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光に羽ばたく 三千世界の闇の妖精

 ガソリンスタンドに爆弾を置いた犯人は在日外国人だった。

 死ね、日本人――。確か、そう叫んでいた。そもそもこの近辺では爆発事件がしばしば起きており、警官が街を常に見回っていた。「不審物を見つけたら直ちに警察へ連絡を」。そのような警告文が書かれた看板を、僕はこちらに引っ越してからよく見かけていた。

 外国の人が日本人を敵視する理由は(しか)とある。日本では軍国化が始まった去年あたりから外国人への風当たりが厳しくなっており、その風潮は今や暴行や殺傷、立ち退きの強制などにエスカレーションしている。もはや迫害と言ってもいいだろう、その迫害を日本人の中には「今は(じょう)()の時代」などとうそぶいて正当化する人までいる始末だ。

 今年の二月、国会議事堂の前で在日の外国人がデモを起こし、これに対して国が武力を用いて弾圧したニュースを僕は目にしている。話が()れたが、ガソリンスタンドに爆弾を仕掛けた犯人は、虐げられた恨みが積もりに積もり、自作の爆弾でこの近辺を脅かし続けていたらしい。


 犯人とて辛かったのだろう。爆弾テロを起こすなんて余程のことだ、心ない日本人に家族を殺されたのかもしれない。

 同情はする。でも、結局は憂さ晴らしだ。それが僕を傷つけ、僕の新しい家族の命を奪っていい理由などには決して成りはしない。

 もし犯人が生きていれば刃物を片手に襲い掛かっただろう。犯人は既に自殺しており、僕が巻き込まれた爆発が元で警察に追い詰められ、爆弾で焼身自殺したらしい。

 周囲を巻き込んだ爆発で死者が多数でたそうだ。人を無差別に傷付けたテロリストと言うべき犯人がいないことを、僕は芳騨という看護師から聞かされていた。


 ――もう、誰もいない。元の家族も、新しい家族も。なぜ僕だけがこんな目に遭わなければならないんだ。

 しかも醜い姿に変わり果ててしまった。こんな姿ではもう誰にも会えない。こんな僕など、誰も愛する訳がない。


(空が、暗い……)


 日の暮れた時分。青かった空が闇に染まろうとしている。

 見納めの空だ。病院の屋上に立つ僕が青紫色の空を記憶に収め、それから階下を望むと、いつも通りの街にいつも通りの光景が、残された右の瞳に映った。

 宙を仰ぎ見れば、死んだみんなが僕を手招いている。これから行くよ――、と心の中でつぶやいたときだった。


(……うるさいな)


 やかましい鳴き声に、見納めしたはずの空を見上げると、一羽のカラスが僕の頭上を回るように飛んでいた。

 やがて、カラスが降下して屋上の手すりに留まる。そして僕を見つめる。

 カラスと言えば死を連想させる。喪服よろしくな真っ黒な体と死体を(あさ)るイメージの他、鳴くと人が亡くなると()われている。これから飛び降りようとする僕を嗅ぎつけたか、と僕が黒い姿に腹立たしさを覚えたときだった。


――マテ


 僕が目を剥く。カラスが僕を呼んだからだ。

 まさか、カラスがしゃべるなんて。そんなバカなことがあるものか。しかし声は、確かにカラスから聞こえた。

 依然として僕を見つめ続けているカラス。その手すりに留まる姿に、僕が目を凝らすと、


「脚が、……三つ!?」


 なんとカラスには、三本の脚が備わっていた。


「三つだって。そんな、まさか……」


 後ずさる僕。まさか、伝説が、死のうとしている僕の前に現れているなんて。

 それはサッカー日本代表のユニフォームで馴染(なじ)み深い、日本人なら誰もが知っている霊長にして神だ。「八咫(やた)(がらす)」。古事記(こじき)の時代の天皇を導いた神として知られている。他の(いわ)れはあまり知らないが、太陽の化身とも言われている。

 見間違いではないのか。僕が右目を瞬かせるが、三つの脚が確かに手すりを捕まえている。そんな茫然(ぼうぜん)として何も言えない僕に、カラスが口を開いて語りかける。


「貴様、憎くないか?」

「……憎い?」

(ふく)(しゅう)したいと思わないか? 破壊したいと思わないか? この世界の全てを引き裂き、貴様が負った苦しみを、(あまね)く人間に与えたいと思わないか?」


 僕の心が胸から現れそうなくらいに飛び跳ねた。

 カラスは、僕が抑えている心に秘めた破壊衝動を言い当てた。やり場のない怒り、泣き寝入りするしかない悲しみ、僕が味わったこの絶望を、全ての人に分からせろと告げた。

 そりゃ憎い。全てを壊したい。今も不自由なく生きている人達に、僕の辛さを少しでも知ってもらいたい。

 僕の心に(とも)ったドス黒い火。本当にこのカラスはあの八咫烏で、僕を導こうとしているのか。――でも、


「そんなこと、できるわけないだろ」


 僕にはそんな力なんて無いしそんな意思もないから、心に灯った黒い火を自ら吹き消す。


「出来ない?」

「当たり前だろ。僕は力も何もないただの子供だ。それに、たとえそんなことができたとしたって、それをすれば僕は、僕の親と妹を殺した暴徒や、僕の新しい家族を殺したテロリストと同じになってしまう」

「…………」

「ほっといてくれよ。もう、疲れたんだ。誰にも迷惑かけずに僕はいなくなりたいんだ」


 しゃがみ込んで顔を伏せた僕。どうかしている、あの八咫烏が現れるなんて、僕の神経はよほど衰弱しているのだろう。

 全部諦め、僕も死んだみんなの元へ行くんだ。しかしカラスが、バサバサッと翼を羽ばたかせ、その耳障りな音に僕が顔を上げると、カラスはしゃがむ僕の目の前に躍り出ていた。

 手を伸ばせば捕まえられそうなくらい近くに立つ、三つの脚を持つカラスの黒々とした双眸(そうぼう)が僕を見つめる。


「出来ると言えば、貴様、どうする?」


 カラスが僕に問う。

 僕の心に、またドス黒い火が灯る。


「できるって」

「祝福しよう。万物の根源たる闇の泉、絶望を知りし貴様には器たる資格がある」

「闇? 資格? ちょっと待て、いったい何を」


 問う僕を無視したカラスが背を向け、再び手すりに乗った。

 僕がカラスの向く先に視線を向ける。夜の街に一際強く輝く塔が立っている。


「あの光の塔へ行け。そこで貴様を待とう」


 カラスが一枚の紙を落として飛び去った。

 落とした紙を拾う。すると、それは千円札だった。これで電車に乗って行け、と言っているのだろうか。

 僕がカラスの言った光の塔を望む。「大江戸ユメミヤグラ」。十年ほど前にできた、高さ628メートルのランドマークタワーだ。その大江戸ユメミヤグラが、夜の街に強く輝いている。

 化かされているのだろうか。でも、どうせ死のうとした身だ。最期くらい化かされてもいいだろう。千円札を握り締めた僕が病院の屋上を後にした。


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