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災い転じて福となす

作者: NICKNAME

「大丈夫ですか?」

車から降りてきた若い男性は、そう尋ねてきた。

車側は左折してきて、私の自転車の前輪が少し当たり転倒したのだ。

こけたと言っても転んだ程度。

上手に左足で支えて転ばないようにしたつもりだが、その体制からスローモーションのように転倒してしまった。

私の体重プラス自転車を支えられるほど甘くはなかった。


「大丈夫です」

私はそう言ってジャンプして見せた。


「念のため病院でも行きますか?」

そう聞いてくる男性は、20歳代だと思われるイケメンだった。

少し困ったような表情を見せた後、こう言ってきた。


「もし何かあればいけないので、念のため連絡先を交換してもらっていいですか?」

「はい、いいですよ」

とても紳士的な男性だった。

車の事はよく解からないが、外車と思われる高級車に乗っているだけの事はある。

車に疎い私でも、左ハンドルが外車である事ぐらいは知っている。

職業は何なのかなと呑気なことを考えていた。


「080-1234-5678です」

「じゃあ掛けるね」

リリリリと鳴った事を確認すると

「切るね。登録しておいてくれる?自分山本旬と申します」

「はい」

漢字は解からないのでとりあえず片仮名で登録した。

「君の名は?」

「田中唯と言います」

「漢字も教えてくれるかな?自分は、マウンテンの山にブックの本、旬の季節の旬だよ」

先に言ってくれたらいいのにと思いながらも、愛想のよい私は、ニコニコしながら名前の修正に取り掛かる。

「お米の田に上中下の中、唯は口偏に住むです」

「普通の田中に口偏の唯だね」

そう私の顔を見ながら確認し、登録していた。

「お送りしなくても大丈夫ですか?」

「そんな事してもらうと返って迷惑です」

そう言いながらも自転車どうするんだろうこの人とも思っていた。

しかし、私の顔はニコニコしていたと思う。

元々愛想のいい私だが、イケメンで爽やか、知的な雰囲気の男性と話して気分が悪いはずもない。

事故の被害者である事も忘れていたぐらいだったほどだ。

「もし何かあったら遠慮なくお電話くださいね」

そう言って、少し先にハザートを付けて駐車していた車に戻って行った。


「ただいま」

自転車をこいでいつも通り帰宅した。

そして、普段通り家族と夕食を食べお風呂に入った。

別にどこも痛くない。

そして、ベッドで寝る前の事だ。

彼の顔と言葉が蘇った。

恋心ではないが、かっこいい男性だったなと思い出したのである。


一方の旬は、この事を家族にも話した。

なぜならば大病院の長男であり、事故の加害者だからである。

しかも、車は父親の車であり、通学に利用している身分だったのだ。

食事は、父親を除く母と弟と一緒だ。

「後でお父さんには言うけど、接触事故を起こしたんだ」

「相手の方は?」

「特に怪我もなく、病院も断られた。念のため連絡先は交換したよ」

「山本病院は大病院なの。あなたはその跡取りなの。しっかりしなさいね。次起こしたら自動車通勤は禁止にします」

