第5章~新しい自分を自己紹介。~
その雷に打たれて顔や身体が大きく変形した少女の名前は、「サンガンピュール」といった。サンガンピュール(Sangimpur)とは、フランス語で「不浄な血」という意味。愛を叫ぶ、従来のスーパーヒロインとは違い、生まれ変わった後、両親の愛を失った彼女らしい名前だったと言えるかもしれない。その血なまぐさい名前からは、「私は今までのスーパーヒロインとは違う!」という彼女の主張が見える。
サンガンピュール「おじさん、これを見てほしいの」
K「何をだ?」
サンガンピュール「ほいっと」
彼女は右手を差し出し、手前にあるフォルクスワーゲン・ゴルフ3を指さした。これは先ほど全滅させたギャングの移動手段だった。彼女は真剣な面持ちで右手に力を入れた。すると、ゴルフ3は宙に浮いた。Kは思わず「信じられない」といった表情だ。
サンガンピュール「驚くのはここからよ」
ゴルフ3を10メートル程の高さまで持ち上げた後、そこから右手を下へ切った。ゴルフ3は支えを失ったかの如くあっという間に地面に叩きつけられてしまい、粉々になってしまった。
K「・・・これは・・・」
彼女の超能力は、直接ふれることなく様々なものを分離させたり、投げたりすることだ。「天井よ、崩れろ!」と言い聞かせれば、建物の天井が崩れてしまう。大きな4tトラックでさえも、手を通して念力で移動させることができる。
先ほどギャングとの戦闘で使用した武器は拳銃(グロック26)にライトセーバー(赤色)の2種類である。
セミロングの黒髪。そして目の色は血の色であり、情熱の色でもある赤。服装の色は上下とも茶色がベース。キリスト教の聖職者が着るような服装で、上半身部分はスリーブ、長袖つきのTシャツみたいな感じ。下半身部分はロングスカートというスタイル。まさに異色のスーパーヒロイン、サンガンピュールの誕生であった。
話を元に戻そう。
サンガンピュール「今、あたしが相手にしていたギャングは、ヘロインの売人よ」
相手の素性を伝えた。
K「いや、だからって・・・」
Kは困惑を隠せない。危険な薬物の売買は日本やイギリスではもちろんのこと、ほぼ世界中で重罪とされている。特にシンガポールやインドネシアといった東南アジアの国々では、死刑を宣告されることも珍しくない。薬物の中でもヘロインは、最初は多幸感を味わえるものの、その後は筋肉に激痛が走るほどの禁断症状が現れる。実に危険な薬物である。
サンガンピュール「あたしね、マリー・ヴァランタンではない新しい自分にね、さっき目覚めたの。それが・・・0時前だったかなぁ」
K「0時前っていうと、君が病院から脱走した時間帯じゃん!」
サンガンピュール「そうみたいね。その時さ、強い雨が降ってたよね」
K「ああ、そうだな」
サンガンピュール「雷も鳴っていたと思うの。その時あたしね、神様から大切なことを言われた気がするの」
・・・少しきな臭くなってきた。
K「何て?」
サンガンピュール「身体の中からモヤモヤと、神様からのメッセージが湧いてきたの。『あなたは自分に有益な、偉大な力をを持っている。この世の役に立つことに使いなさい。そう、ジャンヌ・ダルクのように』『今、あなたがいる病院の近くに、周りの人たちに害を与える人たちがいる。彼らはヘロインの密売人。さぁ、今こそ自分に与えられた力を使い、平和を取り返しなさい』」
雷雨を通して「神様」からのメッセージを聞いた。15世紀前半にフランスを滅亡の危機から救った少女、ジャンヌ・ダルクの要素が入っているとKは思った。しかし、当然であるが疑心暗鬼である。
サンガンピュール「さぁ、病院に帰るわよ。おじさんも、早く日本に帰ったら」
サンガンピュールはKに対して辛辣な一言を放った。だがこの瞬間、Kは自身の帰国に合わせて彼女を日本に連れていくことを決意した。不慮の事故で両親を亡くした。祖父母は連絡が取れたとしても引き取ってはくれないだろう。ロンドンにいたら、また誰か変な組織から目をつけられる。それはフランスに帰国しても同じだろう。
ロンドンから1万キロ程離れた日本なら、しばらくは行方をくらますことができる。それに、Kには個人的な想いがあった。
K「兄さんが結婚したのが10年以上も前。しかも今は小学生の息子がいる。・・・それに比べて俺には彼女もいない。確かに早く結婚してみたいという願望はあるけど、こんなちっちゃい子どもを引き取るんじゃ、順序が逆になっちゃう・・・。だけどどうだろう。こんなチャンスは今後あるだろうか。いや、無い。しかも俺を頼ってきた。だったら、覚悟を決めて引き受けよう」
ややゲスな気持ちが入ったものの、Kはこの事件を「自分に与えられた天命」と信じた。サンガンピュールの退院及びKのロンドン出張の全日程を終えた段階で、Kはサンガンピュールの身元を引き受けることとなった。