ご苦労だったな」

「失礼しました」


 担任の先生に学級日誌を提出した僕が職員室を退出した。

 バッグを抱え、昇降口へ向かう。そして下駄箱から靴を取り出しながら日直の仕事を押し付けられたことを顧みる。

 日誌に書いて先生に報告するべきだろうか。でも、波風を立てたくない。自分が逆をしないとも限らないし。まあ彼女はクラスでも目立つ子じゃないので、たとえチクったとしても面倒にはならないだろうが、とりあえず黙っておくことにした。

 だが、(いら)()たしい気持ちはぬぐえない。だから無味無臭、なんてからかわれるのだろうか。僕が自嘲しながら靴を履く。


 そして、校門を出た僕が商店街を歩く。

 僕の通う中学、明倫(めいりん)中学校は街中にあり、家に帰るためには商店街を通り抜けなければならない。

 電線が敷かれた変わらぬ街を()く。子供の頃から知っていて、もう見飽きている街並みを進む。物心のつく前から開いている弁当屋の前で、(つえ)を突くおばあさんとすれ違い、続いてランドセルを背負った、


「ギャハハハ! きったねー!」

「待てようー」


 元気な子供の群れとすれ違う。

 学校から家まで四分の一の距離を歩き、そこに立つ本屋を過ぎる。車道を挟んだ対抗側の歩道を何気なしに見ると、明倫中の制服を着た男女が手をつないでいる。

 上級生だろうか。男女ともに仲良さそうで、羨ましく思った、――ときだった。


「……えっ!?」


 突如として降りかかった有り得ない現象に、僕は我が目を疑った。

 首をあちこちに振り向ける。だが、どこを見ても示し合わせたようで、僕の心が激しく揺さぶられる。

 今、僕の目には信じられない光景が映っている。手をつないでいる上級生と(おぼ)しき男女が、エコバッグからネギをのぞかせた買い物帰りのおばさんが、ベビーカーをひく母親とその中の赤子が、一様に止まっているのだ。

 皆が固まったように停止している。まるで時間が止まったよう。これはビックリで、ここでテレビか何かが撮影でもしてるのだろうか。しかしそれは間違いで、証拠に犬の散歩をしているおじいさんが遠くにいるのだが、その犬までもが止まっていた。

 僕は、おかしくなったのか。しかしこの奇怪な現象は、困惑する僕に悩む暇など与えず、更に驚天動地の恐ろしい出来事が僕を責め立てる。


――ヤクサアァァイッ!


 飛行機が低空を飛んでいるのか。そう思ったほどの爆音だった。

 たじろぐ僕が音のした方を見上げる。すると、ヤギがいた。もちろんただのヤギではない。そのヤギは二階建ての家の屋根から、角を生やした頭をのぞかせているのだ。

 見上げるばかりの巨大ヤギに頭が混乱する。ちょっと前まであんなヤギ絶対にいなかった。あのヤギはいつ現れ、いったいどこからやって来たのか。


「ヤクサアァイッ!」


 再び上げたヤギの雄叫びに、僕は圧倒されてその場にへたり込んだ。

 いったい何が起きたのだ。みんな止まって、怪獣と呼んでも差し支えない巨大ヤギが突然現れて。

 悪夢を見ているのだろうか。あまりの事に目の前がぐるぐると回りだす。世界の終わり、ってのが来たのだろうか。そんな普段なら笑って済ます考えが僕の頭をよぎったとき、――ズゥン、と大きな振動が僕を襲った。

 巨大ヤギが歩き出している。怖い、怖すぎる。あんな怪獣に踏み潰されたらひとたまりもなく、僕は潰れたトマトのようになるだろう。

 早く逃げなければ。けれど歯の根が合わず、体はガタガタと震え、


「誰か、た、助けて……」


 僕は祈ることしかできなかった。


 しかし、幸いヤギは僕に気付いていない。前をじっと見つめている。

 僕が震えながらもヤギの視線を無意識に追う。すると、またしても信じられない光景を目の当たりにしたため、僕は息を()んだ。


「な、なんだあの子は」


 女の子が、空に浮かんでいた。

 前を見つめる巨大ヤギの先には、お姫様のような黄色い衣装を身にまとった女の子が、勇ましく立った姿で宙に浮かんでいた。


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