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物語の終わりはやはり……


 怒涛の一日だったな、と思いながら、アローナは寝台に腰掛けていた。


 サイドテーブルの下の本を広げてみる。


 言葉がしゃべれなかったとき、これで必死に訴えたっけな、と笑ったそのとき、


「アローナ」

と呼びかける声がして、ジンが入ってきた。


 難しい顔をしている。


 寝台に並んで腰掛けたジンは何故かアローナではなく、何処か遠くを見つめ、言ってきた。


「ずっと考えていたのだ。

 アリアナが言っていたこと。


 ……王でいれば、無理やり妻を(めと)らされ、愛を疑われる。


 私は民のために父、レオを追い落とし、王となったが。


 お前の愛を得るためには、王となったことは失敗であったのかもしれんな」


「いやあの……レオ様が王のままだったら、私はレオ様の許に嫁いでましたからね」


「……そうであったな」

と呟いたあとで、ジンはようやくアローナを見て言う。


「いろいろ考えたのだ。

 どうしたら、私の愛がお前に伝わるだろうかと。


 いっそ、王をやめるべきなのか。


 いや、それでは民に対して、申し訳が立たぬ。

 立派な国にすると誓い、父へのクーデターを手伝ってもらったのだから」


「ジン様……」

とアローナは呼びかける。


「私のために、そのようなことをお考えになる必要はありません。

 私も王家の娘です。

 わかっています」


 王様にはプライベートもなければ、自由もない。

 仕事をしているとき以外も、王様はずっと王様なのだ。


 常に誰かに見られ、妻も自分では決められない。


「王であるジン様は、私が正妃となったとしても、私だけのものではありません。


 家臣のものであり、民のものであり……


 めちゃくちゃ言いたくないですけど、きっと、のちに妃となる姫たちのものでもあるのです」


 だが、わかっていても耐えがたく、つい、


「……あの、やっぱり、旅に出てもいいですか?」

と言ってしまっていた。


 ジン様が他の女性と結婚するのはやだなあ、と思ったアローナは、ふいに旅に出たくなったのだ。


 ちょっとした現実逃避だ。


 もうジン様のこととか忘れて、鷹とともに荒野を彷徨(さまよ)いたい、とまで思い詰めてしまう。


 ジン様を好きかどうか。

 此処まで怒涛の展開でわからなかったけど。


 ジン様が他の人といるのが嫌ということは、私、やっぱり、ジン様が好きなんだろうな、とアローナは思う。


 だが、ジンに心配かけないよう、

「すみません。大丈夫です」

とアローナは言った。


 ……なにも大丈夫ではなさそうだが、という顔でジンは見ていたが。


「あまり先のことは考えないようにします。


 だって、未来って、本当にわからないですよね。

 私は父とそう年の変わらぬレオ様に嫁ぐのだと思って、此処まで来ました。


 でも、私の夫はジン様になりました。

 ジン様の方が歳も近くて、話が合いそうとかそういうのだけではなくて。


 私……なんだかわからないけど、ジン様が好きな気がします」


「アローナ……」

とジンがアローナを見つめる。


「好きって気持ちは、不条理というか。

 何処からなにを理由に湧いてくるのかわからないのに、その人でなければ駄目だと思ってしまうもののようですね。


 知りませんでした」


 恋というものを知らなかったアローナはそう言った。


「まあ、何故、どうして、その人を? って(はた)で見てて、思うこともありますけどね」


 兄を見ましたか? とアローナは言う。


「エメリア様の手紙を読んだとき、もしかして、行方不明のエンに関係あることかも、と思いました。

 ああ見えて(さと)い兄にも、それはわかっていたはずです。


 人知れずエンを奪還するには、兄が来ない方が都合がよかったので、置いて行きましたが。


 恋人が誘拐されているかもしれないというのに、素直に待ってるこの人、どうなんだろうな、とも思っていたんです」


 だが、アローナたちとともに帰還したエンを兄、バルトは酒宴ではなく、お茶会の用意をして待っていた。


 花咲き乱れる庭園で、バルトは、走って汗だくになったエンを笑顔で出迎え、エスコートした。


 真っ白なテーブルにはいい香りのするお茶と不恰好な焼き菓子。


「私が焼いたのだ」

とバルトは言った。


「覚えているか。

 昔、私は厨房に入り浸っていて。


 職人たちに菓子の作り方など習っていた。


 自分で焼ければ、今日はもう此処までです、と制限をかけられても大丈夫だと思ったからだ」


 兄よ……。

 子どもの頃から、待てのきかない子でしたね、と思いながら、アローナはその話を聞いていた。


「そして、そんな私の横で、アローナが調味料の順番の歌を習っていた」


 そうバルトが言うと、思い出したようにエンが笑う。


「でも、不恰好な菓子しか焼けなくて。

 そしたら、お前が一緒に習って焼いてくれたのだ。


 お前はみるみる上達して、最初に教えてくれた菓子職人より、あっという間に上手くなった」


 エンは今も上手くはない兄の焼き菓子を見たあとで、一度、目を伏せ言った。


「私の焼き菓子。

 あっという間に上達したのは、誰の心も(とりこ)にするようにと頑張って焼いていたからです。


 ……誰の心も、違いますね」


 エンはバルトに歩み寄り、見上げて言った。


「バルト様の心がこの焼き菓子以外の焼き菓子を求めないようにです」


「エン……」


 エン、あなたほどの人が、その兄の何処がいいのですか、と思いながら、アローナは眺めていたが。


 でも、昔と違い、今はエンの気持ちがちょっとだけわかるような気がする、とも思っていた。


「うむ、見事だ」

と真横で声がした。


 いつの間にかレオが来ていた。

