ちょっとついて来てください
「アハト様」
回廊を歩いていたアハトにアローナが声をかけると、アハトは、
うわ~、めんどくさい奴が来た~というのを隠しもせずに、アローナの方を見た。
「これはこれは麗しいアローナ様。
どうされましたか?」
「アハト様。
美女千人と酒樽千個、用意できますか?」
と訊いたが。
「……できるわけないでしょう。
私にそんな権力があったら、ジン様に取り入るために、砂漠近くの娼館まで、あなたを買いにいったりしません」
と、そりゃあ、ごもっともですね~なことをアハトに言われてしまう。
「ま、ご用意はできませんが。
なにする気なのかは気になりますな。
そんな物騒なもので」
美女千人と酒樽千個の破壊力が物騒だとアハトは言う。
「レオ様にお会いしたいのです。
手土産がいるかなーと思いまして」
「あなたにとっては父君ではないですか。
菓子のひとつやふたつ、持っていけばいいのではないですか?」
美味しい菓子は世界を侵略できると言うくらいですからね、とアハトは言い出す。
「はあ、侵略できるかどうかは知りませんが。
今、焼き菓子により、ジン様から深い恨みを買ったところですよ」
アローナが片頬に手をやり、小首を傾げてそう言うと、
「なにやってらっしゃるんですか。
もっとジン様のご機嫌をとっていただかないとっ」
とアハトが文句を言ってくる。
いや、あなたの立場のために私がジン様に寵愛されねばならない義理はないんですが……と思いながらも、アローナは言った。
「ジン様、そういうところ、ちょっと子どもみたいなんですよね。
……意外で可愛らしいかなとは思いますが」
とポッとアローナが赤くなると、
「……で?」
とアハトが言ってきた。
は? とアローナは訊き返す。
「じゃあもう、お世継ぎは生まれそうですか」
「いや、なんでですか。
まだなにもしてませんけど」
と素直に答えて、
「いや、なにやってるんですか、あなたはっ」
と怒られる。
「今可愛いと言ったではないですか、ジン様のことをっ」
いやいやいやっ。
可愛いとかって、ちょっと好意的に言っただけで、すぐ妊娠しないといけないんですかね? この国はっ、
と思いながら、アローナは、
「だって、まだ式も挙げてませんからっ」
と頑張って主張してみる。
「そりゃ、あなたはジン様の正妃となられるお方ですから。
簡単に式を執り行うことはできません。
長い準備期間をかけて、諸外国の者を招き、派手にお披露目をせねば。
それでなくとも、クーデターで王になってますからな、ジン様は。
ゆるっと王になってしまったので。
婚儀くらいは正式なものを堂々とやりたいですから。
だが、それはそれとして、お世継ぎだけはお早めに」
いや、そんな返済はお早めにみたいなことを言われても……。
「美女千人は集められませんが。
私もレオ様ともう少しゆっくり話をしてみたかったので。
あなたのお供として、レオ様のいらっしゃる離宮を訪ねるのは、やぶさかではありません」
「なんか状況によっては、いきなり、レオ様に乗り換えたりされそうで、怖いんですけど……」
とアローナは不安を吐露してみたが、
「まあ、そういうこともあるかもしれませんな」
と否定もせずにアハトは言う。
だが、そのくらい腹を割ってくれている方が安心だ、と思いながら、アローナは、
「では、アハト様。
ついて来てください。
ああ、焼き菓子が到着してから」
と言った。
ジン様にも菓子を渡さねばならないから、もう一回、エンに焼いてもらわないとな。
……なんかものすごく高くつきそうだ、と思いながら、もう鷹の居ない外を見る。