人選を間違えたようだ
「実は……」
とフェルナンは勝手に告白しはじめた。
「いとこを人質にとられているのだ。
此処ぞというときに裏切れと脅されている。
だが、その此処ぞと言うときがわからない」
……人選間違えたな、敵、とアローナは思った。
「娘よ。
お前はアハト様にジン様を殺せと命じられているのか?」
アローナは首を振る。
「ほんとうか?」
アローナは頷いた。
「……私ひとりが告白してしまったではないか」
そうですね。
私が暗殺の依頼人なら、貴方に後ろから飛び蹴り食らわしてますね。
「まあいい。
このことは黙っていろ。
命じられなくとも、しゃべれぬだろうがな」
とフェルナンは言ったが。
いやいや、もうすぐ私の供の者が来ますからね。
筆談もできると思いますよ。
そうアローナは余裕をかましていた。
でも……、とフェルナンを見ながら、アローナは思う。
この人、ジン様に忠誠を尽くしているのは、ほんとうみたいなんだよな。
そのいとこさんが助け出せればいいんだけど……。
あの、あなたに命じている人は誰なんですか?
そうアローナはジェスチャーで伝えてみた。
フェルナンは、
「それは……」
と言いよどんだが。
「仕方ないな。
お前には弱みを握られてしまったからな」
と言って、部屋の扉を開けた。
廊下に誰かいないか確認しているのかなと思ったが、フェルナンは廊下に向かって叫ぶ。
「おい、誰か。
新しいワインを持ってこい。
今、部屋にあるのとは違うやつ」
こちらを見て、
「まったく娼館の女は贅沢だな」
と言う。
どうやら、部屋のワインがいまいちだ、と訴えたと思われたようだ。
いやいや、違うんですよ、と顔の前で手を振ると、
「なんだ。
それもダメかもしれないから、もう一本持ってこい?
可愛い顔して酒豪だな」
と言い出す。
……なにも通じていないようだ。
でもまあ、もう誰かが到着したようだし。
私がアローナだということはわかってもらえることだろう。
やれやれ。
ひどい一日だった。
あとこれで声が戻れば言うことないんだが、と思ったとき、ジンが戻ってきた。
てっきりアローナの従者を連れてくると思ったのに一人だった。
「ジン様、アローナ姫の従者の者はどうされました?」
とフェルナンが訊いてくれる。
「帰った」
帰った!?
「姫が心配だからと報告してすぐに探しに戻った。
忠義な部下だな。
そして、アローナ姫はよい主人なのだろうな。
みなに慕われているようだ」
「愛されているようですね、アローナ姫は」
とフェルナンが微笑む。
その微笑みはある意味、私に向けられているのですよね……?
誰もこっち向いて言ってはくれないですけど、と思うアローナの前でフェルナンが言う。
「やはり、アローナ姫にジン様の妃になっていただいてはどうでしょう」
今の状態だとごめんですね……とアローナは思っていた。