食べて喋って着せ替える女子のかしましい休日
「紬実佳、素晴らしいわ」
「うん、すっごくキラやば、きゃわたんでやばたん! 紬実佳ちゃんとっても似合ってる!」
休日。ファンシーな内装の洋服屋にて巽島美月と乾出陽が、試着室から現れた紬実佳を褒めちぎった。
目を輝かせて眺める二人。美月は口元を両手で覆い、陽は前のめりな体勢でガッツポーズをしている。しかし、当の眼鏡なし紬実佳は非常に恥ずかしがっている。
「あのー、陽さん、美月さん。確かに可愛いと思いますけど、これを着て外に出れませんよぉ」
紬実佳はフリルの付いた白のブラウスの上に黒のピナフォアドレスを着て、更に華美な飾りが付いたヘッドドレスをかぶっている。ロリータな服を着る紬実佳に二人は喜んでいた。
「陽ちゃん、その子とっても似合うわねー」
「でしょー。自慢の後輩なんですよー」
似合うと褒める店員のお姉さんに、陽が笑顔で受け応えた。
洋服店「プリプリホリック」。可愛い洋服の他、コスメなども取り扱うショップで、陽の知り合いが経営する店である。陽は頻繁に出入りしており、店員とは仲が良い。
お持ち帰りしたい。そう続けるお姉さんに「それは犯罪ですよ」と止める陽をよそに、
「も、もう着替えていいですかぁ?」
紬実佳がたまらずに試着室のカーテンを締めようとする。
「ダメよ。もうちょっと撮らせなさい」
しかし美月が、スマートフォンのシャッターを何回も切りながらカーテンをつかんだ。
「自分たちで着ればいいじゃないですかぁ」
「紬実佳が似合うから着せているんじゃない。それに、あなた変身すれば似たような格好してるでしょ。なに今さら恥ずかしがっているの」
「うー。それを言われると」
痛いところを突かれた紬実佳が閉口した。
陽と美月は中学二年生にしては背が高く、さらに大人びた容姿をしている。故にロリータファッションが似合わないことを自覚していた。だから見た目が幼い紬実佳に着せ、愉しんでいるのである。
また、美月はちょっとしたねたみを紬実佳に抱いている。それは乙女ならば誰もが抱く素敵な願望。
「トゥインクルスターの姿をスズキ君に見せたのでしょう? ずるいわ、私たちには絶対にできないから」
美月はムーンライトの姿に不満はない。むしろ戦士らしくて気に入っている。
だが、可愛い恰好に興味がない訳ではなく、いつかはお姫様のようなドレスを着てみたいと思っている。それを自然に叶えた紬実佳を羨ましく思っていた。
また、紬実佳の変身した姿は愛くるしく、自分と違って男子の目を引ける。その嫉妬を美月がぼやくと、
「美月ー。これも紬実佳ちゃんに似合いそうじゃない?」
陽が幼児性を更に増した白とピンクの衣装を掲げて勧める。
「いいわね、ものすごくトロピカってるわ。紬実佳、さっそく着てみなさい」
「ええ、まだ着るんですかぁ?」
美月が押し付ける陽の勧めた衣装に、紬実佳が困惑した。
そして、店を出た陽、美月、紬実佳の三人が近くのカフェへと訪れる。紬実佳は昨日中間テストを終えた折り目に二人から誘われ、今日はコスモス三人で街に繰り出している。
いらっしゃいませ。カフェの店員がカウンター越しに挨拶する。
「キャラメルフラペチーノに、えーと、この〝根性ドーナッツ君〟を付けて、あ、あとこのイチゴケーキも」
陽が食欲の赴くままにドリンクとスイーツを店員に頼むと、
「あなた全部甘味じゃない。太るわよ」
と、美月がとがめるのだが、
「あたしは甘いの好きだし運動してるから問題なし。ってか美月食べないの? この根性ドーナッツ君って、あの日曜日の天使って言われてる未来の大スター〝らんらん〟こと二乗らんらん子とのコラボ商品で、今期限定だってよ?」
「らんらんって、ドーナッツの着ぐるみを着てマラソンしたあのコメディアンのことかしら? それはともかく食べるわ、私も甘いの好きだし。店員さん、私も同じ物を」
結局は美月もカロリーたっぷりの甘味を頼み、これに店員が「ありがとうございます」と笑顔で応えた。
「私は、チョコレートフラペチーノを」
「紬実佳、飲み物だけ?」
ドリンクだけを頼んだ紬実佳に美月が訊く。
「私、お小遣いあんまりなくて。節約しないと」
「そう。では好きな物を頼みなさい。おごってあげるわ」
「え、いいんですか?」
「ええ。陽があそこのキッチンで皿洗いするから気兼ねなく頼みなさい」
「なんであたしが皿洗いする前提。紬実佳ちゃん、今日の美月の財布には一万円入ってるから好きな物たのむといいよ」
「陽も払いなさい」
「うっ。あたしそんなにお金ないんだけどなー。ほら、物価最近ガンガン上がってるじゃない? あたしらみたいな子供の小遣いまでも締め上げる今のセージってどうかと思うんだよねー」