「解かってるよ、そんな事」

少しふてくされたような感じを見て弟が助け舟を出す。

「跡取りは大変だね、次男に生まれてよかった」

「あなたは医学部に行く必要はないけど、東大、最低でも早慶には行って頂戴よね」

「やれやれ、これだからこういう家系は疲れる」

「そうだよね」

「あなた達、何を言ってるの」

二人で顔を見合わせていると、母親はご機嫌斜めだった。

「旬、病院で嫌がらせがあった件知ってるでしょ」

「あー、知ってるよ」

「評判を落とそうとする人、お金を揺すろうとしてくる人等いるのよ。そういう可能性もあるから、謝罪品を持って対応しなさい。私からお父さんには言っておきます」

「探偵雇って相手を尾行して身元確かめるんだろ」

「そういう所だけすぐ解かるんだから」

「この家で育てば、嫌でも解かるよ」

「ご馳走様」


旬は、自室に戻りベットから天井を見ていた。

めんどくさい家だなあ。

そう思っていたのだ。

どうせ母親の事だから父親に確認した後、連絡して謝罪品でも渡す日時を教えろと言ってくるとこの時点で解かっていたのだ。


翌日、そんな事も知らない一般サラリーマン家庭の唯は、クラスメイトに言いふらしていた。

A「おはよー」

B「元気だね」

唯「昨日自動車事故を起こしたんだ。若い男性だった」

A「それでそれで」

唯「連絡先を交換して終わり。何かあれば連絡してきてくださいって」

B「普通だね」

C「怪我はなかったの」

唯「全然」

C「馬鹿だなあ。痛いですって言って、病院行ってお金をもらうのよ」

唯「そんな事したくないよ。調べたらBMWっていう外車に乗ってた」

A「金持ちそう」


何の展開もないのでこの程度の話題にしか当然ならなかった。

一方の旬は、大学でこの事を誰にも話さなかった。


三日後、父親から直々に旬に指令が下る。

朝食中の事だった。

同じテーブルに家族一同が揃うのは朝食であれど珍しい。

旬は普段通りクロワッサンを食べていると、横側から父親が話し掛けた。

「事故を起こした相手の方に電話して謝罪のお見舞い品を届けるんだ」

「あの件ね。で日時が決まったらお母さんに知らせればいいの?」

「ああ、そうだ」

「向こうが断ってきたらどうするの?」

「そうだな、食事だけでも誘うんだ」

「接触して相手の住んでいる家を把握すれば、それでいいって事でしょ」

「嫌がらせの後、恐喝してきた事件や悪評を同業が撒こうとした疑いのある事件等、過去にあったんだ」

「つまり仕組まれた事故かどうか念のため確認するって事だよね」

その会話を聞いていた弟が溜まらず口を挟む。

「考え過ぎだと思うけどね。けど、念には念をという言葉もあるぐらいだし、父さんの言う事に従っておくべきだな」

「お前に言われなくてもそうするよ。自動車通学禁止にされると1時間以上掛かるからな」

旬は、前に座っている弟を見ず如何にも予想していたというような顔をしていた。

それを見ていた弟は、早くこの家から出ていきたいと強く思うのだった。


旬はグレープフルーツジュースを飲みながら、何時電話するべきかを頭の中で考えていた。

電話にするべきかSMSにするべきか?

