こんなところで出会うとは……
しゃかしゃかと逃亡していたアローナは裏通りに入る。
すると、なんの肉なのか一目でわかってしまう感じに、大胆に肉がぶら下がっている肉屋の前で、砂漠の民っぽい装いの男たちに出会ってしまった。
「お?
売ったはずの娘ではないか」
と背の高いリーダー格らしい若い男がアローナに言う。
アローナを砂漠で拉致して売った盗賊団様御一行だった。
あのときは顔を見られないようにか、頭から布を被っていたのでよくわからなかったが。
頭は浅黒い肌をした、整った顔の男だった。
「あの娼館から逃げ果せるとは思えない。
売られた先で、お役御免になったのか?
見た目だけのダメな奴だったか……」
と何故か自分を売った男にダメ出しされる。
「あ、あの節はどうも。
失礼しますっ」
とアローナは適当なことを言って逃げようとしたが、
「待て」
と案の定、首根っこを捕まえられた。
「使えない女だったとしても見てくれはいい。
また何処かに売ろう」
「いやいやいやっ。
逃げ出した商品を捕まえて、また売るとか。
そういう商法かと思われて、信用ガタ落ちですよっ」
と猫の子のように衣服の首の辺りをつままれたまま、アローナはじたばたする。
「……なんだ、お前、いらないと放逐されたんじゃなくて。
売られた先から逃げ出してきたんだったのか?
それも信用に関わるな。
じゃあ、戻そう。
お前が娼館から売られた場所は何処だ」
と頭はアローナを引きずっていこうとする。
「いやいやいや、それはちょっとっ」
とアローナは叫んだ。
烈火の如く怒ってそうなアハトのいるところに、今すぐ戻りたくはない。
「それが嫌なら、もう逃げ出せないところか。
一度買ったら、絶対に返品してこない相手に売り飛ばそう。
……してこないっていうか。
できないんだろうがな……」
と頭はボソリと言った。
ひーっ、とアローナは息を呑む。
絶対に返品できない状況。
殺されるか、それに匹敵するひどい目に遭うとしか思えない。
アローナは盗賊の頭に懇願する。
「あ、あの~、もう一度、売るのなら、あの娼館にしてください」
エメリアたちのいる娼館なら、なんとかなると思ったのだ。
だが、
「同じ奴を二度も持ってけるか。
お前が言うように、売っておいては逃げ出させて、また商品にしてるのかと疑われる。
海の向こうの、別の娼館に連れていく」
と無情にも頭は言い放った。
ええーっ?
というアローナを小脇に抱え、男たちは街を出て砂漠をひた走る。
そこからあっという間に海に出て、船で渡っていたが、嵐に巻き込まれ、船は人気のない何処かの島にたどり着いてしまった。
「ちょ、ちょっと自分を見つめ直したいって呟いただけなのに……」
何故、こんなことに……、と思うアローナの横で、頭は、
「くそっ。
おかしな娘を拾ったせいで、こんなことにっ」
と悔しがる。
「こんな娘を乗せていたから、海の神の怒りに触れたに違いないっ」
いやいやいやっ。
あなた方が勝手に連れ去ったんですよね~っ!?
と思うアローナの横で、頭が言う。
「ともかく、船を作り直すか、助けを呼ぼう」
「助けを呼ぶって、どうやってですか」
「伝書インコを呼ぶ」
「……伝書インコ?
何処に?」
とアローナは周囲を見回したが、インコはいない。
そういえば、伝書インコで呼ぶ、じゃなくて、伝書インコを呼ぶとか言ったな、この人。
伝書鳩とかって帰巣本能を利用して、伝書させるんじゃないのか。
向こうからはやって来ないと思うんだが。
今、此処にいない奴をどうやって呼ぶんだ。
鷹みたいに笛吹いて呼ぶのだろうか……と思いながら、アローナは陸地の見えない海を眺めていたが、
「いや、奴は呼べば、必ず来る!」
と頭は主張する。
「溺愛してるんで……」
と近くにいた子分のひとりがボソリと教えてくれた。
頭は枯れ枝のような長い杖を取り出してきた。
海に向かって頭がその杖を振ると、ヒュンヒュンと不思議な音がする。
ほほう、これでインコが……と思ったが、来ない。
アローナが頭を見上げると、頭は焦ったように言ってきた。
「いいや、来るっ。
奴はきっと、俺のところにやってくるっ。
この音が聞こえなくとも、匂いを嗅ぎつけてでもやってくるに違いないっ」
いや、それは犬……と思ったが、なんだかんだでペット愛の深さは伝わってきた。
「わかりました。
じゃあ、私は鷹を呼んでみます」
そう言い、アローナは二本の指を丸めると、指笛を吹いた。
すでに凪いでいる海の上には白い雲が浮かぶばかりで、なにかが飛んでくる気配もなかった。
「……来ないじゃないか」
「ち、近くを通りかかったら来ますよ」
「いつ通りかかるんだ」
人の鷹のときには追求が厳しいな……と思うアローナに、頭は、
「うちのインコの方が早いかもしれん」
と言い放つ。
「いやいや、鷹は翼も大きいし、賢いですからね~っ」
と二人は張り合い、インコと鷹を呼んで、杖を振ったり、指笛を吹いたりし合う。
そんな二人の横で、みんなは地道に船を直していた。