ふたりは先輩♦ たじたじハート
「ごめんごめん。紬実佳ちゃんにしつこく付きまとっているように見えたからさ、ついついクロスチョップかましちゃったよ」
僕を取り押さえた女の人が、左手を縦に手刀を切ってヘラヘラと謝った。
正直かなり痛い。右手と左膝を強く打っており、左肩なんては腕を後ろに回されたおかげで動かすのも辛い。
「ごめんね鈴鬼くん。だいじょうぶ?」
「あ、うん。このくらいどうってことないよ」
彼女が女の人に代わって謝ったため、僕が問題ない振りをして強がったが、本音では泣きたいくらいに痛かった。
「んもう。〝陽〟さん、早とちりしないでください」
「ごめんね紬実佳ちゃん。あたしってそそっかしいからさ」
頬を膨らませて抗議する彼女と、この女の人は親しいのだろうか。
彼女が「ヨウさん」と呼ぶ僕に危害を加えた人だが、彼女はもちろんのこと僕よりも背が高い。栗色のちょっと癖がある長い髪をなびかせ、パッチリとした目を備える整った顔立ちは大人びている。彼女が敬語を使っていることから察するに年上なのだろう。
何よりも着ている制服だ。女の人は、隣町のお嬢様学校で知られる「白山学院」の制服を着ている。
「ところでさ、君が噂のスズキ君?」
女の人が僕に振り向き、僕の名字を訊いてきた。
何で知ってる? と戸惑ったが、つい先ほど彼女が呼んでいる。しかし、噂とはどういう意味なのだろう。
「はい、そうですが」
「ふーん、なるほどねぇ。そっかそっか、君が噂のスズキ君かぁ」
「あの、噂って」
女の人は気になる僕を無視して独り納得していた。
意地が悪いなこの人。そう思いながら僕が尋ねると、女の人がニタリと口角を上げる。
「知りたいかね少年?」
「しょ、少年? は、はい」
白い八重歯を見せて更に焦らしたため、僕が首を縦に振る。
「いやー、紬実佳ちゃんに、最近カレシができた、って聞いてね」
「ちょっ陽さん! 彼氏じゃありません、友達です友達!」
即座に彼女が僕を友達と、強く否定した。
訊かなければよかった。いや、確かに友達であって付き合ってはないけど、僕は友達以上の特別な関係と思っていた。
友達だとしても答えは迷って欲しかった。僕のハートが粉々に砕け散る。
「ねえ紬実佳ちゃん、そう否定しちゃあカレシかわいそうじゃない?」
「あっ。ち、違うの鈴鬼くん。えっと、陽さんに変な勘違いされたら困ると思って。陽さんって口から生まれた九官鳥のような人だから」
「……紬実佳ちゃん。言って良いことと悪いことがあるぞ」
彼女の言い訳もそぞろに僕が落ち込んでいると、
「陽」
ヨウという人を呼ぶ落ち着いた女性の声が聞こえた。
僕が顔を上げる。すると、綺麗な女の人がいる。長い睫毛を備えた切れ長い目に、つやのある長い黒髪、白くしっとりとした肌を持つ美人がヨウという人のそばに立っている。
並び立つと極端だ。ヨウという人が明るい人柄ならば、こちらは静かな雰囲気を漂わせている。そして現れたこの人も白山学院の制服を着ていた。
「〝美月〟おそい。どこフラフラしてたのよ?」
「なに言ってるの、普通に歩いてたわよ。あなたが一人で〝ヘンタイだー〟って言って紬実佳の元に駆け出したからでしょう」
「そうだっけ? いやー都合の悪いことはすぐ忘れちゃうんだよなぁこの頭。本日も絶好調ナリー」
「都合の良い鳥頭ね。それで陽、この子が噂のスズキ君?」
「そう。この少年が巷で噂のスズキ君」
「ふーん」
ミヅキという人が僕を見ている。気のせいだろうか、この人の視線からは冷たいものを感じる。
刺すような視線に心が締め付けられ、間もなくして視線の持ち主が口を開く。
「スズキ君」
「はい」
「紬実佳よく泣くけど、とても良い子だから、大切にしてあげてね」
「は、はい」
存外に優しい言葉をかけられて僕がほっとした。
――と思ったのが間違いだった。
「もし泣かせたら殺すから」
「美月! あんたなに言ってるの!?」
「美月さん!」
ミヅキという人が吐いた一言に全身が寒気立った。
静かな雰囲気も相俟って冗談には聞こえない。そして「殺す」と言われて平気でいられるほど僕のメンタルは丈夫に出来ていない。
しかし、吐いた本人は意に介していなかった。ミヅキという人がきょとんとした顔を浮かべている。
「えっ、わたし変なこと言った?」
「いいました、いま殺すって言いました! 鈴鬼くんを怖がらせないでください! 美月さんただでさえ怖いんですから!」
「あ、えーっとスズキ君! バカがごめん! こいつ変なヤツだから気にしないで!」
彼女がとがめ、ヨウという人がフォローを入れるのだが、僕の背筋には冷たい汗が垂れ続けていた。
「……紬実佳、言って良いことと悪いことがあるわ」
そして、僕と彼女とヨウという人が一息ついた後で、
「二人はどうしてここに?」
彼女が二人に尋ねた。
二人は白山学院の制服を着ている。隣町からわざわざ何の用だろう。
「噂のスズキ君を一目見ておきたくてねっ、美月?」
「ええ。リープゾーンに入ってしまった以上、私たちが守る機会もあるだろうから」
「今日学校が早く終わったからさ、紬実佳ちゃんに会ってから呼んでもらおうって思ってたんだけど、まさかデート中でタイミングよく会えるなんてさ、おねえさん胸がキュンキュンだよぉ」
「あなたスズキ君をヘンタイと勘違いしてたけどね」
「ってことで少年スズキ君。あたし〝乾出陽〟。こっちの怖い女は〝巽島美月〟って言うんだ。君と紬実佳ちゃんの一つ上になるからよろしく!」
「よろしくね。って誰が怖い女よ。ぶっ殺すわよ」
「あんたさ、そういう物騒なことシレッと言うから怖いのよ」
こうして、お嬢様学校に通う二人が去っていった。
今の二人は彼女に会うついでに僕を見に来たようである。二人とも美人であったため悪い気はしないが、でも、どうして?
事情が呑み込めない。とりあえず彼女に訊こう。
「えーと、すごい二人だったね?」
「ふふっ、びっくりしたでしょ?」
「殺すって言われたときは生きた心地がしなかったよ。左肩まだ痛いし。庚渡さん今の二人とどんな関係なの?」
「このまえ一緒に戦う仲間が二人いる、って言った話おぼえてる?」
「うん」
変身して悪と戦う彼女は「コスモス」と呼ばれるチームに所属しているのだが、これに所属する戦士が三人いることを彼女から聞いていた。
一人はもちろん彼女である。残る二人については聞いていなかったが、
「あの二人がその仲間なの。陽さんが〝サンシャイン〟で美月さんが〝ムーンライト〟。私あの二人と一緒に戦ってるんだ」
今の二人が、残る二人の戦士であることを彼女が紹介した。