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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

中辛

 改札を通ると、駅舎の中に人だかりができていた。通勤ラッシュ時にはこれぐらいの混雑はふつうだし、電車が来れば少しは人も動くだろうと思っていたのだが、待てども待てども一向に人だかりは動かない。そればかりか、前の人はその前の人に、前の前の人は前の前の前の人に遮られて、誰も前へ進めない様子なのだった。あとから改札を通ってきた人達が少しでも先へ進もうとして人と人の隙間に割って入り、あるところでそれ以上進めなくなって立ち止まり、人の密度がどんどん高まって、気がつくと、引き返そうにも引き返せないぐらい群衆の中でぎゅうぎゅう詰めにされてしまった。


 どこへも動けないとなると、人々はカバンやポケットから色とりどりの携帯型端末を取り出す。左隣で、ねずみ色のスーツの男が端末に向かって首から上の動きだけでペコペコ謝っている。電話を切ったタイミングを見計らって声をかけてみたが、ただいま大変混雑しておりまーす、安全のため駅員の指示に従ってお進み下さーい、という放送がうるさすぎて、声を張り上げるはめになった。

「あの、あのー!すいません!!これってなんで混んでるんですかね!!」

「ンだよ知らねーようっせーな!!」

 話しかける相手を間違ったと思った。右隣を見て、「ヤバーイ!」「マジヤッバーイ!」しか言わない女子高生に声をかけたものかためらっていると、さっきの男が肩を指で突っついてきて、端末の画面を見せてくれた。男がカメラを使ったので、その周りでも人々の頭上に生えた腕の先からフラッシュが次々に瞬いた。

 動画によると、人だかりは駅舎を奥まで埋め尽くし、プラットホームに降りるエスカレータへ続いていた。誰かが非常時用ボタンを押してしまったのか、エスカレータは動いておらず、よく見ると乗り口付近の人の肩に駅員の制帽が引っかかっている。人混みを掻き分けてエスカレータの近くまでたどりつくかどうかというところでお客の脚につまずき、本体は今ごろ群衆の下敷きというわけだ。エスカレータは止まっても普通の階段になるだけだから、エスカレータが止まったこと自体が騒ぎの原因とは考えられない。ホームで何かあったのだろうか?人身事故で電車が駅に入れないとか?大物芸能人がいるとか?画面をフリックして路線情報に切り替えても事故や不通は特になく、これ以上は何も知りようがないので男に礼を言うと、男は端末を引っ込めた。そのとき右隣からイヤな臭いがして、顔じゅう真っ青になった女子高生が口から吐瀉物を噴きこぼしながら前の男のリュックサックに突っ伏した。女子高生の後ろの女が悲鳴を上げた。


 昏倒した女子高生に押されたリュックの男が悲鳴を聞いて振り返った拍子に、その前の黒いスーツの男の背中を押し、黒スーツがバランスを崩しておばさんにもたれかかると、おばさんは激しい口調で黒スーツに喰ってかかり、黒スーツのほうもイライラしていておばさんの言い方が癪に障ったのか、「押すんじゃないよ!」「押されたんだよ!」と、たちまち罵り合いを始めた。ただいま大変混雑しておりまーす、安全のため駅員の指示に従ってお進み下さーい、という放送は何のヒントにもアドバイスにもならず、あちこちから「それしか言うことねーのか!!」「どうなってんだ!!」「ちゃんと説明しろ!!」と怒鳴る声が上がった。

 野次馬に群がる野次馬のせいで押し合う人々の密度はさらに増し、人が増えるにつれざわめきもいっそう騒がしく殺気立ち、どこからか赤ん坊の耳障りな泣き声が聞こえ、むせかえる熱気の中で押し潰されそうになりつつどうにか首だけ振り向くと、駅舎という空間には詰め込もうと思えばこんなにも大勢詰め込めるのか、と驚くほどの顔、顔、顔また顔が隙間無く並んでいた。帽子を被った顔、ヒゲを生やした顔、メガネや化粧や整髪料やアクセサリーで、せいぜい目鼻の付いたじゃがいものくせに個性的であろうと頑張っている有象無象の顔は、改札があるはずの場所から駅の外のロータリーのさらに向こうのテナントビルの間の路地まで続き、かなり遠くで、集まらないで下さーい、集まらないでー、と警察がメガホンを使っている。ところが事態を収めにかかる駅員の姿も警官の姿も見当たらず、人々は誰ひとり放送やメガホンに従う様子がなかった。

 お腹と背中を前後から押されっぱなしで、吐瀉物の臭いを嗅がされ続けるうちに気分が悪くなってきた。気絶するかもしれないが、気絶すればエスカレータの駅員や隣の女子高生と同じように無数の靴で踏みしだかれる末路が待っている。騒ぎの原因なんてもうどうでもいい。周りのみんなもどうでもいいと思ってるんじゃないのか。電車に乗れないなら帰りたい。しかし一歩も動けない。

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