めんどくさくないからラインのIDでも聞いておけばよかったと後悔するのだった。


「ご馳走様」


そう言ってリビングから足早に自室に戻る際中、やっぱり夕方が無難だよなと計画を練った。

朝だと授業があるため、返信は昼休みか遅ければ帰宅後になる。

それもそれでなんかムズムズする感じだから嫌だなと思ったのだ。

電話よりSMSにしよう。

部屋の時計を見ると7時45分だった。

今日は、一限から授業だからゆっくりしている間はない。

髪のセットを確認し、カバンに教科書を詰めて階段を下りる。

リビングに聞こえるように「行ってきます」と1階の廊下を歩き玄関へ向かう。

スニーカーに足を突っ込み、トントンつま先を叩き靴ベラいらずで準備完了。

玄関の扉を開けて車庫へ足早に向かう。

玄関での見送りは、トイプードルのトイだけだ。

いつも通り頭を撫でで家を出るのが日課である。

エンジンを掛け車庫から出て大学へ向かう際中、普段よりハイテンポの音楽をチョイスした。

少しだけ憂鬱というかめんどくさい夏休みの読書感想文が残った小学生のような気分だった。


大学での授業は、当然いつも通りであり、休憩時間や昼休みの学食で友人と過ごす時間も普段と相違ない。

一限が始まると父親の指令をすっかり忘れていたのだが、五限が終わり友人達と別れて駐車場へ徒歩で向かう最中にまた少しどんよりとした気分に襲われた。

正直な話、病院へ行ってくれて保険会社の担当に丸投げだったら、こんな事しなくていいのにと思ったほどだ。

駐車場に着き、普段通り帰宅する。

事故を起こした交差点を通る際、唯の顔や言動を思い出した。

向こうだってめんどくさい奴だなと思うだろうな。

そう思うと、少し顔がにやけてしまう旬だった。

車庫に車を入れて玄関の扉を開けると、トイが尻尾を振ってお迎えしてくれた。

うちの家族皆に愛嬌よく振る舞うトイは、我が家の人気者だが父親はあまり興味がないようだ。

父親は、シェパードとか柴犬のような忠実な番犬が好きであり、コンパニオンドッグは嫌いらしい。

彼に言わせれば、猫みたいな犬だそうだ。

母親も買い物に出かけて弟もまだ帰宅していないため、独りぼっちで留守番していたようだ。

階段を登ると、少し頑張って付いてくるトイだった。

普段より戸を長く開けてトイが部屋に入ったのを確認した後、戸を閉める。

カバンを机の上に置き、ベッドに腰かけ尻尾をマックスで振るトイの相手をする。

五分ぐらいトイの相手をしていただろうか。

トイも少し落ち着き、ベッドの上でおふせのような態勢になった。

そうだ、SMSで連絡でもするか。

「体調お変わりないですか?何かお見舞いの品でも届けたいのですが、何時が都合いいですか?」

旬は、無難な文章を選びSMSを送った。

ぽぽぽぽーん。

3分後位だっただろうか。

メッセージを確認すると以下の文面だった。

「問題ありません。お見舞いの品なんて結構です」

考えられる返事ではあった。

家族の方にも事故の件、言ってないのかもしれない。

「迷惑をお掛けしたのでお構いなければ何らかの事をさせて頂きたいです」

相手もこちらの都合で困るだろうなとは思いつつも、自分も困るのでそうSMSを送る旬だった。

今度は1分位で返信が来た。

「アトラクションでも行きたいです。それかファーストフードで食事でも十分です」

意外な展開になった。

美味しいものを食べたいという展開は予想していたが、アトラクションは想定外だった。

この文面から見るに、第一希望はアトラクションだろう。

妹みたいな女子高生にそう言われたら、連れて行かないと男が廃る。

「勿論いいですよ。アトラクションはディズニーですか?」

お台場の可能性もあるが、お台場の方が年齢層が上がるためディズニーで返信した。

「ディズニーランドは先日友達と行ったので、お台場に行きたいです」

お台場ってアトラクション施設だっけ?と思いながらも、まあいいかと思った。

よくよく考えてみると、ジョイポリス、チームラボ、メガポリス、確かにアトラクションだなと思う旬だった。

「事故を起こした車で一緒に行きますか?」

自虐的に書いてみた旬だった。

すると顔文字と最後に草の一文字で返信がすぐに返ってきた。

やれやれ、旬の中で一仕事を終えた感があった。

「今電話してもいいですか?」

文字を打つのも面倒である。

「はい」

