第1章~嵐の前の静けさ~
2000年12月23日、土曜日の夜。21世紀まであと9日。正にカウントダウンが進行中であった。新しい世紀に向けて、世界中の人々は希望を抱いていた。自分の可能性を極めること、できないことができる世の中になること、そして平和な世界が実現できること…。たくさんの人々がそれぞれの思いを馳せていた。このフランス人の少女も例外ではなかった。
父「マリー、10歳の誕生日、おめでとう!」
母「私からも、マリー、おめでとう」
マリー「ありがとう、パパ、ママ!」
ここはフランス中部の大都市・リヨン。その郊外にある自宅で、マリー・ヴァランタン(Marie Valentine)は10歳の誕生日を迎えた。とにかく明るい性格で両親からも好かれていた。つい2,3年前までは、カートゥーンネットワークで放送されているヒーローもののアニメに夢中になっていた。空を飛んだり、武器を握って敵と戦ったり・・・。超人的な能力を持って戦うヒーローの姿に憧れていた。幼稚園に通っていた時には友達あるいは父親と共にごっこ遊びを何度やったことか。10歳になった今では懐かしい思い出だ。
父「将来はどんな人になりたい?」
マリー「う~ん・・・、科学者!」
母「科学者?なんで?」
マリー「あたしはパワーパフガールズみたいにはなれないけど、ユートニウム博士みたいな科学者になることはできると思う。それで、ヒーロー達を支えてあげるんだ!」
前年まで見まくったアニメの登場人物に例えながら話す娘を見て、母は微笑ましくもある一方で、将来が少し心配になっている。
母「あらあら。幼稚園の頃は『お花屋さんになりたい』って言ってたのにねぇ」
マリー「もう、ママったらやめてよ!」
父「ハハハハハ・・・」
こんな調子で一家団欒を楽しむ家庭であった。
ささやかな誕生日パーティーも佳境に入った時のこと。
父「ところで、パパからお知らせがあります」
母「なに、あなた」
父「来年(2001年)のバカンスの行き先は、ロンドンに決定しました!」
マリー「・・・ロンドン!?」
母「あなたにとっては初めてかしら、外国に旅行するのは」
思えばその通りだった。これまで遠いところといえばパリ(高速列車・TGVで2時間ほどかかる)しか行ったことのなかった彼女。来年の夏休みが今から楽しみになってきた。
2001年6月24日、日曜日の午前。マリーは両親と共にロンドンに向けて出発した。リヨンからロンドンへ直行便というものは無く、パリ(シャルル・ド・ゴール空港)で乗り換えたうえでの訪英だった。
彼女は初日から大はしゃぎだった。一行はヒースロー空港から地下鉄に乗り、サウス・ケンジントンまで移動。予約していたホテルで一旦荷物を預けてからは、テムズ川の畔の公園で遊んだり、名物の赤い2階建てバスに乗ってはしゃいだりして、とにかく楽しんでいた。2日目となる月曜日はバッキンガム宮殿、大英博物館を訪問。しかし、博物館では何を書かれているのかさっぱり分からないものが多かった。そもそも彼女は英語ができないのだ。そして父の趣味に付き合わされる形でアーセナルのサッカースタジアムを訪問。確かにマリーにとっては久しぶりに印象に残る思い出となった。しかしこの旅行は、彼女の人生をゼロからリセットするのと同じように、大きく変えてしまった。