綺麗なお姉さんの膝枕は好きですか?
2階の角部屋の前で止まるとお姉さんはポケットから鍵を取り出した。どうやらここがお姉さんの部屋らしい。
「ただいま」
「姉さん、お帰りなさい!!」
室内から可愛らしい声が聞こえる、どうやら妹が居るらしい。その事に意識を奪われていると、俺の目の前で玄関扉が閉まった。
俺は未だ廊下にいる、ここから導かれる答えは……今がチャンスというものだった。
「さて、このまま帰るとするか……」
そう言って踵を返す。後ろから扉が開く音が聞こえたと同時に首根っこを力強く引っ張られた。戦略的撤退の失敗が確定した瞬間である。
「おい、ここまで来て何を逃げようとしているんだ」
やはり『はい、さようなら』とはいかないらしい。僕はお姉さんに引きずられるまま、部屋に連れ込まれた……。
「あれ?お客様がいらっしゃったの?」
「柚月、こんな奴に様とかつける必要はない。いや、待てよ?貴様であれば差し支えないか……」
待て待て……それ差し支えあるから。昔は尊敬の意味を表す言葉だったが、それ現代では同等もしくはそれ以下の人に対して使う言葉だぞ。
文句が思わず出かかったが、なんとか飲み込む事が出来た。
「これ自己紹介した方が?」
とりあえず平静を装い、目の前の女の子への挨拶しようとしたのだが、それを聞いたお姉さんの目が細められる。
その表現に背筋がゾクッとした。不機嫌さを隠そうともしない、分かりやすく言えばゴミを見る様な目だったからだ。
「さっそく柚月に色目を使うつもりか。お前、自分の立場というものが全く分かってないらしいな……」
えっと……どうしてそうなった?挨拶は大事なコミュニケーションツールだと学んだのだが、俺は間違った教育を受けて育ったのだろうか?色目を使う……とは?言っている意味がわからない。
「まぁ、いい。とりあえず上がれ。柚月、とりあえず喉が渇いた。飲み物を準備してくれ。あ、そこの男のは用意しなくていいからな」
部屋に入る許可がおり、その足でリビングに通されるのだがそこで俺は驚愕する事となる。
リビング、何帖あるんだ?広いとかそういう問題じゃないだろうこれ!!
そして、窓から見える景色が更なる驚きを与える。内装の豪華さと反比例する程にショボイ。今の俺の気持ちを端的に評価する言葉が思いつかないでいた。
「いつまでもそんなところで立ってないでさっさと座ったらどうだ?」
その言葉に従い、俺はお姉さんの対面のソファーに座ろうとして……また怒られる。
「お前はこっちだろうが!?何でそんな事も分からないんだ!!」
そう言って自分の隣をポンポン叩いている。
いや……いきなり隣に座ったりはしないだろうと思ったが、そんな軽口を叩く勇気はないので黙って従う。
「それでお前は……」
「あの……」
お姉さんの話の腰を折るのは怖かったが、ずっと気になっていた事があったので口を挟む。
「むっ……!?」
少し不機嫌さが滲み出ていたが、構わず続ける。
「お前とか貴様とか言われるのはちょっと……。津鷲和弘って名前があるので、名前で呼んでいただけたら」
「な、名前でいきなり呼べだと!?」
衝撃を受けている様だけど、名前で呼ぶ事がそんなに驚く事だろうか?
「はい。それと俺はお姉さんの名前を知らないので良かったら教えてもらえないでしょうか?」
「結構頑張って露出していたつもりだが、私もまだまだだな…」
何故か遠い目をするお姉さん。スーツのスカートの丈は少し短い気もするが、露出してるかと聞かれれば首を傾げざるを得ない。
「まぁ、露出してるかどうかは分かりませんが、似合っているとは思いますよ?」
「そ、そうか……」
とりあえず当たり障りのない発言をしたのだが、彼女は何故か俯いてしまった。変わった人だなと思いつつ、とりあえず妹さんが戻ってくるのを待つ事にした。
暫くの沈黙が続いたところでキッチンの方から妹さんの声が聞こえた。
「姉さん、お茶の準備が出来たからそちらにお持ちしますね」
「ああ、ありがとう」
「お待たせしました」
そう言って、妹さんはキッチンから戻ってくるなり綺麗な所作でお姉さんとそして俺の前にも紅茶を置いてくれた。
その時にまじまじと彼女を見たのだが、俺の目の前に天使がいた。
色素の薄い髪は腰まであり、慈愛に満ちた大きな瞳は少し潤んでいる。
端的に言うなら可愛い、複雑に言うなら神がかった可愛さだった。
「ありがとう」
俺は自分が出来る最高に渋い声と笑顔でお礼を述べる。
「い、いえ……お気になさらず……です」
そう言って微笑む彼女は、もはや天使を超えた何かだった。俺がその表情を見て、だらしなく顔を緩めていると、突然太腿に痛みが走る。
「貴様、私の妹に色目を使うとはいい度胸してるな……潰すぞ?」
「ひっ…!?」
お姉さんから放たれる圧に慄いてしまった。間違ってもどこを?とか聞けそうな雰囲気ではない。
「もう、姉さん?言葉遣いは百歩譲るとして、そんな風に高圧的な態度を取ったらダメですよっていつも言ってますよね?」
言葉遣いは丁寧で穏やかな雰囲気にも関わらず、妹さんが発した声に背筋がゾクッとしてしまった。本能が訴えてきている、この人には逆らうなと……。
「まぁ、いい……と、とりあえず自己紹介からしよう」
苦虫を噛み潰した様な表情で言うお姉さん。気にはなったものの、あえて余計な事は追求しないでおく。
「薄々気付いているとは思うが私は羽山美月だ」
「あんたが羽山美月か!?」
驚きのあまりつい声をあげてしまった。
「貴様、誰が呼び捨てで呼ぶ事を許した?様をつけろ様を……」
何で俺が……と思わなくもないが、逆らったら罰せられるんだったよな。ここは素直に従っておいた方が得策だ。
「は、羽山様……これでいいですか?」
「そこは普通……み、み、美月様だろうが……」
「それでは美月様で」
「はうっ……」
ん?なんか今変な声聞こえなかったか?