それを見るや否や唯に電話を架ける旬だった。


「はい、田中唯です」

「先日ご迷惑をお掛けした山本旬です。お体に異変がなく安心しました。また、お詫びの品というかお詫びの接待を受けてくれてありがとね」

「びっくりしました。そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ」

「それではこちら側の気が済みませんので」

「はい」

「急で申し訳ないのですが、何時がご都合いいですか?」

「私部活してないので、今週は友達とも約束ないので最短だと週末の土曜日空いてますけど」

「では、その日でいいですか?」

「はい」

「どこに迎えに行けばいいですか?」

「そうですね、自宅前だと迷われる可能性もあるので通学に使っている駅前でいいですか?」

「どこの駅?」

「京成の幕張前です」

「了解。そこに10時待ち合わせでいいかな?」

「はい」

「何かあったら電話でもSMSでもいいので連絡頂戴ね」

「はい。楽しみにしてます」

「じゃあ当日ね」


こうして無事アポイントを入れる事に成功した旬だつた。

唯は、ひょっとして自分に気があるのかなと勘違いしていた。

勘違いするのも無理はない。

唯は、今週の土曜日を心待ちにしていた。

勿論、家族に言うつもりはない。

迷ったらと言っているが、本当は家族に知られるのが嫌だったからである。


旬は、夕飯時に母親に報告した。

すると、母親にまさか気があるんじゃないでしょうねと疑われた。

そもそも父親が雇う探偵が駅で唯の帰りをずっと待っているとは思えず、お台場でも素行調査を続けるはずだ。

それを知っていてわざわざお見舞い品を選ばないほど野暮な息子ではないと言いたかったが、ややこしくなるので止めておいた。

弟はニコニコしながら自分を見ていた。

あいつもあいつで俺に下心があると思っているようで旬は腹が立っていた。

こういう時の慰めは、トイだけの旬だった。


翌日以降の旬は、日常生活に戻れた感じがした。

一方の唯は、翌朝友達に言いふらした。


C「唯、大丈夫なの?」

B「そうそうホテルとか連れ込まれるかもよ」

「大丈夫よ。それはそれで波乱の展開でいいかも」

C「何を言ってんだか、大人ぶって。相手がホストとか詐欺師の可能性もあるんだからね」

「そんな人には見えないけどなあ」

A「騙されやすそうな唯が、まんまと騙されました」

そう言って唯を笑う友達達。

むっとした唯は、反撃に出る。

「悔しかったらイケメンと君らもデートしたら」

A「たまたま事故で知り合って、謝罪のデートのくせに」

B「そうそう、青少年条例違反で逮捕されるイケメン君なんてならないようにね」

大きなブーメランを唯の友達達は返す。

更に追い打ちを掛ける友達達は耳打ちした後、こう大声で言った。

「恋しちゃったんだ。たぶん♪」

クラス中が唯の方を見て、恥ずかしい思いをした唯だった。


友達達も唯がイケメンと言うから一目見てみたかった。

そのため土曜日10時前に駅に集合し、旬の顔を拝むことになった。

いわゆる探偵ごっこである。

勿論、山本家は本物の探偵を雇って尾行するが、当然その事を知るはずもない。


当日の朝を迎えた。

旬は任務遂行をする兵士のような気持ちだったが、唯はデート気分満々だった。

旬が約束の場所のロータリーに5分前に到着したら、唯も丁度駐輪場に自転車を置き歩いて向かう途中だった。

そのロータリー付近を3人組の若い女性達が、如何にも誰かを待っているかのように話しながら、停車したBMWの方をチラチラ見ていた。

旬はそんな事も知らずに車から降りて反対側に歩き、唯が近づく前にドアを開けてこう言った。

「さあ、乗って」

「はい」

唯は、内心ドキドキしながらも平常心を装いシートに座る。

それを見届けドアを閉め、運転席側に回り乗り込んだ。

そして、そのままお台場方面へ車を走らせた。

1分もない出来事だった。

興味本位で集まった友達達は、あまりにもかっこいい旬に驚いていた。

A「あこまでかっこいいとはね」

B「唯、骨抜きにされちゃうかもね」

C「遊ばれそう」

本人がいないから言いたい放題である。

C「何の仕事してるんだろうね?」

B「ホストっぽいよね」

A「それか若くして社長とか」

この答えを知るには、明後日の月曜まで待たなければならない。


一方の車内は、終始和やかなムードだった。

