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第8章~先行き不透明~

 7月2日、月曜日。Kの朝は早い。午前5時45分には眠い目をこすりながら起床する。それから朝食、シャワー、テレビでニュースをチェック・・・と立て続けにやることが発生する。さぁ、今日新しくやることが発生する。それは、「連れ子」であるサンガンピュールの朝食を作ることなど、身の回りの世話をすることだ。まずはトースト2枚をオーブンで焼き、ハムを乗せておく。オレンジジュースを用意する。

 そしてシャワーを浴び、着替えた後、フランス語の筆談でサンガンピュールにメッセージを残した。


 「J'ai fait ton petit déjeuner.Je serai de retour à 21h.」

 (君の朝食は作りました。21時には帰る予定です)


 これをサンガンピュールの隣に置き、何のトラブルも起こらないことを期待しつつ、6時半に自宅を出た。

 土浦駅からJR常磐線の電車に乗り、北千住駅に向かう。そこで地下鉄千代田線に乗り換え、明治神宮前駅で降りる。約1時間40分もかかる長距離通勤だ。それにしても移動途中はとても眠かった。昨日、イギリスから帰国したばかり。時差ボケがまだ直らない。

 8時40分、ゴールデン出版に出勤。少し休憩したら9時には朝礼がある。それが終わると本格的な勤務開始となる。いつもと同じように仕事をこなす。だが自宅のことが心配でしょうがない。遂に我慢できなくなったKは正午になると自宅に電話をかけた。


 サンガンピュール「Oui?」

 K「良かった・・・」

 ちゃんと電話に出てくれた。おっと、こうしちゃいられない。簡単なフランス語でいくつか質問してみる。

 K「ねぇ、朝ご飯、食べた?」

 サンガンピュール「うん、食べたよ」

 K「そうか、それはよかった。今ね、会社から電話をかけてるんだ」

 サンガンピュール「うん。夜、とても遅いの?」

 K「そうなんだよ。いつも夜9時頃に帰ってきちゃうんだよ」

 サンガンピュール「え~~、お昼ご飯は?晩ご飯は?」

 彼女の昼食と夕食については、ノープランに近かった。

 K「・・・すまん。じゃあ、冷蔵庫にパンが残っているから。お腹がすいたら、それを食べててくれ。それしか方法がないんだ」

 サンガンピュール「え~、つまんない!」

 K「本当にごめん!じゃあ、一旦電話切るね」


 彼女にとっては初めてとなる極東の異国で、粗末な食事しか用意しようがないとは、保護者失格だとKは感じた。


 時間に追われるように仕事をし、退勤したのが19時過ぎ。そこから千代田線、常磐線と乗り継いで土浦に帰った。Kは最悪の事態に備え、カップヌードル10個、冷凍食品としての野菜炒め3袋、レトルトごはん5袋、オレンジジュースのペットボトルをコンビニで買い込んだ。

 K「ただいま!」

 最悪の事態を覚悟した。・・・しかし自宅の中は静かだった。よく見てみると、サンガンピュールはテレビが設置されているリビングルームで寝ていた。どうやら夏の暑さや、だるさに耐えきれなくなって寝てしまったらしい。そして何より、家の中が暑い。よく考えたらエアコンがずっとオフになっていた!このままでは脱水症状になる。急いでエアコンのスイッチを入れ、冷房を25度に設定した。そして急いで彼女を起こした。


 サンガンピュール「お・・・おじさん?」

 K「そうだ。・・・良かったぁ・・・」

 思わず抱きしめたくなった。ひとまず安心。脱水症状を回避するためにも、冷蔵庫に入れていた牛乳を飲ませた。とても喉が渇いていたらしく、一杯目をすぐに飲み干した。Kがすぐに二杯目を注いだ。次に食べ物。お湯を沸かし、カップヌードルを食べさせた。何から何まで急なことなので、こんな簡単な食事しか用意できなかった。

 また、Kにとっては重大な問題があった。それは、サンガンピュールをこの先どう育てるかであった。彼は未婚であるがゆえに育児経験ゼロであった。11年前に「もう恋なんてしない」と決心した彼は、志村けんみたいに生涯独身を貫こうとも考えていた。よって彼は独身貴族である。そのため成り行きで保護した彼女の教育について彼自身、何から手をつけたらいいのか分からない状態であった。


 その晩、Kはとある親族に電話をかけた。

 「もしもし」

 K「こんばんは、詩織さん。夜分遅くにすみません」

 一人の女性が電話に出た。彼女はKの兄・Mの妻である。Kの両親からは「間違っていることは『間違っている』とはっきり言う、しっかり者の嫁」という高評価である。Kはロンドンで起こった出来事の一部始終を説明した。


 詩織「・・・本当なの?それって未成年者略取誘拐にあたらないのかしら?」

 K「違います、彼女の強い希望なんです!」

 Kが必死になって主張していることは明らかだった。

 詩織「ふぅ~ん、『彼女の強い希望』ねぇ・・・」

 これで人生の行き止まりかと思った。しかし電話の返事は意外だった。


 詩織「分かったわ。明後日の朝、その子を自宅に連れてきて」

 K「・・・分かりました。ご迷惑をお掛けします・・・」

 詩織「勘違いしないで下さい。これは、あなたの負担を減らすためではありません。その子の命を守るためです」


 Kは義姉から正論を言われて、耳が痛い状態だった。取り敢えずお礼を言って、電話を切った。脈ありだが、どうなることやら。

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