……来ませんね
「……来ませんね」
アローナと頭は、二人でなにもやって来ない海を眺める。
「インコも来ないし、鷹も来ないな」
打ち寄せる波の音を聞きながら、アローナは頭を見上げて言った。
「いいえ、きっとインコは来ますよ」
「娘っ!
お前の鷹もきっと来るだろうっ」
おかしな友情が生まれた。
そして、鷹は来た。
船に乗って。
というか、船に乗っているアローナの兄の肩に乗って。
近くを通りかかった大きな船から下ろされた小舟には兄と鷹が乗っていた。
「おお、やはり、アローナではないか」
「兄ではないですか」
何故、此処に、と思いながら、アローナは兄、バルトに言った。
「すみません。
その鷹、貸してください」
「なにをするのだ?」
アローナは寂し気な頭をチラと見、
「頭のインコを呼びにやろうかと」
と言った。
「アローナッ」
と頭は歓喜の声を上げる。
いや、私の鷹だけ来ては、なにか申し訳ない気がするからな、と思いながらアローナはバルトに訊いた。
「……ところで、お兄様、エンは?」
すると、バルトは渋い顔をし、言ってくる。
「お前が次々、菓子を焼けというから、竃につきっきりだ」
「すみません。
今度、お礼しますから」
と言うと、うん、と頷き、兄はまた小舟に乗って行ってしまった。
アローナは兄から借り受けた鷹に、頭とともにしたためた書簡を運ばせる。
盗賊の隠れ家のひとつに行き、そこからインコを連れて、この島まで来るように頼むための書簡だ。
フェルナンにしようかと思ったが、シャナに頼むことにする。
「シャナよ、シャナ。
わかるかしら?」
とアローナは鷹に話しかける。
シャナの許まで行かなくとも、ジンのところにたどり着けば、まあ、なんとかなるだろう。
アッサンドラに帰ってしまったり、最悪、今出たばかりの船にいる兄のところに戻ってしまう可能性もあったが。
鷹は大きく舞い上がり、とりあえず、船を飛び越えていってくれた。
ホッとしたとき、頭が、
「ありがとう、アローナ!
これで、うちのインコのメンツが保てるっ」
と感激したように手を握ってきた。
いや、インコがメンツを気にするかは知らないが……。
単に鷹だけ来ちゃったせいで、頭が寂しそうだったからですよ。
そう苦笑いしたとき、頭はアローナの手を握ったまま、言ってきた。
「……ところで、お前、今の船に乗って逃げれば良かったんじゃないか?」
あ~、とアローナは去りゆく兄の船を見た。
今から泳いで追いかけるのは無理そうだった。
「いや~、でもまあ、みなさんを置いて逃げるのもなんですしね。
共に此処から脱出しようと作業した仲間ではないですか」
ねえ、とアローナは船を直している者たちを振り向いて言う。
「アローナ様っ!」
アローナに微笑みかけられ、何処までもついて参りますっ、という勢いでアローナの名を叫ぶ盗賊たちは、いや、あんた、指笛吹いてただけなんじゃ……とは誰も突っ込まなかった。
アローナ様っ、とみなに慕われたアローナは暮れゆく空を見上げて言った。
「今宵は、此処で夜を明かさないといけなくなりそうですね。
今から夜露をしのげそうな寝床を作りましょう」
「はいっ、アローナ様っ」
「待て。
なんでお前が頭みたいになってる……」
と頭が横で呟いていた。