街で屋台を眺めてみます
アローナとジンは夜の灯りの灯る城下の街を歩いていた。
屋台がたくさん出ているので覗いてみようと、人目につかない場所で馬車を降りたのだ。
ベールと仮面で変装したまま、ふたりは小銭を握り、石畳の道にずらりと並んでいる屋台を見て歩く。
「あの丸焼きの肉、美味しそうですね~」
焼かれて、どんどんどん、と並べられたり吊るされたりしている鶏を見て、アローナは笑った。
先程の娼館の丸焼きみたいにハーブや野菜で美しく飾られていたりはしないが、ワイルドで無造作に置かれている感じがまた美味しそうだ。
野性味溢れる味がしそうだな、とアローナは丸焼きに近寄ってみた。
ハーブの匂いなどはせず、ただ、塩っ、胡椒っ、肉汁っ、という単純だが、食欲をそそる匂いがしている。
丸焼きを眺めているアローナの後ろからジンが言ってきた。
「……買ってやりたいところだが、お腹を壊してもまずいしな。
似たものを城で作らせよう」
屋台の衛生状態に不安を覚えているのだろう。
確かに、みんな少々、中が生っぽくても平気で食べてそうな雰囲気だ。
胃腸が鍛えられているのだろう。
でも、私も島で、その辺のもの食べても大丈夫だったんですけどね、とアローナは思っていたが。
逃げ出して迷惑をかけたばかりなので、忠告に逆らってお腹を壊しても悪いかと思い、此処はおとなしく、
「はい」
と言うことにした。
「代わりに、なにか菓子でも買ってやろう。
美しい飴細工もあるぞ」
と機嫌よくジンは言ってくる。
カラフルな飴が並んでいる屋台があった。
これぞ職人技、という感じに複雑な飴細工もある。
鳥や花の形をしているそれらがランプの灯りで煌めくのを見ながら、アローナは言った。
「いいえ。
ご迷惑をおかけしたお詫びに私がおごります」
「いやいや、お前の分は大切にとっておけ。
初めてじゃないのか、自分で働いて稼いだのは」
「それはジン様も同じではないですか」
いやいや、まあまあ、と二人で言い合っていると、飴細工を作っていたおじいさんが、
「ジンさ……
旅のお方、二人でお互いに飴を送りあってはどうですか?」
と笑顔で言って来た。
今、明らかにジン様と言おうとしましたよね……。
まあ、この扮装、明らかにバレバレですもんね、と思うアローナは、ジンとともに、通りすがりのご老人に拝まれた。
見知らぬ老婦人にも、手を握られ、
「ジンさ……、
ご主人を大切になさってくださいね」
と祈られる。
「……ジン様、愛されてますね」
アローナが王妃になる娘だというのは、彼らにもわかっているようだった。
そのあと、通りすがりの職人らしき人にも話しかけられた。
「旅のお方っぽい方。
あの、お父上様に御無体な真似はなさらないでくださいね。
なんだかんだで困ったお方でしたが。
祭りのときなどには大盤振る舞いだったし、愉快な方なので」
「……びっみょ~に愛されてますね、レオ様」
「王としては問題のある人だが。
宴会要員としてはいいんだろうな……」
ジンはみんなに手を上げて挨拶し、相わかった、と言ってその場を去った。
いやもう、仮面の意味ないですよね……と思いながら、城に向かって、もう少しだけ歩くことにする。
この先に馬車が待っているようだった。
街の灯りと屋台と行き交う人々。
温かくも騒がしいその風景の向こうに、白く聳える城を見ながら、アローナは言った。
「美しい城ですね」
「そうだな……」
その月の光に青白く輝く城を見上げ、ジンは言う。
「いい街だ。
そして、いい国だ」
はいっ、とアローナは微笑んだ。
ジンはアローナを振り向いたが、手をつかみかけて、照れたようにやめてしまった。
「……たまにはこうして出て来てみような」
「……はい」
とアローナも少し赤くなり、頷く。
ジンとふたり、路地裏で待っていた馬車に乗り込んだ。