 レオは手を取り合うエンとバルトを見ながら言う。


「お前の兄は見事だ。

 男はつい、好きな女の前では、いい格好を見せたがるが。

 女性の心をつかむには、ちょっと駄目なところを見せることも必要なのだ」


「そうかもしれませんね。

 なんだかんだでレオ様が女性にも民にもモテる理由もそうなんでしょうね」

とうっかり言って、


「一言多いな、この息子の嫁は」

と言われてしまったが……。



 今、そんな茶会を思い出しながら、アローナは言う。


「エンにはもっと似合いの人がいると思うのに。

 あの駄目な兄がやっぱり好きらしいんです。


 恋って不思議なものですよね。


 私、好きな人が他の人に心を移すところなど見たくないし。

 好きな人が他の人を娶るところも見たくありません。


 でも、私はあなたが好きみたいなんです、ジン様。


 あなただけが好きみたいなんです」


 そう言い、アローナはジンを見上げた。


「誘拐されたり、娼館に叩き売られたり、無人島に流れ着いたりする、こんな私ですが。

 一生、あなたの側にいてもいいですか?


 あなたが他の妃を娶り、私を愛さなくなっても。


 私、此処にいて、あなたを見つめていてもいいですか?」


「……アローナ!」

と感激しかけたジンだったが、すぐに冷静になったように、


「いや、本当にそんな事態になったら、お前、あっさり俺を置いて、娼館に行って。

 なんかすごい事業を成し遂げて大成功しそうなんだが。


 その(あお)りを受けて、滅びゆくメディフィスが見える……」

とロクでもないことを言う。


 だが、

「娼館のお話なら、もう断りましたよ」

と言ってアローナは笑った。


 アリアナに、どんなことになっても、ジンといる、と言うと、

「そうかい」

と言ったあとで、アリアナはキセルから、ぷはーと煙を吐き出し、いつものように突き放したような口調で、


「お前の方が私より強いね」

と言った。


 自分の夫が他の妻を娶るのに耐えられずに城を出て行ったなんて。


 アリアナ様は、ほんとうにその王様が好きだったんだろうな~。


 ……そこから、どう紆余曲折あったら、あんなにがめつくなるのかわからないけど、と苦笑いするアローナの横で、ジンが言う。


「滅びゆくメディフィスか……。

 だが、きっと、そんな日は来ない。


 何故なら、私はお前以外の妃は娶らないからだ。

 娶る必要があったら、父に回す。


 父の方が女性の扱いに()けているし、未だ小金も持っている。


 ようするにメディフィスの王室とつながりがあればいいのだろうから。

 相手は私でなくともいいはずだ。


 此処にやってくる女性も父との方が幸せに暮らせるだろうよ」


 まあ、あれでレオ様、優しいようだしな、と思うアローナにジンは、


「そうっ。

 そのために、私は父を殺さず、牢にも入れず、豪奢な離宮に住まわせ、好き勝手させていたのだっ」

と言い出した。


 いえ、あなたが優しいからだと思いますよ、と思い、アローナは笑ってしまう。


 みんなに、前王を野放しにしていいのかと言われ続けていたのだろうジンは、ようやく、父を甘やかしていることの理由ができて、すっきりしたようだった。


 その勢いで、アローナに向き直り、


「心配などしなくていい、アローナ」

と言い、手を取ってくる。


「私はお前の他に妻など娶らない。

 私が愛しているのはお前だけだ。


 お前がアッサンドラの姫だと知る前から、ただの貢ぎ物として此処に来たときから、私の心はお前だけのものだ。


 いつか……お前の国にも行き、お前のご家族にもご挨拶したい。


 このような娘を生み育ててくれてありがとうと」


 ……このような娘を育ててすみませんとか言われそうですけどね、と苦笑しながらも、アローナはジンの口づけを受けようとしたが、


「二人でアッサンドラに行くとか。

 それ、絶対、なにか起こりますよねー」

という声がすぐ近くでした。


 カーヌーンを手にしたシャナが立っていた。


「いや~、それ以前に、式でもなにかが起こりそうですよ。

 花嫁が消えたりしそうです」

とアローナとジンの夜を見張るフェルナンの声が扉の外からする。


「……いいから、出て行けっ、お前たちっ」

と邪魔されたジンは怒鳴ったが、シャナは、しれっと言ってきた。


「いや~、見た目、姿を消しても、しゃべらなくとも。

 我々はお二人を警護してるので。


 どのみち、常に、何処からかあなたがたを見てますけどね~」


 そりゃそうなんでしょうが。

 とりあえず、口には出して言わないでください……とアローナは赤くなる。


 それでも、ジンはシャナを叩き出すと、二人を遠ざけ、扉を閉めた。


 誰も入ってこないよう、その前に家具を動かしている。


 いや、かなり無駄な感じがしますけど……と思うアローナの側まで来たが、ジンはすぐにはなにもせずに、少し照れたような顔をしていた。


 そんなジンを見て、アローナは微笑む。



 恋も知らないまま嫁いできた私の夫は、


 恋も知らない王様で。


 かなり不器用な私たちは、きっとこれからも、簡単に上手くはいかないかもしれないけど。


 それでも……。



 ジンは覚悟を決めたように、そっと寝台に手をつく。


 ぎこちないながらも身を屈め、そっと口づけてきた。




 遠い遠い昔、宝石の国、アッサンドラを出立したお姫様は長い長い砂漠の旅をして、


 途中さらわれたり、声が出なくなったり、娼館に売られたり、無人島に流されたりしながら、



 それでも――、


 死ぬまで人生を共にする、愛する王様の許に嫁ぎましたとさ。




                            めでたし めでたし






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