落とし物
すっかり日の暮れた頃、うっすらと煙の漂う狭い居酒屋は、殆どが近所に住む大学生客で賑わっていた。隅の小さなテーブル席に、若い女が二人。一人は肩までの黒髪で、ワンピースに十センチはあるピンヒールを履いていた。もう一人はカールした長い赤毛で、ダメージジーンズにスニーカーを履いていて、どこか対照的な印象を与える二人だった。
「ねぇラタン、泣いたって仕方ないんだからさ。元気出しなよ」と言って黒髪の女はビールジョッキをあおった。ラタンと呼ばれた赤毛の方はおしぼりを目に当ててしゃくり上げた。
「そ、そうだけど……私、今まで、落としたことなんて、一回もなかったのに……」
「ほら、焼き鳥きたよ。もろきゅうも食べなよ」黒髪の方、ユレグは空いたジョッキを店員に渡した。何せラタンのこの台詞は昨日の夜から飽きるほど聞かされている。まじめに返してやるのが面倒になっていた。
しばらく無言で飲み食いしていると、ラタンも落ち着いてきたのかウーロンハイを半分ほど飲んで一息吐き出した。
「ね、やっぱり正直に上に報告した方がいいんじゃないかな」とラタンは不安げに言った。
「バカ言わないでよ」とユレグは被せるように答えた。
「そんなことしたら、誰かに手柄を横取りされるかもしれないでしょ。この目で見たいじゃない。伝説の楽器」
「それは私もそうだけど」
「探知器まるごと落としたわけじゃないんだから。両方落としてたらどうしようもなかったけど。大丈夫、すぐ見つかるよ。もう近いんでしょ?」ユレグは手羽先にかぶりついた。
「まぁ、ね、近いけど。もうわかんない」
「集中力が切れただけ。休んでなかったし」
「うん、ちょっと疲れたかな」
「食べよ食べよ。気分転換は大事だよ」
「でもやっぱり、よくないんじゃないかな。こういうの」ラタンは焼き鳥を一口食べて、その串を見つめた。
「こういうのって?」
「私たち、お金ないのに」
「いいじゃん。もうフェルマーがいるんだし」ユレグが笑った。「私が無理矢理食べさせたと思ってくれてもいいわ。ラタンは気にしすぎなんだよねー」
「なんか、お腹空いてきた」ラタンは苦笑しつつ言った。
「私も。これ食べたらホールに行こっか。市民オケが練習してるはず」
「そうだね」
店員はしばらくして、隅の席の客が消えていることに気付いた。料理には手をつけた跡がなく、グラスの飲み物もそのままで氷が溶けていた。
それから一週間が過ぎ、二人は河原の遊歩道を歩いていた。ラタンは茶色の棒を懐中電灯で足元を照らすかのように持ち、ユレグはそれを邪魔しないように少し後ろをついていく。
「あぁ、ダメだ。なんでかなぁ」ラタンは橋の下で立ち止まった。棒で何かを探すように手を左右に伸ばす。
「ちょっと休憩する? 範囲はだいぶ絞られてきたんじゃない?」
「なんか変な感じなんだよねぇ。うまく言えないんだけど」ラタンは腑に落ちない顔で首を捻る。
「でも着実に近づいてるでしょ。焦らない焦らない。まだフェルマーは鳴いてないんだから」
「鳴いたら諦めていい?」
「さすがにね。あ、おやつだ」ユレグの視線の先には、ギターケースを背負った青年がいた。彼は階段を降りてきて、日陰のベンチに座った。
「おまけ付きだね」とラタンが言った。青年の後ろには中学生くらいの男の子がついてきていた。彼は青年の近くに立って、ギターを準備する様子を見ていた。
「これをサボるわけにはいかないか」そう言ってユレグは少年の肩を叩いた。彼はぎょっとした顔で振り返った。
「だ、誰? 何?」
「そんなにビビらなくて大丈夫よ。私たちは君と同じオトナリだから」
「オトナリ?」少年は緊張した表情で一歩引いた。
「自分がその人とは、人間とは違うことはわかってるでしょ? 私たちは人間と区別するとき、自分たちのことをオトナリと呼んでるの。生まれた楽器は何? ちなみに私はビオラ、この子はシンバル」
少年は「オトナリ……」と新しい名前を噛みしめるように呟いた。「僕はギターです。エレキギター」
