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ぼっちざロマンチック

(ごめん、箕宿さん)


 彼がもう姿の見えない箕宿慧に心の中で謝ると、


「ボイド。お前の名前、スズキコシロウって言うのか」


 アトラクトと名乗る男が彼に()いた。

 認めるべきか、否定すべきか。慧に告げた手前もあって彼は否定を選択する。


「いえ。僕に名前なんてありません」

「あー、いや、そういうのはいいんだ。別にお前の名前が何だっていいんだ、どうせ沙門は名前で呼び合うこと基本ないんだしな」

「…………」

「俺が気になるのはそこじゃない。お前の名前、どこかで聞いたことがあるな、って思ってさ」


 男が腕を組んで顎に手を置いて首をかしげた。

 続けて訊く男。包帯に覆われた彼の顔を見つめ、逆に心当たりがないか尋ねる。


「おまえ俺とどこかで会ったことあるか? 会ったことあるようで、どこで会ったか思い出せないんだ」

「……そうですか」

「なあ、俺は本名を枯林浪速って言う。どうだボイド、お前は思い出せないか?」


 彼が男の本名を聞いてハッと目を見開く。彼も同じく男の名前に聞き覚えがあった。


「コバヤシ、ナニワ……。僕もどこかで」

「だろう? 何なんだこの感覚、思い出せそうで思い出せないからもどかしいぜ……」


 彼が頭を押さえ、男がガシガシと頭をかく。

 (しば)し二人が黙考するが、いくら考えてもどこで会ったのか互いに思い出せない。思い出せなくても別状はないため、男が打ち切る。


「やめやめ。思い出せないんじゃ考えてもキリがない」

「そうですね」

「いつか思い出すだろう。それよりもボイド、お前が追い払った今の子さ、お前にベタ()れじゃなかったか?」


 男は異性からの恋慕に(さと)い方であり、彼のかつてのクラスメート箕宿慧の(おも)いに気付いていた。

 対する彼は鈍感である。己に向かれている異性からの好意に気が付く男ではない。彼の鈍感さは、彼の旧友・()(とう)師泰(もろやす)(たか)波市(はし)(すすむ)(あき)れられている。

 彼が学校生活を振り返り、


「まさか。彼女とは学校に通っていた頃のクラスメートなだけで、何もないですよ。彼女はみんなの中心にいるような人気者で、比べて僕は親と妹を亡くして(すさ)んでましたから」


 慧とつながりのない、いわゆる「ぼっち」であったことを明かすが、


「おまえ親と妹を亡くしてるのか」

「あ、しまった」

「フッ。しかしもったいないな。コスモスだけあって可愛い子だったじゃないか。ありゃ絶対お前に惚れてたぜ」


 彼の身の上を知った男が茶化した。

 男が彼の隙を見て微笑(ほほえ)み、また、親がいないという共通点を知る。それでほんの少しだけ彼に親しみを抱くが、そんな男の冷やかしを彼は否定する。


「ありえないですよ。それに」

「それに?」

「僕の中に、いまだ忘れられない子がいまして」


 胸中に秘めた子の存在を、彼が男に伝えた。

 カッコつけ過ぎか。彼が自分で言っておいて照れ臭く感じるが、そんな(いち)()な想いに男は反論する。

 男性のロマンチックな恋心など、男は理解できない。と言うか「しない」。そのような想いは独りよがりと男は唾棄している。


「おい、なんだそれ。その子が忘れられないから今の子フッたって言うのか?」

「は? フッたって、フッてないじゃないですか」

「いいや、お前フッてんだよ。今の子おまえに助けられたの気付いて、告白する気でいたぞ」

「……えっ?」

「かぁー、もったいない、実にもったいないなあ。俺がお前の立場だったら付き合ってめちゃくちゃイチャイチャするぜ? そんな子さっさと忘れて今の子にしとけばいいのに。お前そんなんじゃ彼女できないぞ」

「よ、余計なお世話です。第一この顔でどうやって彼女作れるんですか」

「知らねえよ。俺おまえの包帯の下の素顔みたことねえし」


 美少女をものにできるチャンスを逃した彼に男が呆れた。

 男は彼の未練がましさに同調できない。前述のとおり一筋な男の想いなど「独りよがり」と思っており、逆に女の気持ちを優先すべきだ、と柔軟に考えている。

 余談になるが、男は容姿が良く、異性からの想いに敏感であり、更に闇の力による絶大な自信まで備えている。モテない訳がなく、男は彼の一つ上だが既に異性との経験は五人に達していた。

 とは言え、全く理解しない訳ではない。世の中には不器用な人もおり、「コイツは不器用な部類に入る(やつ)だ」と男が彼を笑う。


「いいんですよ。彼女には戦いなんか忘れて幸せになって欲しいですから」

「なんだそれ。お前それでほんと沙門かよ」


 勝手に締めくくった彼に男がまたも呆れるが、その一方で我が身のことなど後回しで国の破壊と変革にひたすら腐心していた、かつて師と仰いだ(もち)(づき)好古(よしふる)という存在を男が顧みる。

 そして、彼が思い出す。彼にとって男は沙門における言わば先輩にあたり、彼は闇の力の真価や沙門としての身の振り方を男から聞いている。

 空を飛べること、電車にはねられても平気な体であること、そのほか諸々(もろもろ)を男から教わっている。そんな先輩と言うべき男に彼は逆らったのだ。彼が今更ながらに頭を下げる。


