働いてみました
娼館の中には、料理は見た目ばかり豪勢で美味しくないところもあるらしいのだが、此処の料理は相変わらず美味しそうだった。
厨房から運ばれ、広間のテーブルに並べられた料理は、エメリアが出来を確認したあと、それぞれの客の注文や好みに合わせて、運ばせるようだった。
「それ、サファイアの間に運んで」
とエメリアに言われ、はいっ、とアローナは料理の載った皿を手に駆け出す。
何度か往復していると、
「あんた、意外と使えるわね。
王様呼ばなきゃよかったわ」
とエメリアが呟いているのが聞こえてきた。
いや……、早く帰らせてください、と思いながら、鶏の丸焼きが豊富な野菜の上に載っている料理を眺める。
塩胡椒の具合が良さそうで、ピリリとしたいい香りがしていた。
それに気づいたエメリアが、
「客の側にはべる覚悟があるのなら、ちょっとは口に入るんじゃない?」
と言ってくる。
ありません。
そんな覚悟。
っていうか、鶏と引き換えに身を売るつもりはありません、と思いながら、アローナは、せっせと料理と酒を運んだ。
よく考えたら、なんで私、働かされてるんだろう……と思わないこともなかったが。
ちなみに、
「一応、あんた、王妃になるんだろうから、顔出ししてちゃまずいわよね。
うちには式に招待されそうなお偉いさんも来るから」
とエメリアが気を利かせてくれ、顔は薄いベールで覆われていた。
「そっちは銀の間ね」
と美しい瑠璃色の酒器を指差し、エメリアが言う。
「銀の間、何処ですか?」
とアローナは訊いたが、
「ああ、わかんないんならいいわ。
違うの運んで。
説明するのがめんどくさいから」
とエメリアに言われた。
それにしても迎え遅いなあ、とアローナが思う頃、もうジンは入り口に到着していた。
このようなところ来たことがないが……。
豪奢な建物だな。
下手したら、うちの宮殿よりも、と思いながら、ジンは供の者たちとともに、玄関ホールから吹き抜けている上の階を見上げた。
各階の手すりには、細かな細工まで施してある。
「こんな娼館初めて来たなー」
とぼそぼそ話している兵士たちは浮かれているようだった。
行き交う女たちも皆、品があって美しい。
街中にある娼館の女たちとは全然違うようだった。
扉の開け放たれた広間に、背の高い妖艶な美女が居るのが見えた。
采配しているようなので、娼館を取り仕切っている女だろう、と当たりをつけたジンは彼女に話しかける。
「すまないが……」
「ああ、次はそれ運んで」
言い終わらないうちに、振り返らずに言われた。
「いや、私は……」
と言いかけたところで、ようやく気づいたらしく、その美女、エメリアは振り返り、
「あら、ジン様?」
と言った。
面識はないが、王なので、一応、顔は知っているようだった。
「アローナは今、上の階です。
会いに行くのなら、ついでにお運びください」
逞しい娼館の女は、猫の手どころか、王の手まで借りようとする。
「このようなところ、いらしたことがないのでしょう。
社会勉強です、お運びください」
いや、確かに来たことはないが、何故、私が運ぶ側……という顔をしたジンにエメリアは言う。
「今から、とんでもない上客が来るんです」
「……この国の王以上にか」
「ジン様はうちにいらっしゃらないじゃないですか。
どれだけ偉くてもお金持ちでも、うちでお金をお落とさない方なら、娼館にとっては、何者でもありません」
……なるほど、と納得して、つい命じられるまま運んでしまった。
兵士たちも一緒に働かされる。