第9章~育児をどうする?~
7月3日、火曜日の夜。Kは一旦帰宅した後、サンガンピュールを連れて外出した。スーツ姿と仕事用カバンを持っての外出だった。常磐線の上野行きの普通列車に乗り込み、取手駅で下車。取手駅西口ではMが車で駆けつけてくれていた。時刻は22時を過ぎていた。MはKとサンガンピュールを自家用車である日産・マーチに乗せた後、おちゃらけて見せた。
M「よう、Kが女の子を拉致したと聞いてびっくりしたぜ」
Mは大学を卒業後、現在に至るまで取手市役所の職員として働いている。28歳の時に結婚した詩織さんとは大学生時代からの付き合いだ。
K「人聞きの悪いことを言うな!」
実兄の冗談が好きな性格に、Kは全くついていけなかった。小学生だった頃から、兄の冗談に対して本気で怒ったことが何度もあった。
Mが車を走らせること15分ほど。列車の最寄り駅だと関東鉄道常総線の寺原駅の近くにあたる。
M「ただいま!」
K「こんばんは。お邪魔します」
Mの声に続いてKも挨拶する。
詩織「お帰りなさい・・・まぁ、ちっちゃい子!可愛いわねぇ」
低身長で丸っこい顔のサンガンピュールを初対面の人が一言で表すとすれば、「ちっちゃくて可愛い」に尽きるだろう。
サンガンピュール「た・・・」
日本語で何かを言いたそうだ。
サンガンピュール「た・・・だいま・・・?」
詩織「あら、えらいわねぇ、ちゃんと言えたじゃない」
きちんと褒めた後、詩織は続けて挨拶した。
詩織「Bonsoir.」
サンガンピュール「ボ・・・Bonsoir!」
突然のフランス語に戸惑ったものの、サンガンピュールはひとまず元気よく挨拶した。
K「詩織さん、フランス語ができるんですか?」
詩織「いいえ、全然できないです。ネットで簡単に調べただけなので」
詩織は事前にフランス語での簡単な挨拶をインターネットでチェックしていたのだ。こういう抜け目のないところが詩織の魅力だ。
K「あれ、稜君は?」
稜はMと詩織夫婦の一人息子だ。Kから見れば甥に当たる。
M「稜ならもう9時半頃に寝ちゃったよ。まだ小学3年生なんだから、しっかり寝ないと」
K「・・・もう小3かぁ・・・」
感慨にふけるKであった。
2人はひとまず用意していた夕食をいただくことにする。今夜の献立は、チキンライスとブロッコリー、コーン中心のサラダだ。
詩織「どうぞ!」
サンガンピュールはいきなりチキンライスをスプーンですくって一口食べた。すると、
サンガンピュール「うっ・・・!Chaud,chaud!」
思わずフランス語が飛び出した。
K「詩織さん、水を!『熱い』だって!」
Kが機転を利かせて、詩織に冷たい水を持ってこさせた。サンガンピュールは雷に打たれたせいで、体内での感覚も麻痺してしまったのだろうか。
食事中、詩織はKにいくつか質問した。
詩織「で、この子、どうするつもりですか?」
K「それは・・・」
Kは言葉に詰まる。どう具体的な説明をすべきか、全く答えが浮かばなかった。
詩織「・・・はぁ、呆れてものも言えないわ。後先考えないでロンドンから連れてきたの?」
ため息をついた詩織の言葉が思わずタメ口になった。感情を露にして話している証拠だ。
詩織「・・・言葉も通じないフランス人の子どもを、この町(取手市)や土浦市が受け入れてくれる余裕があると思ってるのですか?」
K「いや、まぁ・・・水戸あたりに行けば外国人の子どもについて相談に乗ってくれるところもあるのかな、と思いまして・・・」
県庁所在地に行けば何とかなるだとか、甘い見通ししか持っていないK。
詩織「受け入れられるアテはあるのですか?」
K「・・・」
また無言になってしまった。
詩織「だったら、土曜日までうちで預かっても構いませんが?」
K「本当ですか!?」
予想外の提案にKは驚いた。だがKにとっては願ったり叶ったりだ。おいしい食事を与えることは期待できないし、なおかつ自分は長距離通勤の身。朝は早く、夜はとても遅い。
詩織「ただし、翌週からどうするかはKさんが決めることですけど」
取り敢えず問題解決を次の週末まで先送りすることはできた。しかし、そこから先はどうするか、Kは想像もつかなかった。