「すみませんアトラクトさん。願いを(かな)えるチャンスだったのに、邪魔をしてしまって」

「フン。まあ言いたいことは山ほどあるけどさ、今回は許してやるよ」

「ありがとうございます」


 器の広いところを見せた男に彼が礼をした。

 彼はこのアトラクトという男が嫌いではない。少々軽薄なところがあるものの面倒見がよく、彼は男の甲斐々々(かいがい)しさにかなり助けられている。

 丙山潤奈の殺害は残虐だったが、そもそもコスモスの子は変身すると身体能力に併せて回復力が強化される。生半可な打撃では()ぐに回復されて致命傷を与えるに到らず、確実に息の根を止める手段を採らなければ殺害は敵わない。よって戦闘による興奮もあって残虐な手段をついつい講じてしまう。彼はこの事を男から前もって聞いていたが(ため)、男に「(ひど)い」と感じつつもその所業に一定の理解をしていた。

 また、彼は男の姉を(よみが)らせるという願いに共感している。対して男は、初め彼に良い印象を抱いていなかった。素顔を見せない気味の悪さもあるが、侮蔑したくなるような(わい)(しょう)さを男は彼から感じていた。

 金魚のフン。虎の威を借りる(きつね)。そういった印象を男は彼に抱いていた。ユメミヤグラの管理人に命じられたので彼の世話を請け負ったのだが、そうでなければ世話など願い下げであった。しかし男は、いま彼の少年らしいところを見て笑い、己に歯向かってまで女の子を助けようとした気概に感じ入っている。


「アトラクトさん」

「なんだ?」

「この子、このままじゃ可哀そうなので、せめて奇麗にしてやりませんか?」


 彼が丙山潤奈の無残な亡骸(なきがら)を見て提案した。

 男は今までコスモスの死体を放置していた。「あの方」が上手(うま)く片付けてくれる、と知っているからである。したがって奇麗にする必要などないのだが彼に同意する。

 丙山潤奈の開いた目を閉じさせ、身体(からだ)に付着したおびただしい量の血をぬぐう。彼に(ほだ)されたとも言うが、男はかつて師と仰いだ存在と彼に妙なつながりを感じた。そして男は、彼に一筋の光明を見出していた。

 男は男で悩んでいた。いくら姉を蘇らせるためとは言え、女の子を平然と殺してしまう異常な正気に。彼と共にいれば深い闇に()ちず踏み(とど)まることができる。そんな光を見出したために従った。

 丙山潤奈の右手と左手を彼が組ませたところで、


「ボイド、(よし)()が生き返ったらお前に紹介するよ」


 男がこれから蘇らせる姉の名を彼に知らせる。


「ヨシコ?」

「あ、俺の姉の名前。芳子って言うんだ」

「あ、いえ。その名前も、どこかで聞いたことがあるなって思って」

「は? 芳子も聞き覚えあるのか。お前ってやっぱなんか変だよな」


 彼を「変」と男が言った。

 男は実際、彼を「変な奴だ」と思っている。このコスモスが時を止める装置ユニヴァーデンスクロックを使って時を止めた空間内、これを「リープゾーン」と言うが、リープゾーン内は条件を満たさぬ限り闇の者と言えども動くことは敵わない。

 条件とは、一度コスモスの子に動ける対象として選ばれることだ。実際問題コスモスの子と闇の者が時を止めずに戦うと、周りが甚大な被害を被り、死人まで出る始末となる。これを防ぐためにコスモスの子は闇の者と戦うとき、その闇の者を動ける対象に選んでから時を止め、人知れず闇の者と戦っている。

 男は過去に何度もコスモスと交戦経験があるため、リープゾーン内を動くことができる。だが、一月ほど前に闇の力(アリマニド)を宿して沙門となった彼は、男の知る限りコスモスに狙われたことは一度もない。

 彼は狙われたことがないのにリープゾーン内を動けるのだ。男はこれを不思議に思っている。


「変、なんですかね。それよりもアトラクトさん」

「なんだ?」

「お名前、特徴的ですね」

「ハハッ。だろ? 一度聞いたら忘れられない名前ってよく言われんだわ。でもお前の名前も中々じゃね?」

「そうですね。子供の頃はよくからかわれました」

「やっぱおまえ変だわ。ハハハッ」


 男は姉が死んでから一人で戦い続けてきた。彼という心を許せる人物がようやく現れ、男は笑う。

 そうして、丙山潤奈の亡骸を多少は見られるくらいに整えたところで男が空を見上げる。


「なあ、ボイド」

「はい」

「時間、戻らなくないか?」


 時が動き出さず止まったままのため、彼に訊く。


「そう、ですね」

「お前が時計壊したからだろ。どうすんだよ、このまま戻らなかったら」


 男はコスモスの子が持つ時を止める装置ユニヴァーデンスクロックによって時が戻ることを知っている。よってそれを壊した彼を笑いながら非難したときだった。


「あたしが止めてるからさ」


 突如として女の子の声が頭上から聞こえた。

 もちろん箕宿慧でも丙山潤奈でもない。二人が振り返る。


「帰省してたら、まさかこんな所で会うなんてね」


 すると、土星のような()をたすき掛けする、紫色のドレスをまとった女の子が浮かんでいた。


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