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心の繋がりなんてちょっとした切欠で呆気なく消えてしまう

「小四郎くん。後ろ狭くないかい?」

「いえ、大丈夫です」


 ワゴン車の最後部座席に座る彼が、運転手の伯父に問題ない旨を伝えた。

 彼の左隣には祖母と祖父が座っている。三列シートワゴン車の最後部座席は三人座れるスペースが確保されているが、それでも実際に三人座ると少し窮屈であり、それで伯父が彼を気遣って尋ねたのである。

 母方の祖父母と共に住み始めた彼だが、祖父母の家には亡くなった母親の兄、つまり伯父とその家族が住んでいた。あらゆる種の税金が増額され、どの家庭においても家計は圧迫されている。エンゲル係数は高まるばかりで、それは祖父母の家とて例外ではないのだが、祖父母や伯父達は彼を()け者にせず、むしろ彼を歓迎した。

 学校から帰宅した彼は、伯父に家族全員での外食を誘われ、それでいま伯父が運転するワゴン車の三列目に座っている。助手席には伯父の妻にあたる義理の伯母が座り、二列目には従姉(いとこ)と、従姉が主に飼っている小型犬三頭が座っている。


「小四郎くん」

「はい」


 隣に座る祖母が彼を呼び、これに彼が返事する。


「一緒に住み始めてもう一か月じゃない。敬語はやめてくれないかしら」

「……すみません。まだ、慣れなくて」


 苦言を呈した祖母に彼は謝った。

 祖父母にとって彼は孫である。同じ屋根の下で一月暮らし、既に家族のつもりでいる。だから遠慮するな、と祖母は彼に言いたかった。

 祖母の気持ちは彼にとってありがたかった。しかし、彼はどうしても他人行儀になってしまう。お世話になっているのだからせめて良い子でいよう、という負い目からの義務感が彼に遠慮をさせている。それに、妹と両親を失った哀しみは忘れられそうもない。


「やめなよおばあちゃん。小四郎くんまだ慣れないって」


 そんな彼の前に座る従姉が犬を()でながらフォローする。


「多感なお年頃なんだから。そんなことより小四郎くん、こっち来ていい子見つけた?」

「いい子って、そんな。たとえ見つけたとしても、僕なんか誰も相手にしませんよ」

「そっかな~。小四郎くん可愛いから、モテると思うんだよね~。ねえねえ小四郎くん、彼女できたら私に紹介しなさいよ。小四郎くんに相応(ふさわ)しいかどうか、私が見極めてあげるからさ」

「はは、分かりました。まあ、ありえないでしょうけど」


 朗らかな従姉に、彼が顔を僅かに緩めた。

 市内の高校に通う従姉は彼の二つ上にあたる。彼を小さな頃から知っており、今でこそお互い成長した身であるため慎むようになったが、親戚の集まりなどではよく一緒に遊んでいた。

 従姉は彼を弟のように可愛がっていた。そして、彼自身に自覚はないが、そんな弟が存外にたくましくなって現れた。従姉は男として見られるようになった弟の変化に少しときめいていた。

 彼が祖父母の家に住み始めたとき、誰よりも喜んだのは従姉だったりする。それなので助手席に座る伯母が、


「あら。あんたそんなこと言ってー、小四郎くんにつきまとう子を追い払う気でしょ?」


 と、従姉をからかうと、


「はあっ!? や、やだなーお母さん、そんなことしないってー」

「ふふっ、どうだか」

「私が小四郎くんの彼女に、そ、そんなことするわけないじゃん。まったく」


 図星だったのか従姉が素っ頓狂な声を上げ、これに伯父が苦笑した。

 そして、車が公道を走ること十分ほど経過し、Eに近付くタコメーターに気付いた伯父がつぶやく。


「あまりガソリンがないな。スタンドに寄っていこう」


 伯父がガソリンスタンドの看板目指してアクセルを緩めながらウインカーのスイッチを倒す。

 間もなくしてワゴン車が左折し、ガソリンスタンドに入場する。伯父が給油装置の前に車を止めてから降りると、


「トイレ行ってくる。ドギーとマギーとネギー見てて」


 従姉が犬三頭を祖父母に任せて下車した。

 我慢していたのか、小走りにトイレへ向かう従姉をよそに、


「僕も降りていいですか?」

「ああ。行っといで」


 彼も祖父に了承を得て車から降りる。

 日が既に傾いた六月の生ぬるい風を、彼が受けながらガソリンスタンドの敷地内をぶらつく。

 一台の軽自動車が敷地内に進入する。彼がその自動車を何気なしに眺めながら、今後自分はどうあるべきか思案を巡らせた。


 ――今日の放課後、学校で樹之下侘助に「お前それでいいのかよ?」と言われた。また、クラスメートの箕宿慧には「楽しい?」と()かれ、今も祖母に他人行儀をたしなめられた。

 彼はこの一月の間、妹や両親が生きていた五月の連休前に戻りたい、と思わない日はなかった。地元に戻ってわがままを言えたあの頃に戻りたい、と願わない日はなかった。

 しかし、もう過ぎ去ったことだ。時計は左に回るようにできていない。それに祖父母や伯父たちは温かい。いつまでも過去に囚われては申し訳ないだろう。

 ()ぐには難しい、忘れることなど出来はしない。だが、いじける自分を心配してくれる人達のためにも、独りぼっちの自分を迎え入れてくれた祖父母たちに報いるためにも、今の新しい生活を受け入れよう、他人行儀をやめて家族となろう――。そう彼が立ち止まることをやめ、前を向いて歩くことを決意したときだった。


(……なんだあれ?)


 彼が眺める軽自動車が、給油もせずに急発車し、その発車した跡に置かれた物が彼に目を疑わせた。

 発車した跡には、銀色の円筒が置かれている。アルミで出来た太いパイプのようで、手に握ることができるサイズだ。

 そもそも給油せずに発車したことが変だ。彼が銀色の円筒を(いぶか)しんでいると、


「シネ! ニホンジン!」


 軽自動車が走り去った方から片言の叫びが聞こえ、


「……えっ?」


 にわかには信じられなかった彼がつい間の抜けた声を上げる。銀色の円筒が、突如として閃光(せんこう)を放った。

 光は辺りを(とどろ)かす音を伴って爆発を起こし、その(すさ)まじい圧縮波を受けた彼が紙切れのように吹き飛ばされる。

 地面に(たた)きつけられ、うつ伏せに苦しむ彼。何が起きたのか首を向けると、


「……ううっ!」


 あまりの出来事というにも生ぬるい、一瞬で地獄と化した光景に彼がうめいた。

 ガソリンスタンドが炎上している。建物は全て瓦解し、黒の煙と燃え上がる炎が、まるで積乱雲のように渦巻いている。

 爆発音が絶え間なく響いている。――みんなは。そう彼が熱風を浴びながらも新しい家族を気に懸けるが、地面に叩きつけられた際に頭を打った所為(せい)で意識が朦朧(もうろう)とし、間もなくして気を失った。


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