今ですっ!
「……寝てしまわれましたよ」
フェルナンがひっくり返って寝台に寝ているアローナを見ながら、ジンに言ってきた。
「今ですっ!」
「なにがだっ」
「アローナ様は起きてらっしゃると、ごちゃごちゃとうるさいです!
だから、今ですっ」
アローナの意識がないのをいいことに、今すぐ襲えと忠実なんだか、そうじゃないんだかわからない部下が言ってくる。
「……お前、どんな人でなしだ。
だいたい、初めての夜なのに、目覚めたとき、なにも覚えてないとかどうなんだ」
「なにぬるいこと言ってるんですか。
乙女ですか、あなたは。
アローナ様も嫁入りした以上、こう見えて、ちゃんと覚悟を決めてらっしゃいますよ。
ほら、顔に『早く襲ってください~っ』って書いてあるじゃないですか」
「やかましい。
変に声を当てるな。帰れ」
とジンは適当なことばかり言ってくるフェルナンを追い出すと、音を立てないよう寝台に腰掛けた。
ひとり静かにアローナの寝顔を眺める。
媚もなにも一切なく、くかーっと気持ちよそうにアローナは寝ている。
なにかホッとする顔なんだよな。
陰謀とか策略とか、そんなものから、もっとも遠い場所にあるような。
だから、アローナの側にいるだけで、なにもせずとも結構幸せなんだが……。
そう思いながらも、ジンはアローナのその白く丸い額にそっと口づけてみた。
だが、額になにかが触れたからか。
アローナは寝ぼけたまま、猫が顔を洗うように、こしこしとおでこを擦りはじめる。
拭うなっ。
……しかし、このまま此処にいたら、朝まで、なにもしない自信はないな。
そうジンは思ったのだが。
出ようとした扉には鍵がかけられていた。
「こらーっ」
「今夜はそこでおやすみくださいーっ」
と扉の向こうからフェルナンが叫んでくる。
何故、一国の王がソファに丸まって寝ねばならんのだっ。
寝台から離れた位置にあるソファで寝ようとしたのだが。
装飾激しいそのソファは見た目優先なので、非常に狭く寝にくく。
ジンの大きな身体はおさまりそうにもなかった。
なので、ジンは仕方なく、部屋の隅の床の上に、椅子にかけてあった飾り布を広げ、丸まって寝ることにした。