さすがは娼館の女だな
ジン様ーっ!
と口をぱくぱくさせながらアローナは広い王宮の廊下を走っていた。
すると、花咲き乱れる中庭に出る。
中庭といっても建物の途中にある場所で。
庭とつながった開放的な部屋という感じなので、天井もあった。
上の階には普通に廊下や部屋があるようだ。
そこでジンはフェルナンと話している。
アローナは見た。
ジンのちょうど頭の上。
天井の一部が外れ、誰かが顔を出そうとしているのを。
慌てて、アローナは二本の指を丸め、指笛を吹く。
すると、すごい勢いで鷹がやってきた。
鷹はアローナの指示で、フェルナンの頭上を掠め、天井にいた刺客に襲いかかる。
うわっ、と声を上げたのは刺客ではなく、フェルナンだった。
頭を押さえ、しゃがみ込んだフェルナンは、
「こらっ、刺客っ」
とアローナを睨んだ。
刺客は上ーっ!
そして、刺客に、こらっ、刺客っとか言ったところで意味ないと思いますがっ、とアローナは思う。
もう~、呑気だな、この人。
王の腹心の部下がこんなことでいいのでしょうかね~、と思ったとき、上からどさりと縛られた人が落ちてきた。
その落ちてきた人の足が立ち上がろうとしたフェルナンの頭にかかと落としを喰らわす。
「ぐ……っ」
とくぐもった声を上げ、フェルナンは倒れた。
「すごい手練れだ……」
とたまたま見ていたアハトが、アローナと上から下りてきたシャナを見る。
「お前は?」
とジンが刺客を縛り、捕らえたシャナに問うていた。
シャナはローブを翻すと、ジンの前に跪いて言う。
「王よ。
私は前王を殺せと雇われたものです。
あなたが前王を追いやってしまったので、仕事がなくなってしまいました。
なので、雇ってください」
「いや、なんでだ……」
と呟くようにジンが言った。
刺客は兵たちが引っ立てていき、フェルナンは医務室に運ばれた。
上機嫌でアローナを抱いて、いそいと部屋に連れて戻る。
部屋の扉を閉めながら、ジンが言ってきた。
「お前は刺客に私が狙われていることを知り、必死に守ろうとしてくれたのだな」
えーと。
まあ、言われてみれば、そんな感じなんですけどね……と思うアローナを寝台に下ろすと、ジンも横に腰かけた。
「ありがとう……、
ああ、名前がないと不便だな。
そろそろ、なにかつけようか」
いやいや。
ありますから、名前。
雇ってもらえなかったシャナが拗ねて消えてしまったので、結局、なにも通訳してもらえなかったのだ。
私の名前はですね、とアローナは唇を指差し、言ってみる。
いや、声が出たところで、ジンが通訳なしにアッサンドラの言葉を理解できるかはわからないのだが。
だが、ジンはアローナの手首をつかむと、その美しい黒い瞳を近づけ、言ってきた。
「なんだ。
キスをしろと言っているのか。
さすが娼館の女だな。
純情そうに見えて積極的だ」
ちっ、違いますーっ、とアローナが口をぱくぱくさせて訴えたとき、
「王よっ。
アローナ姫の従者たち一行が、今度こそ城に着きましたぞっ」
と医務室から戻ってきたフェルナンが扉が跳ね開けた。
邪魔されたジンが振り返り、またか、という顔をする。
アローナはその後ろで、ジンに手首をつかまれ、また、口をぱくぱくさせていた。
だから、私がアローナなんですっ。
アローナッ。
アッサンドラのアローナなんですーっ。
私が娼婦なわけないじゃないですかっ。
もう~、マヌケな王様ですねーっ!
そのとき、アローナの手首を押さえつけるジンの手が緩んだ。
ジンはフェルナンの方を向いたまま、溜息をつき、言ってくる。
「早く玄関ホールに行ってこい」
は?
「必死にお前を探していたのだろう。
此処にいると言って安心させてやれ、
……アローナ」
振り向いたジンが、ちょっと困った顔をして、その名を呼ぶ。
あれっ?
「あの~、声、出てますけど、アローナ姫……」
とジンよりも更に困った顔をして、扉のところに立つフェルナンが言う。
「え、えーと。
それはあの、どの辺から……?」
焦っておのれが言ったセリフを思い返しながらアローナは訊いてみた。
ジンが渋い顔をして言わなかったので、フェルナンが代わりに言ってきた。
「『アッサンドラのアローナなんですーっ』からですかね……?」
……そのあと、もう一回出なくなってて欲しかったですね、はい、と思いながら、アローナは苦笑いしてごまかそうとした。