「エレキ! ラタン、エレキだって。増えてるって聞いてたけど本当なんだね」ユレグは少し驚いたように言った。ラタンも「そうだね」としげしげと少年を見つめた。
「まぁいいわ。自分の掌をよく見てみて」ユレグが言うと、少年は素直に自分の両手の平を見つめた。
「だんだん白っぽいモヤモヤが周りに見えてくるでしょ。それは吹き衣と言って、力を閉じ込める殻なの」
「本当だ、うわ、体中ある。今まで全然気付かなかった」少年は物珍しそうに足や背中側を見た。
ユレグは楽器を構える素振りをした。すると左手にはビオラ、右手には弓が現れた。
「吹き衣を取れば、力として楽器が使えるようになるの。そうすれば世界中どこでも好きなところへ気軽に移動できて便利よ。いろんな音に出会えるし、出来ることも増える」ユレグが短いメロディーを奏でると、楽器は現れたときと同じように一瞬で消えた。代わりに手には小さなステッカーがあった。
「どうすれば取れるんですか?」少年は興味深げに聞いた。
「受付に行くの。入り口はそこ」とユレグは青年を指さした。ギターをチューニングしている。彼には三人の姿が見えていないのだ。
「入り口?」
「ギターよ。音が鳴ってるときに飛び込めば、向こう側に行ける。そしたら君も晴れて一人前というわけ」言いながらユレグは少年の手の甲に丸いステッカーを貼り付けた。
「これはなんか統計とかとるのに使うんだって。受付で剥がしてもらえるから安心して」
「はぁ……」
青年がギターを弾き始めたのでユレグは少年の背中を押す。
「ほら、今だよ」
「で、でも飛び込むなんて、どうやって……」
「まぁ触るだけでもいいし。怖いことは起きないから」
少年は不安と期待の混じった表情で手を伸ばした。そして彼の指先がギターのボディーに触れたと同時に、彼の姿は音もなく消えたのだった。
「探知器もなぁ、自分の楽器みたいにしまえたらよかったのに」とラタンがため息交じりにぼやく。
「落ちないもんね」
一仕事終えた二人はしばらく青年が鳴らすギターの音を聞いていた。何も気が付かないかれは手慣らしを終えたのか、歌い始めた。途端にユレグとラタンは渋い表情をして顔を見合わせる。
「けっこういい音出すと思ったけどね」ラタンが言った。
「どうして歌いはじめるかなー」
二人は探索を再開した。
雨が降る薄暗い朝、道行く人はみんな傘を差していたが二人には必要なかった。そして傘を差さずに歩く二人を奇妙に思う人もいなかった。そもそも見えていないのだ。
「今回は何だと思う?」ユレグが言った。
「何が」ラタンはゆっくり棒を振りながら前を歩く。
「滅亡の理由。また戦争かなぁ」
「戦争か病気か、じゃない?」
「どうにかならないのかねー。まぁ本当のところは誰にもわからないけど」
「毎度回避してるもんね」
「こんなに平和なのにさ、フェルマーが出てもう一ヶ月以上たつでしょ? あと二三ヶ月で人類滅亡とは中々信じられないわ」
「前回はけっこう悲惨だったんでしょ? エナツさんから話聞いたことある」
「らしいね。第三次世界大戦がどうのって。今も酷い場所は酷いけどねー」
ラタンが深いため息をついた。ユレグは聞きたくなかったが聞いた。
「どうしたの? 雨にうんざり?」
「いや、私がバカな落とし物をしてもうすぐ一ヶ月かと思うと……」
繰り返される愚痴にうんざりしつつ、無理をさせているのは自分なのでユレグはため息を堪えた。ラタンの持っている探知器はユレグには使えないので交代もできないし。
ここ数日、二人は狭い地域をぐるぐると歩き回っていた。近づいたと思ったら何もない、ということばかりでわけがわからなかった。探知器が伝説の楽器に反応したのも、探知器を半分落としたことも初めてだったので何がどう影響しているのか皆目わからなかった。
「ねぇ、せめて誰か知ってそうな人に聞いてみちゃだめ? 例の楽器を見つけたことは伏せといてさ」
ラタンが少し投げやりな感じで言った。
「誰かって誰よ。探知器なくしちゃったんですけどって言うの? 絶対チクられるよ」