お姉さんはソファーに片手をつき姿勢を崩す。すぐに何事もなかったかの様に振る舞うが顔が薄ら赤くなっている気がする。体調でも悪いのだろうか?
「柚月、この男の名は津鷲和弘だ。昨日話した私の……パ、パ、パパ……」
「え?俺いつの間にかお父さん扱いなの!?ぐえっ……」
鳩尾に鋭く刺さるお姉さんの拳……いいパンチしてるじゃねえか、これなら世界を狙える……ぜ……。
そんなくだらない事を考えながら意識を手放したのだった。
〜和弘気絶中〜Side柚月
「もう、いくら好きな人が来たからって恥ずかしがってあんな態度を取った挙句に暴力振るって気絶させてどうするんですか?」
「面目ない……」
そうやって肩を落として俯く姉さんを、呆れた表情で見つめる私。
その件の彼は気を失っていて、姉さんに膝枕をされている。話には聞いていたが、とても可愛らしい寝顔をしていたのでつい見惚れてしまった。
「柚月?」
おっと、いけません。姉さんがとても彼には聞かせられない様な低い声を出しております。
妹の私を威嚇するのはやめていただきたいのですが、彼が関わってしまうとこの人は冷静さを失ってしまうのは昔から知ってます。
こうなった姉さんは、とにかく面倒臭いのでそっとしておきましょう。
「大丈夫ですよ、私は彼を取ったりしませんから。まぁ、彼の方が私に惚れてしまったらその時は仕方ないですけどね」
そう言って、ニヤッと笑いかけると姉さんが顔を痙攣らせます。
「それは駄目よ。この子は私のパートナーなの!!」
「ええ、知っておりますよ。誰が姉さんに協力したと思ってるんですか?あの法律に関しては、私だって関わっているのですから、そんな事を言うのは今更でしょう。私が姉さんを裏切るとでも?」
「そ、それはそうだけど……」
私と姉さんが考えた法律。強制主従関係保護法は何も人の尊厳を奪うだけの法律ではない。
主従関係は一生涯続くわけではなく、期限がある。その期限内に相手を自分に惚れさせる事が出来なければ契約は終了するのだ。
そして、もう一つ終了させる要件がある。それは従者が好きな人と最後まで行う事……。要は寝取られてしまったらその時点で契約は終了となってしまう。
施行開始して間もないという事もあり、この法律を現在適用されているのは姉さんと彼のみだ。
いつから適用されるかは公表されていないので、一部の者以外は既に姉さん達が主従関係を結んでいる事を知らない。
津鷲和弘ですか……姉さんがどうして彼を好きになったのか聞かせていただいた事はありませんが、奪われた時の姉さんはどんな顔をするのでしょうか?
きっと私好みの表情をして下さる事でしょう。
ふふふ……見てみたいですね。私の黒い感情を、少しも表情に出す事なく天使の笑顔を向けて姉さんを諭します。
「大丈夫ですよ……心配しないでください(姉さんの絶望に歪む顔は私だけのものですから)」
〜Side柚月 end〜
天使と思っていた女の子が実はしたたかで腹黒だったなんて普通は考えもしない。
この腹黒性悪女のせいで、お姉さんから折檻される日々が始まるなんて事も知らず、この時の俺は暢気に膝枕をされていた。
まぁ、気絶させられて強制的に膝枕されているだけであって別に暢気ではないのだけどね。
読んでくださってありがとうございます。
早速のブクマありがとうございました!!