第六話 人嫌いなんて嘘だろ
誰かが歌っている。優しい声。
落ち着く声。
……でも、なんでだろう。物足りないような。
自分が知っているのはもっと、荒くて、激しくて、強い声だったような。
「……ん……?」
「あら、起きてしまった。ふふふもうちょっと寝ていてもよかったのに」
「ゆっ、夕子さん!?」
俺はなんで夕子さんに膝枕されてるんですかね!?まって、これ俺頼丸さんに殺されるんじゃ……!?
飛び上がって、辺りを見回すと……いた。いたけれども。
「愛い……。」
なんかこっち拝んでる……。えー……。
「ふふふ。そろそろ夕餉の時間なの。本当は私が作りたいのだけれど」
「夕子にそのようなことはさせないさ。では俺は支度に戻るとしよう」
「いってらっしゃい貴方。幸さんと待っているわ」
「最高だな」
またこっちを一拝みしてからどっかいった……。あっちが台所なのかな。何が最高なんだ。大丈夫か。
「幸さん。何かお話いたしましょう」
「お話ですか……?」
「えぇ。例えば……そうだ。晴明様のことはどうかしら。いきなり夫になれといわれて驚いたんじゃないかしら」
「めっっちゃ驚きましたね」
むしろ、驚かない方が無理だよ!?
そもそも現代でも驚きじゃない?交際時間ゼロ秒、お見合いですらないというこのスピーディ感。ワイルドすぎる。
「私も驚いたわぁ~だって、晴明様人嫌いなんですもの。」
「えっ…………?まじで……?」
出会ってすぐに誠に不本意ながら抱き上げられるわ、世話される話だった覚えしかないんですけど??頼丸さんとコンビ組めるレベルで会話のラリーしてたけれどもあれはなんだ?もしやネタか??
「私は特に言われたことがないのだけれど……えーと確か、一番嫌いなのがじろじろ見られることっていっていたかしら。綺麗な真っ赤なお花ですもの。見惚れてしまう気持ちはわかるわぁ」
「あれ、でも夕子さんは目が見えないんじゃ……あっ、すみません!」
「ふふふ。どうか謝らないで。貴方は悪くないのだから。私の目が見えないことはそうなのだもの。あぁ、そうね。でも……晴明様曰く、『貴方の目は見えるはずのないものが代わりに映る稀有なもの。この晴明でも見えぬものが貴方の目には見えている』だとか。だから、見えていない訳でもないのかもしれないわ」
「……すい、いや違う。えっと、さっぱりわかんないんですけど」
「私もよくわからないの。これ、秘密よ」
わからないんかい!!!!よくわからないものを秘密にしないで!?!?脳内のどこファイルにつっこんどけばいいの!?!?とりあえずいれとけ適なクリアファイルはもうここに来てから詰め込みすぎて壊れそうなのに!!
「きっとね。見えるのものが違うだけなのよ。皆、きっとそう。私はその中でも、とびっきり違ったというだけなの。それって……素敵だと思わない?」
「素敵……なのかなぁ……。」
「そうよ。それに、丸殿がいつだって手を引いてくれるんだもの。とっても素敵よ」
「ははは……本当に、ラブラブでいらっしゃる……。」
俺はなぜ、異世界に召喚された上でバカップルの惚気をきかされなくちゃいけないんだろうか……。神様、白蛇遣わすくらいならこの俺の状況どうにかなんねぇんですかね……。
「晴明様は、とっても優しい方よ。だから、どうか怖がらないであげて」
「怖がる?思考のぶっとび具合をですか?」
「ふふふっ。違うわ。でも、今はそれでいいんじゃないかしら」
「なんで??」
「夫婦なんてそんなものよ、ねぇ貴方」
「ん?まぁ、晴明の思考がぶっとんでることは否定せんし、あいつは俺も怖いので否定しない。とっても怖い。我が幼馴染ながらすごい怖い。」
いつの間にログインしてたんですか頼丸さん。飯だぞってウインクしなくていいんですよ、それは奥さんにしてください。そしてどんだけ晴明、頼丸さん脅してんの!?
「やっぱり今度晴明あったら一発しばくわ……。」
「武運を祈る」
「そんなに!?!?」
武人骨格の人に祈られるレベルなんですか!?!?確かに背高いけど細身だし女なんですよね!?!?噂の鍛えてるからなんですか!?
「おぉ、晴明殿は急用が入ったそうでの。夜にくるそうじゃよ」
「なら餅の支度をしておくか……、夕子少し手伝ってくれるか?」
「まぁ、ふふふ。喜んで」
「待って、晴明こっちに来る予定だったの!?!?え、待ってるっていわれたんですけど!?」
晴明、お前の家はどっちだよ!?!?あっちだろ!?!?
