齢をごまかす少女 @ソーシャルディスタンス
「ねえ。気味悪いから離れてよ」
ここは千葉県の下埴生という町。空港とお寺が有名な町である。と言うか、余所から来た僕はそれくらいしか知らない。
午後四時を回った夕方の時刻。卑弥呼という子供に命じられた僕は、アステリアと名乗る沙門の女の子と行動を共にする羽目となった。
僕はユメミヤグラで女の子に暴言を吐かれている。そのために全く気が向かないが、行動を共にする以上は一度話し合っておきたい。それで学校から出てきたところを捕まえたのだが、女の子から「気味が悪い」と開口一番に拒絶された。
「無茶を言うな。距離をとって話せって言うのか」
「いいえ。話しかけもしないで。あなたみたいな人と知り合いなんて知られたくないから」
「そうはいかないよ。僕だって同じ気持ちだけど、あの子供に君を守るよう言われているんだ。君のことは一応見なければならない、嫌だって言うならストーカーみたいに陰から監視するけど、それがいいのかい?」
「……チッ」
学生カバンに制服姿の女の子が聞こえるように舌打ちし、早足で歩き始めた。
ずんずんと前へ進む女の子。これに僕が溜め息を吐き、距離を大きくとって後をつける。
(まあ、確かに綺麗だよな)
ふんわりとした感じの軽く色が抜けた長い髪をなびかせ、大きめの瞳とニキビ一つない綺麗な肌を持ち、卵型の顔はたるみなく整っている。子供は女の子を別嬪と褒めていたが、確かにおかめの仮面を外した彼女の素顔は優れていた。
万人が振り返ると言っても言い過ぎではない女の子の容姿。校内ではアイドルのような扱いを受けているのだろう。しかし、沙門に属する人はみな辛い事情を抱えていることを僕は亡きアトラクトさんから聞いている。今の制服を着用して下校する彼女からは、そのような事情がまるで窺えなかった。
なぜ普通の女子中学生が沙門に身を落としているのか。世間的に死んだことになっていて学校に通っていない僕からすると不可解である。同じ黒い玉を宿しているとは思えなかった。
(ん?)
前を歩く女の子が隠れるようにして路地へ曲がったため、僕が右目をすがめた。
逃げるつもりか。僕がうんざりしつつも女の子を追いかける。そして路地に振り向くと、路地に入った直ぐ先に女の子は隠れていた。
一応尋ねる僕。隠れるにしてもお粗末だ。
「それでまいたつもり?」
「違うわよ。勘違いしないで。この制服姿をあの人に見られたくないの」
「……誰に?」
「あそこの男の人」
高校生だろうか。女の子が目で指し示した先には、僕より少し年上であろう男の人が歩いていた。
子供が言っていたことを僕が思い出す。この女の子には、交際している異性がいる。
「彼氏かい?」
「は? なに言ってるの。あの人は同じバイト先で働いている人だし」
「バイト? 君、僕と齢が一緒だろ? なんでバイトができるんだ」
「そんなのごまかしてるに決まってるでしょ」
僕は独り勘違いしていた。法律ではアルバイトできる年齢は満十五歳以上であり、女の子は同じ職場の人に中学校の制服を着る姿を見られたくないようであった。
しかし、なぜアルバイトを。女の子は受験を控える身になるだろう。もし学校にバレたらただじゃ済まない。
気になった僕が尋ねる。なぜ齢を偽ってまでアルバイトをするのか。
「なんで君、アルバイトを」
「……言う必要ある?」
女の子が回答を拒否したため、僕が詮索をやめる。それほど興味がある訳ではない。
「そうだね。ごめん、言わなくていいよ」
「ともかく、私に付きまとわないで。私は沙門だけど普通の中学生でもあるの。あなたみたいなミイラ男と知り合いなんて、誰にも知られたくないから」
「分かったよ。僕はこの町にいるから、もし助けが必要なときは呼んでくれ」
「連絡することないと思うけどね」
僕が女の子と別れ、かぶる帽子を深くかぶり直した。
事情があるのか分からないが、同じ齢なのに働いているなんて。働いたことがない僕が女の子に感心する。
何度も言うが、僕は女の子に暴言を吐かれている。その上に「連絡することない」とも言われ、更にしっかりしていそうな女の子だ。これらを考慮して「助けなど必要ないんじゃないか」と思った僕だが、早くも助けが必要となる事態が発生する。
午後八時を回った夜。ネットカフェで勉強していた僕が異変に気付く。
「時が止まった」
歩く人の足音にエアコンの駆動音。時間が止まると雑多な音が急に静まる。
時間が止まったことに気付いた僕が、急いでネットカフェから退出する。そして外に出ると、北東の方から騒がしい音が聞こえた。
この町で有名なお寺がある方角だ。僕が空を飛び、音がしたお寺の方へ向かう。
「キャアアッ!」
寺社の裏には樹々豊かな公園があるのだが、その公園内から悲鳴が響いた。
悲鳴がした方に僕が振り向くと、一人の女の子が仰向けに倒れている。おかめの面をかぶっていることから昼間の子だろう。
黒い玉を持つ以上は助けなければ。女の子のそばに僕が下り立つ。
「……え?」
「新手?」
すると、おかめの子が向ける足の方から、違う女の子の声が二つ聞こえたため、僕がそちらに振り向いた。
ドレスを着る二人の女の子が立っている。夜間であるため確認しづらいが、一人は藍色のドレスを身にまとい、西洋の葬式などで女の人がかぶるベール付きの帽子をかぶっている。そしてもう一人だが、カスタード色のドレスに身を包む姿はいいものの髪型が中々に奇抜である。ツインテールに結わえた髪の先が、古典的なお嬢様などで見られる所謂「縦ロール」なのだが、そのロールが遺伝子を表す二重らせんの形をしている。
藍色の子とカスタード色の子。僕の乱入は二人にとって想定外だったらしい。
「聞いてねーど。なじょすっぺ〝ラートリー〟?」
「落ち着いて〝ヒアデティ〟。一人増えたところで二対二よ、私たちなら問題ないわ。それに、グレナデンだっているもの」
「ん、んだね。よーし、頑張るべ、ラートリー」
この時が止まった空間内で面をかぶらずに動いている、ということはコスモスなのだろう。
「光の戦士、〝ラートリーセレーヌ〟」
「光の戦士、〝ヒアデティアナンタ〟」
「闇の力のしもべたちよ」
「アコギなマネはやめらんしょ!」
僕に人差し指を突きつけた二人のコスモス。藍色のドレスをまとう子が「ラートリー・セレーヌ」、カスタード色が「ヒアデティ・アナンタ」と名乗った。
二人の口上は、普通の感覚なら笑ってしまうところだ。一人は方言をしゃべっているし。しかし、負けたときを考えるととても笑えない。まして僕は以前コスモスの子に殺されかけている。二人のコスモスに僕が身構えた。