「押し付けがましくてごめんね」

「いえいえこちらこそ、お台場に招待してもらって」

「なんかデートみたいな感じだね」

この言葉に少し引っ掛かる唯だった。

これがデートではなく、他になんと言うのだろうと思ったのだ。

「そうですよね」

にこりと笑い合わせる唯。

悪くないなと思う旬

「いい車乗ってますよね?」

当たり障りない会話で褒める唯。

爽やかな笑顔からこう答える旬だった。

「父親の車なんだよ」

「そうなんですか。お仕事は何をされてるんですか?」

まるでお見合いの質問攻めのような唯だった。

「学生なんだよ。事故を起こした際は、大学からの帰りだったんだよ」

「そうなんですか」

友達達に言われた事が頭の片隅に残っていた唯は、少し安心したのだった。

「私は女子高で男性との出会いがないので、こういう機会があって嬉しいです」

この素直さに旬も安心したのか自分の事も話す。

「自分は医学生で遊ぶ間もなく勉強中心の学生生活だから、君とこうやって遊びに行けるの嬉しいよ」

旬もまんざらでもない感じに変化していた。

唯の素直さに心を動かされたのだった。

「お医者さんってみんないい車乗ってるんですよね?」

「みんながみんなそうではないと思うけどね。どうしてそう思うの?」

「お父さんが言っていたんです。フェラーリとかベンツやBMWにみんな乗っていると」

「フェラーリ知ってるんだ?」

「はい。あんなに狭い車のどこがいいか全然解かりませんけど。うちの軽自動車の方が断然いいです」

「軽自動車は何?」

「NBOX」

「この車より室内空間広いかもね」

そう言って笑う旬は、凄く新鮮さを感じていた。

NBOX>FERRARI

NSXが売れないはずだと思う旬だった。


お台場についてからも楽しい時間を共に過ごせた。

旬は、尾行されている事を忘れるぐらい心から楽しめた。

女子高生だし、夕飯前には帰宅してもらう事を決めていた旬は、少し早めにお台場を後にする事を告げ唯も従った。

朝出迎えたロータリーで唯を見送った後、尾行の事を思い出したぐらいだった。

家に向かう途中、唯が普通の家庭の子供でたまたま事故を起こした相手でありますようにと願っていた。

単純に人間不信に陥りたくないという理由からだった。

また次という考えは、更々なかった。


一方の唯は、ルンルン気分で自転車をこいで家に着く。

そして、今日という日は彼女にとって特別な日だった。

自分を可愛らしく見せようと、SMSで「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

すると旬から「自分も楽しかったよ」と返信が来た。

しかし、旬からの連絡は、今後一向に来ることはないと予想だにしていなかった。


二日後の学校では、この話題で持ちきりとなった。

A「悔しいけど認める、かっこよすぎ」

「でしょ」

得意げな顔をする唯。

B「でも、ホストかもしれないし大丈夫なの?」

「残念でした、医学生です」

C「あのルックスで医学生。唯結婚目指して頑張りなよ」

B「さっさとホテル連れ込まれて孕むの有かも」

「そのような事実は一切ございません」

A「イケメン君の友達紹介してよ」

「山本旬と言います。名前で言ってください」


完全に立場が逆になった唯だった。


旬は、父親から特に唯の事を聞かれる事もなく忘れていた。

一ヶ月半後、唯から急に連絡が来て驚いたぐらいだった。

「クリスマスにお返しがしたいのですが、会ってもらえませんか?」

「いいよ」

そう軽い感じで返事した。

何かクリスマスプレゼントでもくれるのだろう。

クッキー、マフラー、手袋のどれかかなと経験上想像をめぐらす。

「どこに何時行けばいい?」

事故の関係から普通のフレンドになっているため、フランクな会話が出来る。

「前回と同じ場所に夕方6時でいいですか?」

「いいよ」

お互い学校帰りに会う事になった。

唯は、プレゼントを渡すつもりだった。


それから10日後、唯に電話が入る。

画面を見ると、山本旬の名前があった。

なんだろう?そう思いながら電話に出る。

「もしもし、ごめん、盲腸で入院してるから行けなくなった」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。手術は終えた。けど退屈」

