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1、幽霊彼女と出会ったぼっち

 今日も一言たりとも話さなかった。


 高校からの帰り道、僕はふとした拍子にそう思った。

 これで何日連続だろうかと考え、すぐにそれが不毛であることに気が付き、やめた。


 随分と前から気づいていたことなのだが、恋人はもちろん友人もいない、所謂『ぼっち』な僕は、学校で誰かと会話をすることが、基本的にない。

 言葉を発する機会があるとすれば、精々、出席確認の際に一言返事をするのみ。


 それでも、なんら問題はなかった。

 むしろ僕は、自分のパーソナルスペースに、何者の侵入を許していない今の生活を、少しは……いや、正直とても気に入っているからだ。


 今ではぼっちの僕だが、小学生の時は普通に友達がいた。

 そして、その友人と過ごす時間の楽しさも尊さを、理解しているつもりだ。


 ――だからこそ、実感を持って言える。

 今の方が、よっぽど充実した日々を送れている、と。


 友達と仲良くあり続けるには、共通の趣味や話題を持つため、見たくもないテレビ番組やネット配信をチェックし、興味もない情報にアンテナを張り、合わないノリを合わせ、嫌われないよう言動に気を使わなければならず、尋常ではないカロリーを消費する。

 ただの友人でこれなのだから、更に深い仲であろう恋人を作ろうと思えば、想像を絶する努力が必要になるのだろう。


 一人ぼっちであれば、そう言ったあれこれとは無縁でいられる。

 故に、一人ぼっちでいることは、圧倒的に快適だ。


 気の置けない友人よりも、孤独こそが愛すべき隣人である。

 そんな風に考える僕にとって、この誰とも会話のないぼっち生活は、とても気楽なものだった。


 数年後、社会に出た時にこういった考えが通じるとも思わないが、少なくとも高校生の間は、通用することを身をもって証明している。

 むしろ、社会に出れば嫌でも多くの人間と関わり合っていかなければならないのだから、学生である今のうちに、存分に孤独に浸るべきに違いない。


 などと、何者にも邪魔されず、何の益もない思案に耽ることができるのもまた、ぼっちの特権だろう。

 ふと、いつの間にか自宅近くの横断歩行にまで来ていたことに気が付いた。

 そして、横断歩道の赤信号を確認し、僕はその歩みを止める。

 交通量は大したことないが、信号無視をするほど急いでいるわけではない。

 数十秒程度の待ち時間だが、制服のポケットからスマホを取り出し、それを弄って時間を潰す。普段見ている漫画の情報サイトに目を通すと……おおっ! 僕の好きな漫画家が、新しく連載を始めるらしい!

 興奮気味にそのページをスクロールして情報を確認していると、青信号に変わったことを告げるメロディーが耳に届いた。

 青信号だし交通量も少ない道路だから、僕は自然とそのまま顔も上げずに横断歩道を渡ろうとして、


『ブブー!!』


 と、クラクションの音が耳に届いた。

 車道の状況を確認していなかったので、気づかなかった。

 勢いよく直進してきた白のセダン。

 気づいたときには間近に車体があって――このままでは、轢かれる。


 そう考えた次の瞬間、僕の身体を衝撃が襲った。


「……っ!?」 


 視界がぐるぐると周り、空中で回転しているのだと理解したその後に――。






 僕は綺麗に、数メートル先の道路に着地していた。




 ……





 …………






「どうゆうこと!?」


 たっぷり数秒間放心した後、自身に何が起こったか理解できず、一人道路の真ん中で僕はそう叫んでいた。


 しかし、その疑問に答えてくれる人がいるはずもな――


「良かった、助かった! 初めてだけど、上手くいった!」


 いや、いた。

 その声に振り向くと、そこには一人の少女が喜色満面の笑みを浮かべていた。

 長い黒髪を下ろし、真っ白なワンピースを着た、僕とそう年が変わらないだろう、可愛らしい女の子。

 不思議なことに、何故か彼女は裸足だったが、それよりも。


「き、君が僕を助けてくれたの……?」


 僕は、初対面の女の子に向かって、本日初めての会話を試みた。

『普通の少女がなにやら不思議な力を使って僕を助けてくれた』なんて、普通に考えればありえないと分かる。

 だけど、その時の僕は動揺をしていたし、何よりも自身が超常現象を体験したばかり。

彼女の言葉にも、不思議な説得力を感じていた。

 だから、勢いのまま彼女に話しかけたんだけど。


「え、私に話しかけ……てるわけないよねー」


 しかし彼女は、僕の言葉に対して、「あははー」と間抜けな笑いを返すだけ。

 問いかけに対しては、一切答えない。

 数日振りに誰かに話しかけたこと、事故に遭ったばかりで僕自身動揺していたことから、上手く喋れていなかったのかもしれない。

 そう考えて僕は、今度はゆっくり、はっきりと言葉を告げる。


「そうだよ。君に、話しかけているんだよ」


 再びの問いかけに、今度こそ彼女は反応して、驚愕を浮かべて僕を見た。それからゆっくりと口を開く。


「君には、私のことがえるの……?」


 ……彼女は、何を驚いているのだろうか?

 見えるに決まっている、見えないわけがない、見えない理由もない。

 僕の質問には答えるつもりも……もしかしたらないのかもしれない。


「いや、見えてるよ。それよりも、僕の質問に答えて……」


 と言いかけたところで、


「だ、だ、だ、大丈夫ですか!?」


 と、慌てた男の声が聞こえた。

 声のした方を見ると、スーツを着た営業マン風の男がこちらに向かって走り寄ってきていた。僕を轢いた(?)車の運転主なのだろう。


「あ、はい。僕は……大丈夫です。彼女のおかげで」


 僕は自信なく、少女の方を手に向けて、そう言った。


「か、彼女?」


 動揺を浮かべる男。

 ……その気持ちは、重々分かる。一体何をどうすれば彼女が僕を助けることが出来るのだろうか。

 頭のおかしな奴だと思われたかも。

 そう思う僕に、



「彼女って……どこにいるの?」



 男が、呆然とした表情で言う。


「どこって、そこに」


 確かにそこに佇む彼女を指さす。

 無礼にも指さされたことを、彼女は気にした様子もなく、先ほどまでの驚愕も薄れているようだった。

その代わり、にこやかな笑みを湛え、期待に満ちた眼差しを僕へと向けていた。


 僕は男の方へと視線を戻す。

彼は、彼女に反し、顔を真っ青にしていた。そして、


「参ったな、ぶつかったときに頭を打ってたのか? ……女の子なんて、どこにもいないのに」


 と。

 その視線の先には、確かに少女がいるというのに。

狼狽えた様子で、彼はそんなことを言った。


 何を言っているんだ? ――疑問が表情に出ていたのだろうか?

 少女はクスクスと笑ってから、甘い声音で告げた。


「私、幽霊だから。普通の人には、視えないんだよ」


 突拍子もないそのセリフ。

 普通なら信じることはないその言葉だったけれど。

 ほんの今さっき、超常現象を体験し、運転手の男の目にも視えない人物が確かにいるのだと理解した僕は。


 意外なほどあっさり、その言葉を飲み込むことが出来た。



 ――これが。

 一人ぼっちな僕と、幽霊の彼女が、初めて出会った瞬間だった。



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