2話 イザベルの提案とウィズの意思
ロタムの村の西の端、山のすぐ真下にあるウィズの家は、他の家より一回りも二回りも大きく、見た目は高床式倉庫のような建物だが、きちんと木でできた窓とドアがついており、家の中はおおきな木のまるいテーブルに椅子が四つ、キッチンには鉄でできた様々な調理器具が置かれている。
その床にディアラルのドラゴンであるレッドヴァンパーという種類のドラゴンが寝転がっている。
レッドヴァンパーは焦げ茶色の体に鋭く尖った真っ赤な牙が特徴で体長はだいたい1.8mほどだが背中から生える羽根はものすごく小さい。レッドヴァンパーは羽はあるものの、空を飛ぶことが出来ず、普段は四足歩行をしている。はるか昔、まだこのドラクリェストができた当時は空を自由に飛び回っていたそうだが、退化していったようだ。レッドヴァンパーは主に生き物の血液を栄養にして生きている。ウィズの家では牛や馬などを捌く際にでる血や、血が沢山詰まっている心臓などを買い与えている。
ウィズがゆっくりと家の中に入るとディアラルとイザベルはもう椅子に座っており、イザベルの膝には彼女のドラゴンフェアリックドラゴンのサリヌアが寝っ転がっている。
フェアリックドラゴンは目が大きく小さな羽でパタパタ飛ぶのが特徴的なドラゴンでこのドラクリェストに住むドラゴンの中で平均体長は約50cmと一番小さいと言われているドラゴンだが、知能指数が高く、人間の扱う道具を一度見ただけで使えたり、稀に人の言葉を喋るドラゴンもいるという。
ドラゴンは基本的に“ゴンクロラシィ”というテレパシーのようなものを使って会話をするのだが、フェアリックドラゴンの極々少数は人間のような声帯を持ち、人の言葉をきちんと口で話すことが出来るらしい。
イザベルのサリヌアは残念ながら話すことは出来ないが、字を書くことができ、たまにウィズと文通のようなことをしている。
家に入ってきたウィズを見たイザベルが自身の前の椅子に座るように促し、ウィズは着席した。
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さて、とイザベルは話を始めた。
「今日で10日目よ。自分のドラゴンを見つけたいのは構わないしその気持ちはわかるわ。でもね、ドラゴンの中にはわたくしのサリヌアやあそこで寝ているレッドヴァンパーのように比較的大人しいドラゴンばかりではないの」
イザベルはサリヌアの頭を撫でながら淡々と話していく。ウィズは俯き、何度も聞いた話に呆れながら大人しく聞いている。
「わたくしのサリヌアの子供かお父様のシルベスの子供かどちらかそろそろ選ばないこと?まずはドラゴンを貰ってそこから自分のドラゴンを見つければよくってよ」
イザベルが手をパンパンと2回鳴らすと奥の扉が開き、アラン家の手に小さなバスケットを持った少し年配の家政婦が出てきた。
家政婦はテーブルの横まで来ると、バスケットを置きかかっていた布をサッとはずした。
すると中にレッドヴァンパーとフェアリックドラゴンの子供が一匹ずつ入っていて共に小さな寝息を立てて寝ている。
「お前の気持ちはわかるが、今は父さんたちのドラゴンの子どもを使役させなさい。子供の頃から調教をすれば腕輪無しでも言うことを聞いてくれるから」
イザベルが話している間顔を下に向け、口を閉ざしたままのウィズにディアラルが優しく促すが、自分でみつけたドラゴンがいいという気持ちが強いウィズは首を小さく横に振った。
そんなウィズを見たイザベルとディアラルは顔を見合わせ聞こえないように小さくため息をつき、
「そんなに自分のドラゴンが欲しいのならローターマウンテンに行きなさい」
イザベルはこう言った。
家政婦がローターマウンテンという単語に驚き、奥様、それはさすがにと止めようとしたが、イザベルは聞かずに話を進めた。
「あなたは小さな頃からあの伝説のドラゴンマスターに憧れていたわね。あのローターマウンテンにはかつてこの大陸を作り出したというロータードラゴンが住んでいるという伝説のような噂のようなそんな話があるの。ドラゴンマスターを目指すのならロータードラゴンを使役し、わたくしたちの前に連れてきてみなさい。わたくしもお父様もあなたの意思がそこまで硬いのならば無理にとはいいません。件のドラゴンはローターマウンテンの最深部にいると言われています。ですが、意思あるものが山に入るとロータードラゴンは自らその姿を現し、そしてその者を主と認めるそうです。あなたが本当にドラゴンマスターになりたいというのならローターマウンテンに行きなさい」
