みんなの期待が重すぎますっ
「ともかく、そんなこと今更許しませんよっ」
とアハトが言い出したので、アローナは思わず、走っている馬車から、ぽん、と後ろ向きに飛び降りてしまった。
ちょうど角でスピードを落としていたからだ。
「あっ、こらっ」
と言うアハトの声が聞こえる。
しまった……。
逃げ出してしまった。
王への反逆罪で捕まるだろうか。
それとも、約束を違えたと、アッサンドラを攻め滅ぼされるだろうか。
いや……、ジン様はそんなことなさらないだろう。
っていうか、本気で逃げるつもりなんてなかったんだが。
アハト様がいきなり怒りだすから、生まれ育った城の恐ろしい家庭教師と似て見えて、つい。
どうしてくれるんですか、アハト様。
逃げちゃったじゃないですか……、と飛び降りてしまった手前、走り去りながらも、アローナは困っていた。
「馬車を止めろっ。
ひっ捕らえよっ!」
アローナが、ふわっと馬車からいなくなってしまったので、アハトは叫びながら立ち上がった。
馬車をつかんで、開いたままの扉から身を乗り出す。
慌てて御者が馬車を止めていた。
「どうしたんです?」
と声がしたので見ると、馬具屋の前にフェルナンがいた。
部下たちと馬具を見ていたようだった。
「今、そこっ、シャカシャカ逃げてったでしょうっ、アローナ様がっ」
とアハトは今来た道を指差す。
「……シャカシャカって。
茶色くてすばしこい虫みたいですね。
台所辺りによくいる」
とフェルナンが呑気に言ってくるので、アハトはフェルナンの部下に向かって叫んだ。
「アローナ姫が逃げたっ。
王に気づかれる前にひっ捕らえよっ!」
「ひっ捕らえよって、一応、あれ、王妃様になられる方ですからね」
とフェルナンが言う。
「……いや、フェルナン様こそ、あれ、とか言っておられますが」
と言いながら、アハトは思っていた。
自分が騒いでいるから、フェルナン様は呑気にしておられるんだろうなと。
こっちが落ち着いていたら、フェルナン様が騒いでいたに違いない。
そんな風に揉めている間に、逃げ足の速いアローナはいなくなっていた。
いや、アローナ本人も逃げたいわけではなかったのだが……。