「うん?いや、そういうものだからなぁ」
「けれど、晴明様どうされたのかしら。先に予定があったら、大方の予定なんてお投げ捨てになるのに」
「ふむ……師匠ですら後回しにするような奴だからなぁ……。余程に何かあったか」
「えっ、それ晴明さん大丈夫なの……?」
聞き捨てならないほどに、付き合い最悪なのはこの際横に置いておくとして。
「大丈夫だと思いますよ。晴明様ですもの。」
「それに連絡をよこしてきたんだ。父上、その時の文は」
「文ではなくてのぅ、式であったぞ」
「よっす、おいらだぜ!!!」
黒い塊が手をあげてる。いや、手っていうか……翼?いやあの……現実をとても認めたくないんですけど。
「でけぇコウモリ!?!?!?」
「小さい方なんだが!?!?」
「えっ……え」
小学6年生くらいのでかさはある、コウモリが小さい方なの?何?この異世界の平安時代の中のコウモリ界隈では常識だったりするの?
嫌だが!?!?
「いやぁ、まず喋る時点にひっかからんところが晴明の夫にふさわしいと俺は思うぞ幸殿」
「あっ!?!?」
出会い頭に狼やら、人狼やらポコポコでてきたから忘れてた!!っていうかデフォルトなのかと思い始めてたよね!?!?やっぱ普通喋らないんですね!?
「とりまおいらにも名前あるから呼んでくれない?コロンっていうんだ」
「こ、コロン……えっと……コウモリでいらっしゃる……?」
「敬語はいいぜ~。そうコウモリ!でも魔コウモリだ。羽怪我した時に晴明に助けてもらってさぁ~。ついでに頭も怪我して帰り道忘れたから式にしてもらった」
「ソッカー、ヨカッタネー」
何。安倍屋敷にけが人入り込むと帰り道わかんなくなるものなの?神隠し?あそこ異世界の中の異世界だったりするの??
「ころんが来るとは珍しいな。もしや白蓮になにかあったのか?」
「いやぁ?なんか、貴船いくって」
「あぁ……なるほどな。そうか。ま、確かに夜には戻ってこれるであろう。」
「きふね……?船ですか……?」
木造の船……?木船で、きふね。かな。いや、普通にこの時代の船って木なんじゃ。
「貴船神社に参られているのかと。御祭神は龍神様ですから幸殿のことで調べにいかれているのかもしれませんね」
「えっ、何それなんかかっこいい龍神かっこいい」
「晴明にねだるとよい。連れて行ってくれると思うぞ」
「ほんとー!?楽しみだな」
「まぁ、龍神は女神なのでくれぐれも失礼のないようにな」
「えっ、まって神様に直接ご紹介なんですか!?!?俺てっきりこう、かっこいい社に竜の像とかあるのかと」
「でかい石はあるがなぁ……」
こういう感じの……とジェスチャーで示された形は、うんでけぇ石。え~なんか稲荷のとこにいる狐みたいに、めっちゃかっこいい竜の石像とかあるのかも!って期待したんだけど。
「あぁ、もし晴明様が浮気されたりとか、晴明様呪いたいってなったときは貴船にいかれるのも手かもしれませんよ?」
「まだ俺は晴明さんの旦那ではないし、呪いたいってなに!?そんなみんなカジュアルに呪うの!?」
「用意するのは釘と藁人形~。藁人形に、えいっえいっと釘を打ち込むんですよ」
「まぁ、したところで呪い返されてお前が苦しむのでやめておけ」
「しませんからね!?!?」
怖いよ。物騒だよ~……。平安物騒すぎるよ……まったく名が体を表してない……。
「あ、そういえば貴方夕餉が冷えてしまいませんか?」
「そうであった!さ、夕子こちらへ。幸殿もついてきてくれ」
「はーい……。」
夕餉を食べ終えても、日が暮れても本当に晴明は来なかった。
空に浮かぶ月が、ゆっくりと動いていって。それでも来なかった。
待っていたっていうより、平安時代の空すごい綺麗で昔習った星座をなんとなく探し続けていた。大さじみたいな星座とか、Wみたいな星座とか、なんか☆三つとかそれっぽいの探して、いやでもなんか記憶と違うんだよなって首をかしげたりしていた。
「……はぁ、流石にでもねみぃな……」
布団がもう部屋には用意されてるから、いつでも寝れるし。戻るか。
そう思って、縁側から立ち上がった時だった。
「幸、こんな時間まで何をしていたのですか」
「えっ……晴明?って、お前どうしたんだほっぺた怪我してるじゃないか」
「ただのかすり傷ですよ」
表情が抜け落ちたまま、晴明は無造作に頬についている血を拭う。
