逃亡したくなってきました
「どういう意味だったんですかな? 先程のお言葉は」
帰りの馬車の中でアハトがそう訊いてきた。
「聞いてらしたんですか。
いえ、この間、娼館で接待してて気づいたんですが。
レオ様は良いお酒を味がわかるくらいの量楽しむという方ですよね。
美女千人はともかく、酒樽千個、なににするんだろうと思いまして」
「……自分について来た者たちに下賜するとか?」
「千個もいりますか?
それほどの人数ではないようですし。
どの方も充分裕福なようですよ。
それに、銘柄の指定はありませんでした。
美女千人と酒樽千個。
それだけの数を一度に、というところに意味があるように思います」
何処かに贈るおつもりだったのではないですかね?
とアローナは言った。
「何処かの……国にですか?」
とさすが察しの良いアハトは、そう訊いてくる。
「復権に力を貸してくれるようにとか?」
「違うと思いますね。
あの手入れの行き届いた宮殿と出て来た酒宴の料理見ましたか?
甘々の息子は父親の財産、なんだかんだで使えるようにしてるみたいですよ」
甘々の息子って……とアハトは苦笑いしたようだった。
「ご自分で用意できたはずですよね、そのくらいのもの。
何故、わざわざジン様に請求してきたのか。
自分のために他の国に贈るのなら、ジン様に知られる形で用意するの、おかしいですよね」
「では……」
「ジン様に他国にそのくらいの気を使えと教えたいのかもしれません。
もしかしたら、今までも、いろいろ手を回してらしたのかも。
なんだかんだで、ジン様が王になられてから、無茶な交渉をしてくる国もなく、攻め込まれてもいないんでしょう?」
「ジン様のために、レオ様がいろいろ陰で立ち回っておられると?」
「ジン様のためか。
或いは、いずれ自分が返り咲くときのために、メディフィスを守りたいだけなのか。
でもまあ……息子のためかな、とは思いますけど。
息子があれだけ甘いってことは、父親も実は、そうなんじゃないかなーと思うので」
そうアローナが言ったとき、アハトが不敵に笑って言ってきた。
「……私はほんとうに運がいいようですよ」
「え?」
「たまたま娼館であなたを買って、王に贈った。
それがこんな形であなたに恩返ししてもらうようになるとは」
とアハトは喜ぶ。
「私には見えます。
あなたが賢い妃となり、王を支え、お世継ぎをお産みになる姿がっ。
そして、私がそのお世継ぎの後見人となり、宮殿で権勢を誇る未来がっ」
いや、結局、そこですか……とアローナは苦笑いする。
ジンの宮殿に馬車が近づいたとき、アローナは言った。
「すみません。
止めてください」
「何故ですか。
下手なところで止まっては、もし、あなたを狙う輩がいたら、襲撃の機会を与えることになりますが」
「いや~、なんだか不安になってきて」
と道の先にある宮殿を見上げてアローナは呟く。
「アハト様もレオ様も私が賢い妃や良き伴侶になるとおっしゃってくださいますが。
私にはそのように思えません」
石畳の上を走る馬車の音を聞きながら、アローナはアハトの腕をつかみ言った。
「ちょっと……いや、今すぐ、自分を見つめ直しに旅に出て来たりしたいんですけど~」
「なにぬるいこと言ってんですか。
っていうか、あなた、散々旅して、メディフィスまで来たんでしょうがっ」
また砂漠で攫われたりしたいんですかっ、と言われる。
「此処まで来たら、突き進むしかないんですよっ。
ああ、ジン様がさっさと手籠めにしとかないから、めんどくさいこと言い出したーっ」
とアハトは文句を言ってくる。