何故、あなたが来ましたか……
「お兄様っ」
玄関ホールに向かったアローナはアッサンドラからの一行を出迎えた。
「おお、アローナではないか。
久しぶりだな。
美しくなって」
と細身だが、筋骨隆々としたアローナの兄、バルトはアローナに微笑みかける。
褐色で引き締まった肌をしているが、それは日焼けによるもので、実はアローナと同じくらいの色白だ。
肩にはあの鷹がのっている。
「アッサンドラからだと遠いですよね」
とフェルナンがバルトに微笑みかけながら言ったが。
いや、兄と久しぶりな理由は、それではない。
「いえいえ。
そもそも、お兄様は常に放浪の旅に出ていらっしゃるので、私はあまりお会いしたことがないのです」
「だが、たまには城に立ち寄るし、だいたいの事情も知っておるぞ。
で、たまたま、この近くを通っていたら、うちの鷹が飛んでたから、石をつけた縄を投げて、ひっかけて捕らえたのだ」
それで勝手に書簡を読んだらしい。
「可哀想じゃないですか……」
とアローナは言ったが、兄の肩にのっている鷹は、またよい餌でももらったのか、機嫌はいいようだった。
「ところで、王よ。
前王に差し出したアローナをそのまま嫁に欲しいそうだが」
と言うバルトの言葉に、
「は、はい」
とさすがのジンもかしこまったが、
「ああ、やるやる」
とバルトは軽くジンに言う。
「あんなヒヒじじいに……。
失礼、お前の父親だったな」
と軽く、ほんとうに軽く詫びたあとで、
「歳の離れたエロ大魔王なヒヒじじいに可愛い妹をやることにならなくてよかった」
と本音をもらす。
……滅多に会わない妹ですけどね、と思いながらも、ちょっと嬉しかった。
「いやあ、ふたり並ぶと美しい絵のようではないか」
よかったよかった、と言いながら、バルトは側にいたエンの肩をさりげなく抱いて、殴られている。
二人は幼なじみなのだ。
「ちょうど国に帰るところだ。
父には私から言っておこう。
王よ、アローナをよろしく頼む」
また遊びに来るぞ、と言って、兄はさっさと帰っていった。
歓迎の宴の準備をしようとしていた城の者たちに、ええっ!? という顔をされながら。
風のようにふらりと立ち寄っただけの人に、簡単にひょいとやられてしまいましたよ……と思うアローナに、
「よし。
これでお前は、今夜から俺の花嫁だな」
とジンが言う。
「別にお前をどうしても花嫁にしたかったわけではないのだが。
他を見つけてくるのも面倒くさいしな」
となにやら言い訳がましいことを付け足しながら。
……なんでしょう、一日でこの激変。
オアシスに着いて、
わあ、水があるーと言った瞬間に連れ去られ、
娼館に売られ、
声の出なくなる薬を飲まされ、
アハト様に買われて、貢ぎ物として此処に来て。
気がついたら、ジン様の花嫁になっていました。
「王となったからには、妃が必要だしな。
アッサンドラの姫なら申し分はない。
別にお前が好みだとか、お前じゃなきゃ嫌だとか言うわけではないのだが。
……今日からお前は俺の妻だからな」
とまだ、ごちゃごちゃ言いながら、ジンが、ぽん、と肩に手を置いてきたので、つい、さっきのエンのように払ってしまっていた。
もう妃であって、貢ぎ物じゃないんだから、少々派手に抵抗しても斬り殺されることもあるまいと思いながら。
ジンに言ったら、
「いやいやっ、お前どんな状況下でも派手に抵抗してるだろうがっ」
と叫ばれていたかもしれないが。