たぶらかされたいのだろうか……?
アローナの従者たち一行の姿を確認しないまま、ジンはアローナを連れて塔から下りた。
「こんなところにお前といたら、突き落とされて殺されるかもしれん」
だが、そう言いながらも、ジンは何故か、しっかりアローナの手を握って階段を下りている。
不思議な人だなあ。
私が怖いなら、返せばいいのなー、アハト様に。
いやまあ、アハト様に返されても、私も困るし、アハト様も困るだろうけど。
広いアハトの部屋で向かい合って座り、沈黙するアハトと自分の姿が頭に浮かんだ。
ジンはそのままアローナを元の部屋に連れて行き、寝台に座らせた。
そういえば、朝から怒涛の展開で……。
もう眠いんだけど。
寝た途端に、
「やはり、こいつ、刺客かもしれん」
とか言われて、ドスッとやられたら嫌だなあ、と思い、アローナはジンを見つめる。
すると、ジンは赤くなり、
「……何故、お前はそんなに人を惑わすような瞳で見つめるのだ」
と言い出した。
いえいえ。
そのようなつもりは毛頭ございません、と思うアローナの横に、ジンは寝台を軋ませ、腰かけた。
「さすが娼館の女だ。
こんな短時間にこの私をたぶらかすとは」
と言いながら、アローナの頬に触れてくる。
いや、だから、たぶらかすつもりはありません。
……っていうか、もしや、ジン様、たぶらかされたがっているのですか?
いやいや、無理です、とアローナは後ずさる。
だが、後ずさった分、ジンは前に出てくる。
「お前が清らかな乙女だとしても、娼館にいたのだ。
いろいろなことを見聞きして知っているのだろう?」
いや、だからですね。
私、娼館には本当に短時間しかいなかったので、あそこで得た新たな知識と言えば、
『娼館の粥は意外と美味い』
ってことだけなんですけど……。
アローナは頬に触れているジンの手を振り払うように、身をよじる。
む、無理ですっ、ジン様っ。
私に貴方をたぶらかすとかできませんっ、と逃げかけたとき、
「ジン様っ」
とまたフェルナンの声がした。
「アローナ姫の従者のひとりが早馬でやってまいりましたっ」
やったっ、とアローナは立ち上がったが、それより早くにジンが立ち上がり、
「わかった。
砂漠から駆けてきたのなら、疲れているだろうから、手厚くもてなしてやれ」
そう言いながら、出て行ってしまう。
振り返り、
「娘よ、此処から動くな」
と言ったあとで。
フェルナンは何故か王を追わずに此処に残った。
ジロリとアローナを見て言う。
「娘よ……。
お前は何故、鷹が扱えるのだ。
お前は本当に刺客なのか?」
そう問うたあとで、フェルナンは、ふっと溜息をつく。
「いっそ、そうであってくれたら……
いや、それだとジン様が」
ん? なにか訳ありのようだな、この人、と思ったとき、窓の外を旋回する鷹が見えた。
幸い窓が開いている。
アローナが合図すると、鷹が部屋に入ってきた。
アローナを守るように、頭の上で羽ばたく。
うわあああああっ、とフェルナンは怯えて後ずさった。
「こっ、殺さないでくれ~っ」
いや、これ、餌もらえるかと思って、後ろで喜んで飛んでるだけなんだけど……。
天井高くてよかった、と上を見上げるアローナと鷹に向かい、フェルナンは叫ぶ。
「殺さないでくれっ。
私も……
ジン様もっ。
ああ、やっぱり、駄目だっ。
私にジン様は殺せないっ」
えっ?
今、なんて……?
機嫌のいい鷹に頭に乗られながら、アローナはフェルナンを見た。