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謎の男に買われました


「お久しぶりですね。

 アハト様」


 その娼館を訪れたアハトは美貌の女主人代理、エメリアに出迎えられた。


「なにかいい品は入ったかね」


 でっぷりとした体型を白と金のローブで隠したアハトはエメリアにそう言い、笑いかける。


 多国籍な装飾の(ほどこ)してある、白く美しいこの娼館に相応しいオリエンタルな美貌のエメリアは、

「ちょうどいい商品が入ったところです。

 アハト様のような方にこそ、ぜひ」

と言って、艶やかに微笑んだ。


 エメリアは深緑のドレスの胸に垂らされている、銀細工の髪飾りでまとめられた茶色い巻き髪を揺らし、奥を振り向くと、行儀見習い中の少女たちを呼んで言いつけた。


「あの娘をこれへ」


 白いシンプルなドレスを着た二人の幼い少女は奥の階段へと引っ込んだ。


 少女たちが上へ上がっていったようだったので、アハトは吹き抜けになっている玄関ホールから上の階を見上げた。


 五階建てのこの建物の、三階辺りの廊下から、こちらを見下ろしている娘がいる。


 娘は真っ白の薄布を重ねたような異国風のドレスを着ているようだった。


 身体にまとわりつくようなその薄布を腰と胸元の銀の飾りで留めることで、ドレスに仕立ててあるようだ。


 視力のいいアハトには、娘の顔立ちだけでなく、額の中央に垂れ下がるアクセサリーも見えた。


 涙型の空色の宝石だ。


 美しい娘だ、とアハトは思った。


 農家の貧しい娘が売られてきたり。

 豊かな暮らしに憧れ、自らこの娼館を尋ねる娘もあるようだったが。


 そんな娘たちは此処へ来た当初は髪も肌も日焼けしていて、すぐに店に出せる感じではない。


 そのような自然な感じを好むものもいるようだが。


 今回は、そういう娘では駄目だった。


 三階から見下ろしているその娘はすらりとして美しく、肌も白く。

 黒く豊かな髪は艶やかで手入れが行き届いていた。


 これなら申し分ない、とアハトが頷いたとき、案の定、その娘の許にさっきの少女たちが行った。


「……あの娘は何処から来たのだ?」


 アハトはエメリアに訊いてみた。


「盗賊どもがオアシスの辺りからさらってきたらしいですよ。

 あの異国の服からして、旅人なのでしょうが。


 ま、金さえ払えば返してやってもいいのですが。

 なにせ、しゃべれないし、この国の言葉を書くこともできないようなので」


 ほう、とアハトは笑う。


「しゃべれないなら、都合がいいな。

 余計なことを言わないから」


「まあでも、賢そうな娘なので、すぐに此処の言葉を覚えて書き始めるかもしれないですよ」


 そうエメリアは言った。





 うわ~、あのおじさん、なんなんだろうな~と思いながら、アローナはエメリアと話しているおじさんを見下ろしていた。


 随分上等なローブを羽織っている。


 偉そうな感じだが、真っ昼間の人気のない娼館に来るなんて、暇なのかな?

と思ってしまう。


 すると、そのおじさんの応対をしていたエメリアに命じられ、幼い少女たちが自分を呼びに来た。


 待て待て待て、とアローナは思う。


 まさか、私、あのおじさんに売られるとか?


 でっぷりしたローブの男は剃髪しているのか、禿げているのかよくわからない。


 思ったより年ではないようだが、若くもないようだった。


 何故、こんなことに……と少女たちに手を引かれ、ローブの男の前に行きながら、アローナは思っていた。


 砂漠でオアシスに立ち寄ったとき、水場に行こうとした瞬間、盗賊みたいな連中に横抱きにされて、馬でさらわれたのだ。


 此処に売られる前に、謎の薬を飲まされ、声も失った。


 余計なことをしゃべらないようにだろう。


 たどり着いた此処が娼館だと気づくまでは時間がかからなかったが。


 ……ま、さっき着いたばっかりなんで、まだ、なんの被害も受けていないんだが。


 このおじさんに買われてしまうのだろうか……。


 それは結構な被害だな、とアローナは思った。


 うーむ。

 外に出たところで、頭突きをして逃げるか。


 でも、不案内な街だしなー。


 逃げたところで、此処より恐ろしいところに迷い込んでしまうかもしれないし。


 っていうか、そもそも、このおじさんが私でいいと言うかもわからないしなー、と思っていたのだが。


 そのローブの男は、アローナを見て、感心したように、ほう、と言う。


「近くで見ても美しいではないか。


 たまに、お前たちが選ぶ衣装が素晴らしすぎて、それに惑わされているだけのときもあるが。


 こうして、間近でじっくり見ても、愛らしい美しい瞳をしているな」


 ……此処の女主人たちが気づいているのかどうかかわからないが。


 此処の言葉、書くことはまだあまりできないが。


 話したり、聞き取ったりすることは、そこそこできるのだ。


「よし、この娘で。

 幾らだ?」

とローブの男が言った瞬間、奥の扉が開いて、漆黒の飾り気のないドレスを着た小柄な老婆が現れた。


「この娘を連れて帰ったあとで、また馬車を此処に寄越しな。

 きんで満杯にしてね」


 この老婆がこの娼館の女主人だ。


 とは言っても、此処にさらわれてきたとき、値踏みされたくらいの関係でしかないので、どんな人なのか、よくわからないが。


「いいだろう」

とローブの男は言った。


 あーあ。

 買われてしまったようだ、とアローナは落胆する。


 まあ、どのみち、父親より年上の男に嫁がされるところだったから。

 どっちでも同じかなー、と思わないでもなかったが。


 なかったが……。


 でも、この状況、よくはないな、と思っている間に、外に止まっていた馬車へと急かされる。


 アローナは見送りに出た女主人たちに、一応、頭を下げ、馬車に乗った。


 馬車ではそのローブの男、アハトと向かい合って座るように指示される。


「お前は物静かで良いな」


 ……今、しゃべれないからですよ。


 しゃべれるようになったら、凄まじい勢いでしゃべりますよ。


「それで良い。

 王宮では口は災いのもとになりやすいからな」


 え? 王宮?

とアローナはアハトを見た。






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