「いっそ伝説の楽器を一番に見せてあげることを条件に黙っててもらうとか。ユレグみたいな人なら協力してくれるかも。あーでもそんな人いたかなー」
大きな水たまりの中を狂ったように歩き始めたラタンをユレグは苦々しげに見ていた。しぶきが足元に飛んで来る。最終的にラタンが寝転んで「もうやだー」と言い始めたところで諦めた。
「わかったよ。ちょっと待ってて」と言って、ユレグはビオラを弾き始めた。ラタンは「ありがとう」と言って馬鹿な真似をやめて大人しく演奏が終わるのを待った。あれだけ転げ回ったのに、何一つ汚れていない。
「近くに探知器と伝説の楽器があるから、両方と共鳴してて見つからないんだって」ユレグは言った。
「話したの? 見つけたって」ラタンがちょっと驚いたように言った。
「しょうがなかったの」とユレグは苛々した様子だったのでラタンはそれ以上は聞かないことにした。
「それで、まず探知器を見つける必要があるんだけど、何か叩いてみたら。だって」
「え、これで?」ラタンは焦げ茶色の棒を見た。
「そう。いいんじゃない? そこのガードレールとかで」
「えぇ……」ラタンは戸惑った。傷が付きそうで嫌だったがユレグは機嫌が悪そうだし、なるべく綺麗な面同士がぶつかるように控えめに、棒をガードレールに当てた。そしてはっとした。
「どう? それで探知器だけに共鳴を限定できるみたいに言ってたけど」ユレグが言う。振り向いたラタンは青ざめた顔をしていた。
「うん、多分。さっきよりは……。でもこれさ、ものすごく、体力持ってかれる」
「ゆっくり行きましょ」
◆
夕方、葉月は素焼きアーモンドを砕いていた。なんとなく買って結局食べていなかった余り物だ。それをケースからビニール袋に移し、麺棒で叩く。小さくなった欠片たちをクッキー生地に合わせて、麺棒で平らにのばした。やっぱり麺棒にしては少し短い。
それは先日転ぶ原因となった焦げ茶色の棒だった。左手の痛みが治まった頃、部屋の隅に転がっているのに気付いた。フローリングが同じような色だったので存在を忘れていたのだ。
絶対に違うと思いつつ、葉月には麺棒以外に用途が思いつかなかった。外に落ちていた物を調理器具として使うのは少し気が引けたが、食材に直接触れさせなければそんなに気にならない。多少短くても生地は思ったより綺麗にのびた。
その棒は改めて見ると、綺麗な棒だった。木目のような模様があり、滑らかな手触りで、小さい割に重みがある。中身が詰まった固い木でできているのだろう。穴や溝はない、ただの棒。あの日は酷い一日だった。と思い返しながら、葉月はなんとなくそれを手元に置いておくことにしたのだった。
クッキーが焼き終わり冷める頃には、来週提出のレポートが終わっていた。達成感に浸る間もなく、約束の時間が迫っていることに気付いた。夏至っていつだっけ。と思いながら歯ブラシやパジャマをバッグに詰めて急いで出かけた。今日は真莉愛の部屋に泊まりに行く約束をしていたのだ。
自転車を止める場所がないというので歩いていかなければならなかった。彼女の部屋に着く頃には汗だくだった。真莉愛の部屋に着くと、エアコンの涼しい風とおいしそうな匂いが葉月を包んだ。夕食の用意は任せて、と言っていただけあってテーブルの上は手の込んでいそうな料理でいっぱいだった。
「すごいね。調味料といえば卓上醤油しか持ってなかったのに」葉月は揚げ出し豆腐を箸で割ながら言った。真莉愛も準備も片付けも面倒で料理が嫌いだった。それでいつも惣菜や外食ですませていた。
それが半年くらい前に彼氏ができてがらりと変わった。彼は料理上手で、最初はラッキーと思っていたが、見ている内に自分もやりたくなったというのだ。話には聞いていたがこうして振る舞ってもらうのは初めてだった。
「このお肉、すごく柔らかいね。彼とは一緒に料理したりするの?」
「別れた。一昨日」真莉愛はそう言って急に泣き出した。葉月は軽くむせた。