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ウィズが自分の部屋に行ったあと、先程話し合いが行われていたテーブルでディアラルとイザベル、フェアリックドラゴンのサリヌアとレッドヴァンパーのシルベスが顔を突合せている。
『イザベル、あの子はああ見えて意思の強い子だ。明日にはローターマウンテンへ行くぞ』
ディアラルのドラゴンであるレッドヴァンパーのシルベスはゴンクロラシィで自身の主の妻に言った。
確かにウィズのドラゴンマスターへの意思は本物だ。昔から村にいるドラゴンたちの世話を引き受けたり、シルベスやサリヌアの体調管理や生態についても幼いながらに研究していた。
だからこそウィズは自身の力でドラゴンを手に入れたいと人一倍強い願望がある。
ウィズが物心つく前から見守っていたシルベスとサリヌアはイザベルの提案に気が気ではない。
「たしかに。ウィズはドラゴンのことになるといつも真剣だった。だが、さすがにローターマウンテンはいきすぎではないか?この村から入口までそう大した距離ではないにしろ、中はドラゴンたちの住処になっているし迷路のようにもなっている。わたしだって村長になるために若い頃最深部まで行ったが、それでも2ヶ月はかかった」
昔を思い出すかのように目線を上にあげ、少し遠くを見つめるディアラル。
彼はかつてまだイザベルと知り合って間もない頃、自身の父親から村長になるため、ローターマウンテンの最深部へ向かい、そこにあるロタムの村に代々伝わる鏡を取りに行けと言われ、ローターマウンテンを冒険したことがある。
その時にはもうすでにシルベスはいたものの、内部の複雑な構造、草原や森にいるドラゴンより凶暴な種に遭遇し結局最深部の“紅の間”に着いたのは2ヶ月後だったという。
だが、2ヶ月も山の洞窟にいるとさすがに気が滅入ると思ったディアラルは数日に一度は村へ帰り、食糧などを確保したあと、また洞窟へ入るを繰り返したのだ。
そして2ヶ月後にようやく“紅の間”にたどり着き鏡を持ち帰ったという。
その後しばらくして村長になり、イザベルと結婚したそうだ。
『あなたの考えていることは大体わかる。だけどさすがにドラゴンがいないあの子ではあそこは危険すぎる。なにかあったら』
フェアリックドラゴンのサリヌアがイザベルに辞めさすように促すが、サリヌアの言葉に被せるようにしてイザベルが言った。
「あなた達はあの子のことを信じているのでしょう?ならば何故そこまでとめようとするのですか。あの子の意思が本物なのであればこれくらい軽く乗り越えて頂かないと困ります。それにもしドラゴンを手に入れてこのドラクリェストを旅するのであれば親の壁など乗り越えて強くならないと」
イザベルは自身の息子の部屋の扉をじっと見つめ静かにそう言った。
その言葉や目には息子に強くなって欲しい、自分たちを乗り越えて欲しいという願いと、自分が提案したことで息子に万が一のことがあればどうしようという心配の感情もこもっているきがして、ディアラル、サリヌア、シルベスの3人(?)はそれ以上は何も言わなかった。
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ローターマウンテンの洞窟の入口で見つけた紅く輝く宝石を手に横たわるウィズ。
イザベルが何故あんなことを言ったのか、恐らく真意には気づいてはいないが、自分のことを考えてくれているのかなと思いながら手を大きく伸ばし天井を見た。
世界を見たい。彼のドラゴンマスターのように自分もなりたい。小さい時からの夢が現実になる事を祈っていた。だが、祈るだけでは何も始まらない。行動をしなくては、そう思いイザベルとディアラルのドラゴンの子を貰うことを拒否したのだ。
10日間も頑張ってみたものの何の成果も得られず、毎日手ぶらで帰る日が続いた。
だがもし伝説のロータードラゴンを使役することができたら…。
ウィズは明日の朝ローターマウンテンへ向かうことを決意し、宝石を枕元に置き静かに目を閉じた。
ぽぅ…と輝く宝石。光を反射しているのではなく自ら光を放っている。
そんなこととはつゆ知らず、ウィズは静かに寝息を立ててドラゴンマスターになった夢を見ているのかむにゃむにゃと寝言を言っていた。