「かすり傷だろうがなんだろうが、ちゃんと綺麗にしないと駄目だ!水とかここどこにあるんだっけ……えっと。あ、他に怪我してたりするか!?ちょっと飛んでみろ」
「……ふふっ」
「笑うことか!?」
「怪我はとくにはありませんよ。……それより、幸。一つ、我儘を聞いてくれますか?」
「聞いてから検討する」
「疲れました」
力なく、心が零れるようにして小さく晴明はそうつぶやいた。長い黒髪は無造作に顔にかかり、あれほど爛々としていた目にも光が足りない。
「見たらわかるわ……。それで?」
「お腹がすきました」
「……もしかして」
「食べていいですか?」
ふらりと倒れ込むようにしてかかってきた晴明の体重は、見た目よりずいぶんと軽い。思わず抱き留めると、晴明の顔が俺の首と肩の間にすり寄ってくる。
「食べないで欲しいかな……食用じゃないんで……。えっ、吸血鬼って人間食べるの」
「じゃあ、吸うだけならいいですか……?」
ち、と熱い牙が首元に乗っている。
「……ん~……吸うか……ちょっと、なら……?」
「大好きですよ、幸」
「えっ?」
耳から脳にまたシロップが流し込まされたように、視界がゆがむ。でも今度違うのは首に突き立てられた牙が、皮膚を破いたことだ。
「いっ……」
痛い。普通に痛い。そして熱い。離そうと晴明の体を押すがびくともしない。勢いよく熱いものが首から持っていかれる。
「せい……めっ……もう」
ふらっと、体が揺れる。あぁ、これ貧血だわ。え、吸いすぎじゃない?俺このままだとミイラじゃない??
「こらっ……せい、め……?」
「んっ……はぁ……はぁ……なんですか、幸」
銀の髪が揺れている。銀の髪に、深紅の瞳。赤い舌が、口元から零れた俺の血を逃さないようになめとっていった。
「イメチェン……?」
「いめ……なんと……?」
「いや……めっちゃ綺麗だなって……?」
俺は今何を言ってる???なんかこっぱずかしいこといってないか?眠気と血を抜かれただるさとで血走ってるよな???
「……私の夫はずるい人だ」
「まだ夫じゃなっ……わっ!?まて、まてまてまて!?」
勢いよく抱き上げられ、そのまま布団へと降ろされる。
「待て!晴明こういうのにはじゅ、順序ってものが!!」
「はい……?」
晴明は問答無用で来ていた着物を脱ぎ捨てて、なんか下着っぽいラスト着物だけになる。そして……俺を抱きしめた。
「疲れました」
「うん、さっきも聞いたな?」
「おやすみなさい……。」
「えっ!?!?」
すぅ……と一呼吸だけして、晴明が呼吸をやめた。一気に体温も落ちていく。
「晴明、晴明。おい、大丈夫か、晴明!?」
反応はない。
いや待ってくれよいきなり、死なないで!?ちょっ腕重いな!?!?
『奥よ』
「えっ!?何、誰か近くにいるのか!?」
『我だ』
「あっ、もふもふ!」
安倍邸でであった狼がいつの間にか目の前に現れていた。
『そういう名ではない。白蓮だ』
「白蓮、そうだったそうだった。いや、晴明が息してないんだよ!!ど、どうしよう!?どうしたらいい!?抜け出せないし、心臓マッサージとか教科書でしか知らないし、どうしよう!?」
あ、いや、保険の授業で人形相手にやった気がする!?なんだっけ、どんぶらこっこだっけどんぐりころりんに合わせてだっけ!?
『落ち着け。眠っただけだ。吸血鬼は眠るとき息もせず脈も止まる』
「じゃあ、これデフォでいらっしゃる……?」
『今日は流石の我が主も疲れたのだ。どうかそのままにしておいてやってくれ』
「……そっか……。よくわかんないけど、よくわかんないこと多すぎてもういいか。ねぇ、白蓮」
『なんだ』
「ちょいかけるのとって、風邪ひいたら困るじゃん。あ、白蓮も一緒に寝る?」
そのもふもふあったかそうだし。とは言わないでおく。
『俺は不寝番をしておく。お前も疲れただろうよく休むといい。ではな』
晴明が脱ぎ散らかした着物をふぁさっとかけてから、白蓮はてってってと歩いてどこかへ消えていった。
「……そっか、半分吸血鬼なんだもんなお前」
文字通り、死んだように眠っている晴明の顔をつんつんするが当然反応はない。頬にできていた傷はいつの間にか消え去っていた。
「起きたら一発殴るから覚悟してろよ……。人騒がせな奴め」
鼻をえいっとつまんでやると、整った顔が多少は崩れる。高いな鼻。まぁ、これ以上クソ整った顔で遊んでも哀しみを覚えるだけなので、寝るとしよう。
「おやすみ、晴明」
そういえばおやすみって誰かに言われたの、久しぶりだったな。