「え? あの陸上部で経済学部の人だよね」
真莉愛は鼻をかんでタオルを濡らしに行った。その間も涙が止まらないようだった。
「なんか、嫌いじゃないけど好きでもなくなったって。一緒にいる意味もよくわかんないから別れるって言われた」
「そっかー……」
それで急に泊まりに来ないか、なんて言い出したのかと葉月は納得した。明日は土曜で用事もないから二つ返事で了承したのだ。なんとなく元気がなさそうだとは思っていた。
「二人で食べようと思って買い置きした材料なんだけど、もう使っちゃいたくて。一人で食べるの嫌で呼んじゃった」真莉愛は弱々しく笑った。
「なんていうか、残念だったね。でもそのお陰で私はこんなにおいしい晩ご飯にありつけてるのかと思うと複雑だわ」
葉月は食べるのを再開した。真莉愛は彼は味付けがどうのとか切り方がどうのとか色々思い出を語った。葉月は食べながらずっと聞いていた。すっかりお腹いっぱいになってしまった頃、やっと真莉愛は食べるのを再開した。
「ちょっとスッキリした。急だったからさ。全然そんな気配なかったから。私がのほほんとしてる間に相手が別れ話のことを考えてたのかと思うと、なんだかなーと思うよ」目は赤くなっていた。
「急だよね、別れって。恋人に限らずさ」
葉月がそう言うと、真莉愛は箸を止めた。
「何? 葉月までどっか行っちゃうの?」
「どうしてそうなるの。違うよ。ちょっと思っただけ」
「急に学校やめたりしないでよね。寂しいから」
「彼氏ができたら疎遠になるくせに」
「それはそれでしょ」真莉愛は当然のように言って笑った。
一緒に片付けをしてから食後のお茶を飲んだ。真莉愛は葉月のクッキーを喜んで皿に盛った。
「紙袋に入ってたけど」と真莉愛は例の棒を差し出した。慌ててタッパーに入れてしまったらしい。
「この前、テストの日に転んで怪我したのはこれのせい」
「あぁ、あのときの」
誰の落とし物か知らないが今は麺棒として使っていると言うと、真莉愛がちょっと嫌そうな顔をした。
「大丈夫、よく洗ったし、このクッキーはラップを敷いてのばしたし。それじゃダメ?」
「ならいいかな。確かに麺棒にしては立派というかなんというか」
それからハートフルムービーを見て真莉愛はまた号泣した。葉月も少しもらい泣きした。異変が起きたのはエンドロールも終盤に差し掛かったときだった。頭上で大きな音がして葉月はびくりとした。金属がぶつかり合うような、裂けるような引っ掻くような混じり合った音だった。雷でも大雨が降り出したわけでもない、今まで聞いたことのない轟音だった。
「な、なにこれ」
「どうかした?」と真莉愛は鼻をすすりながら映画のディスクをケースにしまった。
「いや、今すごい音したじゃん」
「音? どんな」
「……そこら中で事故が起きたみたいな?」
「そんな大きな音? 気付かなかった」
「や、気のせいかも」と葉月は耳を軽く叩いた。それで何か起きるとは思えなかったが、自分の耳がおかしくなったのかもしれないと思って怖くなった。しかし一度きり、たった数秒のことだったので時間が経つと印象は薄れた。多分気のせいだったのだ。
「ね、白雪姫占いって知ってる?」葉月はフェイスマスクを剥がしている真莉愛に言った。
「なにそれ知らない」
葉月が説明すると真莉愛は笑って「そういうの懐かしいな。やろうよ、折角だし」と言った。明かりを消す頃には日付が変わっていた。
「今日は急な呼び出しに付き合ってくれてありがとね。話せてよかった」と真莉愛が言った。葉月は暗い天井を見ながら返事した。
「実はさ、ちょっと前に……仲良かった友達が死んじゃったんだ。交通事故で、即死だったって。なんか、実感なくて……」
「大丈夫?」真莉愛の気遣った声が聞こえた。
「うん。だから、今日真莉愛とこうして過ごせてよかったって思って。私の方こそ、呼んでくれてありがとね」
