私がホンモノです
「心配だな、アローナ姫は何処に消えられたのだろうか」
騎士が帰ったあと、ジンはそう呟く。
ありがとうございます。
此処にいます。
伝えられないだろうかな、なんとか、と思ったアローナの目にさっきの本が入った。
切り絵のような挿絵がある。
玄関先で男性に向かい、東洋風にお辞儀をしている女性の絵だ。
アローナはジンの腕を引き、それを指差して見せた。
ありがとうございます、と伝えたかったからだ。
だが、何故かジンは照れた。
「なんだ。
お前は私と夫婦になりたいのか」
いや、そんなことは言ってません。
「このように夫を見送る妻になりたいというのだな」
そんな絵だったのか……とアローナは改めて本を見てみたが、この国の文字が読めないので、話の内容はわからなかった。
「確かにお前は王女と見まごうばかりの立ち居振る舞いと容姿だが」
見まがってません。
リアル、そうなんですけど。
「さすがに娼婦を妃にすることはできないな」
だから、娼婦じゃないです~っと思ったとき、ジンが寝台に腰掛け、呟いた。
「妃か。
アローナ姫が無事に此処に到着するのなら、私の妃にしてもいいかと思ったのだが、何処にいるのやら」
だから、此処~っ!
そこで振り返ったジンは、声も出せずに騒ぐアローナを見て、
「なんだ……妬いているのか?」
と笑う。
違いますーっ。
もう話、全然、通じてないんですけどーっ。
……言葉にならない分、必死に雰囲気というか、気配というか。
いろいろと発しているつもりなのだが、なんにも感じとってもらえない。
言葉がしゃべれたとしても、あんまり意思の疎通はできない相手な気がする……。
いや、お父様もそんなところがあるし、殿方全般がそうなのか。
男と女とでは根本的に脳の構造が違うのかもしれない。
そういえば、従兄弟のちょっと女っぽいジュリアンが一番話が通じる気がするしな。
男らしい男とは一生分かり合えない気がする……と思ったとき、よし、とジンが立ち上がった。
「一緒に塔に上がってみるか?
かなり遠くまで見渡せるぞ。
そろそろアローナ姫の従者一行がこちらに近づいている頃かもしれん。
ついでに、お前に街を見せてやろう」
そう言い、ほら、と手を差し出してくる。
大きく頼り甲斐のありそうな手を差し出され、アローナはちょっと赤くなる。
そっとその手に触れると、ジンもまた少し照れたように言ってきた。
「……不思議だな。
お前がそうして恥じらうからだろうか。
娼婦ではなく、花嫁を迎えたような気持ちだ」
そっとアローナの頬にキスしてくる。
「……行こう。
お前に街を見せてやる」
そう繰り返し、外回廊に出た。
日が落ちてきたので、外回廊にはもう蝋燭の明かりが灯っていた。
夕暮れの光がまぶしく、目をしばたたいて庭を眺めていると、あの騎士が向こうからやってきた。
「フェルナン」
とジンが呼びかける。
そんな名前だったのか、と緩くウェーブのついた金髪を夕陽に透かせたフェルナンを見る。
「ちょっと庭でも見ていろ」
とジンはアローナに言った。
高い木々のそびえる、手入れされた庭園を散策していたアローナは、向こうから来る美しい女性に気がついた。
フードつきのマントを羽織っているので、どのような格好をしているのかよくわからないが。
かなりの長身で、銀糸のように細く美しい、ストレートの長い髪をしているようだった。
中性的だが、すごい美人だ。
「おや、アローナ姫ではないですか」
とその長身の美女はアローナを見て言った。
……え?
っていうか、誰っ? とアローナが見上げると、彼女は不思議そうに言う。
「どうして此処に。
砂漠で消えたのではなかったのですか。
もしや、娼館から来た娘というのは貴女ですか。
それは波乱の一日でしたね~」
としみじみと言ってくる。
アローナは彼女の腕をつかみ、
なんで知ってるのかわからないけどっ。
私がアローナだとジン様たちに言ってーっと目で訴えてみた。
ジンには視線や雰囲気ではなにも伝わらなかったが、彼女には伝わったようだったが。
が、
「言いませんよ」
と言われてしまう。
「私は本来、此処にいて、いないもの。
ジン様たちに接触することは控えたいですし。
ましてや、貴女のことを知っていることなど、バラしたくはないのです」
此処にいて、いないもの……?
口をパクパクさせながらアローナがそう問うと、
「しゃべれなくなる薬を飲まされましたね。
売り飛ばすのに都合がいいからでしょうね」
と言ったあとで、淡々と彼女は言ってきた。
「アローナ様、私は刺客です」
えっ? ホンモノの?