「その割にはいま遠慮なく頼んだじゃないの。物価には同意するけど」
お金がない、と言う陽に気遣った紬実佳は抹茶ケーキだけを追加注文した。
ケーキの代金は陽と美月が折半して支払い、そして三人がテーブルを囲む。
「陽、あなた最近部活いそがしいの?」
「まあね。紬実佳ちゃんみたいな後輩もいるし。あードーナツおいしい。ドーナツ、ドーナツ、ドーナッツ!」
「陽さんバスケ部のキャプテンでしたよね?」
「うん。人を率いるなんてガラじゃないんだけど、先生に言われちゃったからやるしかないよね、たはは」
陽が苦笑しながら紬実佳に告げた。
乾出陽は、体育において非常に優秀な成績を修めていた。球技に陸上に水泳とオールラウンドに活躍し、もし体育の授業でチーム対抗戦を催せば、彼女が居るか居ないかで勝敗の行方が大きく変わる。
また、前向きで活発な性格も評価されていた。所属する白山学院女子バスケットボール部ではキャプテンを任されている。
「美月だって部長じゃない。料理部」
「うん」
「美月さんのお料理、すごくおいしいですもんね」
「家が料亭だもの。小さい頃から親の賄いをひたすら作って鍛えられたから、おいしいと言ってもらえる自信ならあるわ」
巽島美月の家は料亭を営んでおり、板前の娘である彼女にとって料理とは特技であって誇りだった。
包丁さばきなら誰にも負けない、と美月は自負している。それと彼女は面倒見の良さを買われ、所属している料理部では部長を任されている。
「キャプテンとか部長とかすごいです。私には二人みたいに誇れるものがないですから」
紬実佳が「デキる」二人にいささか恐縮しながら告げた。
身体を動かせばトロくてドジを踏み、学業も良い成績とはお世辞にも言えず、おまけに小学生に間違えられるほど背が小さい。
紬実佳はトゥインクルスターになるまで、生まれ変わりたい、と願っていたことは前述している。しかし二人がこれに異議を唱える。
「なんでよ。紬実佳ちゃん可愛いじゃない」
「そうよ。あなた眼鏡外せば間違いなくモテるわ。コンタクトにしてみないの?」
「コンタクトですか。わたし眼にこわくて触れないですから」
「そう、それは残念ね。でも私たち三人なら紬実佳が一番早く結婚しそう」
「現にスズキ君たぶらかしてるし」
「た、たぶらかすって。陽さん、人聞きの悪いこと言わないでください」
困った顔の紬実佳に、陽と美月が笑った。
ちなみに、トゥインクルスターに変身した紬実佳は眼鏡をしていないが、これは変身がもたらす身体能力の強化によって視力が向上していることによる。
「んぐぐ。ふぉーいえば」
「呑み込んでからしゃべりなさい」
「んぐ。メテオのことなんだけどさー」
「メテオ。また藪から棒ね」
ケーキを呑み込んだ陽がコスモスの者しか分からない話題を口にした。
メテオとは、流星を指す訳ではない。冒頭の黒ずくめの男の名である。コスモスの三人は度々あの男が使役する怪獣と戦っており、もはや三人にとって因縁の深い相手である。
陽がメテオに感じた疑問を美月に問う。
「よくよく考えてみればおかしくない?」
「何が?」
「だってさ、べーちゃんが言うには宇宙海賊でしょ? でも普通に日本語話せて、普通に会話できてんじゃん? 宇宙人じゃなきゃおかしくない?」
「確かにそうね。でも、相手は宇宙海賊よ? 私たちの常識が通じる相手かしら?」
「それもそうか。宇宙海賊ならではのテクノロジーがあるのかな?」
「あるのかもね。私たちがべーちゃんから預かっているハロウィンズミラーとユニヴァーデンスクロックだって相当なテクノロジーよ。そもそもべーちゃんからしておかしいんだから、考えるだけ無駄じゃないかしら?」
「べーちゃん何者? って訊くといつも〝ボクはポケ●ンだベエ〟って言ってはぐらかすんだよねー。メテオってさ、あんな真っ黒な格好して暑くないのかなー」
「それもテクノロジーで何とかしてるんじゃない?」
「あははっ。あの真っ黒なマントの中じゃ扇風機がすっごい回ってたりして」
「職人さんが着てるあの服ね。うちの板前にも着ている人いるわ。涼しそうだけど、ブーンって羽根の回る音が耳障りなのが困るのよね」
話に花を咲かせる先輩二人に、紬実佳が前から気になっていることを訊く。
「あの、メテオの声って、どこかで聞いたことありませんか?」
「えっ。どこかで?」
「うーん、覚えないわ。紬実佳きいた覚えあるの?」
「ずっと前にどこかで聞いた覚えがあるんですよね」
「ってことは、メテオって宇宙人とかじゃなくて、紬実佳ちゃんが知っている人ってことなるの?」
「そう、なのかなぁ? いやぁ、記憶が曖昧なんで。訊いてみただけです、すみません」