その夜、葉月は夢を見た。花菜多と二人で喋っている夢だった。小さなテーブルには綺麗に剥いて切り分けられたリンゴがお皿に盛ってあり、一緒に食べているのだ。内容はわからないが楽しいことを話している。最後に花菜多が自信ありげに言った。
「それを壊したかったらね、落っことすしかないよ」
葉月は深く納得し、必ずそうすると言った。
目が覚めてしばらく、一体何を落っことすのかぼんやりと考えた。落とすと言って最初に思い出すのは単位で、単位を落として壊れるといえば卒業までの時間割計画だった。
真莉愛は開口一番に夢を見たかどうか聞いてきた。
「『彼のことを忘れられるか』って書いたんだけど全く夢見なかった。ま、これだけよく眠れたら多分忘れられるでしょ」と少し腫れた目で笑った。
「私は『年内に彼氏が出来るか』にした。そして、なんとリンゴの夢を見ました」
「え、本当!? どっちだったの」花菜多は卵を焼きながら興奮したように言った。
「わかんない。剥いて切ってあるやつだったから。食べてた」
「味でわかんないの?」
「味なんてなかったよ」葉月は笑った。
「頑張ったら可能性ありそうじゃない?」
真莉愛に朝ご飯を食べさせてもらって、次回は葉月のアパートで遊ぼうという約束をして帰った。
午後になって、本屋に行こうと思い立って外へ出た。風が強く、晴れた空を雲が速く駆けていた。途中、橋の近くで歌が聞こえてきた。たまに、この辺りの河原で歌っている人がいる。二十代か三十代にも見える男の人で、ギターを弾きながら。
聞こえても足を止めたことはなかったが、今日はなんとなく聞いてみたい気になって、葉月は橋の脇にある階段を降りていった。その人は階段を降りてすぐのベンチに座っていて、今は聞いたことのない楽しげな曲を歌っていた。おじいさんが一人、近くのベンチで本を読んでいた。散歩の途中らしく、ベンチにつながれた犬が足元で横になっている。
ゆったりと流れる川面は日光を受けてキラキラと光り、遠くで小鳥が水面の虫を狙ってか、行ったり来たりしているのが見えた。
額に浮いた汗を拭こうとハンカチを出したら、一緒にメモが出てきた。リンゴの絵が描いてあり、その下には「花菜多は死んだ」と書いてあった。葉月はため息をついてじっと見つめ、今朝の夢に意味はあったのか考えてみた。きっと意味なんてない。白雪姫占いは、花菜多との印象深い思い出の一つだから、そういう夢を見たのだ。曖昧な答え。
悲しい響きの歌が聞こえていた。葉月はメモを小さく小さく折りたたんで、河に投げ捨てた。
そのとき、どこからか「あー!」という叫び声が聞こえ、葉月は驚いて振り返った。今の自分の行いを咎められるのかと思ったのだ。後ろにはさっきと変わらない様子の老人と男がいた。声の主がいたのは橋の上だった。女の子が二人、下をのぞき込んでいる。心なしかこっちを見ているような気がする。と思っていると、彼女たちは葉月のもとへやって来た。
「な、なにか……?」恐る恐る聞く。
「これ、持ってるでしょ」と赤茶のふわふわした髪の女の子が言った。差し出されたのは見覚えのある棒で、探してみるとバッグに入れっぱなしだった。どうりで重い感じがすると思っていたのだ。葉月が棒を取り出してみせると二人はとてつもなく喜んで、赤毛の子は涙を流すほどだった。
「そんなに大事なものなの?」葉月はほっとしたが、別の懸念が浮上していた。
「特別な楽器なの」と濡れたような黒髪の子が言って、葉月はますます不安になった。まさか楽器だとは微塵も思わなかった。二人にとっては大事なものらしい。それを踏みつけた上、壁に投げアーモンドを叩き割り生地をのばすのに使用したのだ。
「あの、傷、ついてないかな……」葉月は後悔しながら言った。
「大丈夫大丈夫、ちょっとやそっとで壊れないから。そうなら上空から落とした時点で諦めるわ」
そんなことより、と黒髪の子は葉月を見つめた。目線は同じ高さだが、ビックリするほど高いヒールを履いているので本当は赤毛の子と同じくらい小柄なのだろう。
「な、何?」
「どうして私たちのことが見えてるのかな」
と彼女は首をかしげた。