「お見舞いに行っていいですか?」

「あー、いいよ」

「クリスマスの日にプレゼント持ってお見舞いに行きます」

「楽しみにしてるよ」

「病院はどこですか?」

「山本病院。知ってるかな?」

「はい」

「外科の402号室。表札に山本旬って書いてあるよ」

「18時前後に行けると思います」

「悪いね」

「全然大丈夫です。お体大事にしてください」


こうして病院でクリスマスに再会することになった二人であった。

再会当日、唯は学校に手作りクッキーを持参し、今日は用事があるからと放課後すぐに友達達と別行動を選んだ。

学校から5キロほどあるから15分以上掛かる。

会いたい、唯は、久々に会えると胸の鼓動が高鳴るのを感じた。

山本病院は凄く大きな総合病院であり、祖母が入院していたこともあり知っていた。

訪れるのは、勿論それ以来だ。

敷地に到着し駐輪場に自転車を止めて中に入る。

総合窓口案内で外科へのアクセスを確認し外科へ向かう。

402号室の前に着くと表札を確認した。

確かに山本旬の名前が書かれてある。

山本、山本病院、山本という性は日本に多いから偶然だろうと思った唯だった。

ノックすると、「どうぞ」と旬の声。

入ると、母親らしき人が傍にいて軽く会釈をする。

「私帰るわね」

母親もこの子が事故を起こした相手だとは気付いていなかった。

「ありがと」

旬はそう言って母親が退室するのを見届けた。

今度は唯の方を見て少し笑う。

「寒くなかった?」

顔を少し赤らめている唯に気遣ったのだ。

「自転車で来たのでそうでもなかったです」

「ならよかった」

二人は久々に再会し、たわいもない会話を繰り広げる。

唯は、久々に会えてとても嬉しかった。

旬も居心地のよさを感じていた。

唯は、本題に入ろうとしていた。

見舞いも目的の一つだが、クリスマスプレゼントを渡しに来たのだ。

「クッキーを焼いてきました。食べてもらえますか?」

そう言ってラッピングしたクリスマスプレゼントを渡す。

「ありがとう」

渡されたラッピングされた袋を丁寧に開封する。

すると、更に小分けして包装されたクッキーが出てきた。

「もらうね」

そう言って一つのクッキーをかじる旬だった。

「美味しいよ」

自然と笑顔になる旬だった。

それを聞いてほっとしたような表情を浮かべる唯。

「色々試行錯誤してそれなりに美味しいクッキーを焼けるようになりました」

「そうなんだね」

旬は、当たり障りのない返答をする。

「お父さんもお母さんも弟も最近はクッキーだらけで文句言うほどです」

旬は、笑うしかなかった。

少し盲腸の縫合部分が痛むような感じがした。

「自分もさあ、プレゼント渡すつもりだったんだけど、盲腸になって申し訳ない」

「そんなぁ~気にしないでください」

「どっしようかなあ」

独り言のように呟く旬。

旬は、何かを迷っている感じだった。

「じゃあ、僕からもプレゼント渡すね。眼を閉じて両手を差し出して」

「これでいいですか?」

言われた通りにして唯は、そう聞き返す。

旬は、ベッドから完全に体を起こし、唯の頬に横から軽くキスをした。

「君の心を奪えたかな」

映画でも歯の浮くようなセリフを言う旬。

唯は、顔を赤らめて旬を見るのが精一杯だった。

「君の無邪気さというか押しの強さというか。なんか居て当然の存在に思えてきたよ」

「嬉しいです」

「自分さ、こういう大病院の息子だから、常に警戒しているというか予防線張ってきたんだよね。だから、君みたいな子だと安心できるというか普通になれるというか」

「私も自分にない大人っぽさとかさりげない気配りとか素適だなと思ってました」

「これからもよろしくね」

「はい」


瞬は、尾行調査の事を唯に話すつもりはない。

また、結婚とか家とかの事も考えたくはなかった。

ただ、一緒に入れる時間が楽しければそれでいいと思っていた。

出会いのない唯と警戒心の強い瞬のラブストーリーの始まりである。

以前アルファポリスで投稿していた作品です。公開(登録)を止めたのですが、テキスト保存してあるかと思ったらテキスト保存してなくて、復元ソフトを利用しても復元できず、記憶を元にだいたい同じ作品に仕上げました。続編は、タイトル「上書き保存」になります。読み返してみると、完結ではなくスタートなんですよね(笑)続編は、データ保存したままであり、原作のままですので書き直していません。登場するA,B,Cは、続編では主人公のフレンドとして名前で再登場します。

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