……さようでございますね
王家の船に乗るのは気が引ける、という盗賊団には小舟を一隻置いておき、アローナはシャナとともに、大型船へと向かおうとしていた。
近づく大型船の甲板にアハトの姿が見えてきた。
ジンは自ら迎えに来たいと言ったようだったが。
王が戦でもないのに勝手に国を離れるのは、という話になり、アハトが迎えに来らされたようだった。
あ~、ちょっと戻りたくなくなってきましたよ。
そもそも私、アハト様のお小言から逃げて、此処まで来ちゃったんですからね、とアローナが苦笑いしたとき、目のいいアハトが気づいたようにジロリと睨んだ。
うっ、とアローナが身構えたとき、横に居たシャナが、えっ? という顔をした。
アローナもすぐに気づいた。
アハトの後ろに物凄い勢いでやってきている大型船がいたのだ。
近づくその大型船には美しい男が立っていた。
海の日差しに煌めく金の髪。
その髪を潮風に翻す彼は大きな布袋を振っていた。
レオだ。
金貨の入った袋をシャナに振って見せているようだった。
シャナが小舟を漕いでいる者たちに、向きを変えよと指示をする。
ええっ!? とアローナは驚き、アハトも、ええっ!? と後ろの船を振り返っていた。
今より少し前、シャナが書簡を手にジンの許に行ったあと、昼間から美女に囲まれ、酒を呑んでいたレオは気づいた。
あの酒壺がカラになっていることに。
手を打ち、召使いを呼ぶ。
「これと似たような酒を持って参れ」
ところが、いつも気の利く老齢の召使いが首を振る。
「ございません」
「なんだと?」
「これはアッサンドラが独自に作っている蒸留酒。
それもかなりの上物です。
恐らくアッサンドラの王宮でしか手に入らないかと」
「なんということだ……っ!」
とレオは打ちひしがれる。
最初は癖があるし、強すぎると思ったアローナの持参した酒だったが。
今では、この酒しか受け付けなくなっている。
「おお、あの甘露な酒をもう呑めぬとはっ。
アローナは兄に贈らせると言ったが、いつの話になるかわからぬし。
第一、アローナは盗賊に攫われている。
いや、そうだっ。
私が攫われているアローナを助けに行けばよいのだ。
さすれば、アローナも感激し、兄にすぐ酒を送るように言うだろうっ」
「……さようでございますね」
この前王には逆らうだけめんどくさい、と長年の経験で知っている召使いは、レオの言葉に適当に頷き、さっさと船の手配を済ませてしまった。
「アローナ、お前を送り届けてやろう
さあ、感謝して酒をよこせ」
船の性能の違いなのか、ものすごい勢いでアハトたちの船から遠ざかっていくレオの船の中で、アローナに向かい、レオは言った。
「いやあの……今まさに送られて帰るところだったんですけどね」
などと言っているうちに、盗賊たちが言った通り、アローナのなにかが海の神の怒りに触れるのか、一天にわかに掻き曇り、嵐になって、船は難破した。
「……なんということだっ。
離宮に戻れぬではないかっ。
たくさんの美女が私を待っているというのにっ」
……重臣たちはいいんですか。
「これは一体、何処からがお前の罠だったのだ、アローナッ。
酒を贈ってきたとこからかっ」
人気のない浜辺でひとり叫ぶレオを背に、
「いや、何処からも罠じゃないですよね~……」
と呟きながら、アローナは浜辺でなにか使えそうなものを探していた。