私もお前が怖いかな
「アッサンドラの方がメディフィスより恐ろしいのかもしれんな」
アローナが突っ込まれそうになった酒壺の酒で酒宴が開かれた。
細かい細工の入った金の杯を手にそんなことを呟くレオを向かいの席に座るアローナは見る。
レオは玉座から下り、彼の忠臣たちとともに隣室の大きなテーブルについていた。
「なかなか強い酒だ。
普通の者なら、呑んだら気を失いそうな。
こんなものを常時呑んでいるのか」
兄とその一派が、ですけどね、とアローナは思う。
「この酒でジンを試すために持ってきたのだろうかな。
アッサンドラは我が国のように好戦的ではない。
だが、微笑んでいるからと言って、侮るなと言っているのだろうかな。
この酒と……
この姫で」
と杯からアローナに視線を移し、レオは言う。
「本当なら、私の寝所にお前がいたのかと思うと、空恐ろしい感じがするな。
よくジンは食い殺されなかったものだ」
「これからかもしれませんよ」
と言って、アハトは、ひひひひ、と笑う。
……何故、私が猛獣扱い、とアローナは杯を手に思う。
そのとき、
「……どんだけ呑むんだ、お前は」
とレオに呆れたように見られ、アローナは、
「ああ、呑み慣れた味なので、つい」
と言って、周囲を見回した。
いつの間にか、レオの忠臣たちはテーブルに死屍累々と倒れ、アローナの背後には酒をそそぐ器を手にした女官が苦笑いして立っていた。
その女官の側にある、彼女の腰まである酒壺はとっくの昔にカラになっている。
「いや~、よその国のお酒は酔いやすいんですけど。
これは子どもの頃から慣れ親しんだ味なので」
と言って、
「子どもの頃から慣れ親しむな……」
とレオに言われる。
「恐ろしい刺客だな。
お前たちが放ったカーヌーンの刺客より、お前の方が使えるぞ。
……ちなみに、この者たちは、二、三日、使えそうにない」
とレオは、青ざめた顔で突っ伏している部下たちを見た。
「そういえば、アハト様は何故この中に混ざらなかったんですか」
と倒れているレオ寄りの貴族たちを見ながらアローナは、またクイ、と杯を開けながら問う。
「その男はどっちつかずで迷っている間に出遅れたのだ。
ジンが私を追い落としたのちも、私にコンタクトをとってくるものはたくさんいたのに」
「きっと最初からジン様派だったんですよ」
とアローナがクーデターの濡れ衣を着せると、ええっ!? とアハトは叫んでいた。
そんな二人の様子を見て、レオは笑っている。
「では、ジンと、菓子を焼いたお前のところの女官と、兄によろしくな」
帰り際、レオ自ら宮殿の入り口のホールまで見送ってくれた。
「はい。
伝えておきます。
お酒、気に入られたようですね。
兄にまた送らせますよ」
とアローナは笑う。
「早く、参りますよ、アローナ様」
とアハトは急かしながら、レオに挨拶し、先に出る。
開いた扉の向こうから、夕暮れの日が強く差し込んできた。
アローナは出て行きかけて、振り返り訊く。
「ところで、レオ様。
美女千人と酒樽千個。
どうなさる、おつもりだったんですか?」
レオは笑い、
「……お前はジンの良き伴侶となるだろう」
とアローナにとって、嬉しいんだか嬉しくないんだか、よくわからないことを言ってきた。