第17話(3) 凶神の演目
……即死だった。
背後から心臓の位置を一突きに去れていた。
ぶんっ……と振り捨てるとスピカはめぐるの側まで転がる。
死んでいるはずのスピカの死体は偶然なのか……それともまだ生きているのではないかと思わせるかのように気を失っているめぐるの手を握っていた。
「……すっスピカ? ……嘘だよね?」
ルリの膝がすとんと地面に落ち、ゆっくりとその目から涙がこぼれる。
「やっ約束っ! 約束したよね? 一緒にめぐるを守るって……なんで……ひっく……うっ……」
ルリはその場に泣き崩れる。
それを見ていたグシャラボラスがため息混じりに……
「はぁ……やれやれ。戦闘中ですよ? 仲間が死ぬかもしれないのは当たり前。てめえの心配をしろってのっ!」
グシャラボラスの殴打がルリめがけて飛んでくるが、ヴィルヘルムが割って入る。
「ぐっ!」
「ほーうっ! これはこれでいいシーンだ! いつまでもつのかな!?」
ガキィッン! ガキィッン! ガキィッン! とたくさんの連擊を一本の斧で必死に防ぐ……明らかに一撃一撃を手加減されている。
「はっはっはああああ! まだまだ耐えるかね!? 先ほどの傷も癒えてないのに!」
笑った一瞬の隙を突きヴィルヘルムが強化された脚力で一気に間合いを詰める。
ヴィルヘルムの握られた拳には紫炎が纏っていた。その状態で殴り付ける。
「【紅蓮掌打】!」
ぱしぃっ! その拳は簡単に弾かれる。
そして鷲の顔をした手を普通の手に戻し、ヴィルヘルムの顔をアイアンクローのように掴み持ち上げ少しずつ力を込めていく。
「ぐっ……ぐあ……ああああああ」
「あれから10年たったというのに一柱……フェネクスの力を少ししか引き出せてないとは……完全にコントロールできていたら話は変わっていただろう」
「うぐっ……」
ヴィルヘルムを壁に投げ捨てる。
壁に叩きつけられたヴィルヘルムは右手から紫炎を出し胸に押しててた……
そうすると少しずつではあるが体の傷が薄い紫色の炎を帯び傷がゆっくりと消えていく。
「奴の得意な不死の力……回復の力すらこの程度とは半殺しにして命の危機まで持っていけば今より力を使いこなせるのかな」
グシャラボラスが今だ倒れているヴィルヘルムに近づいていく。
ガキィッン!
「何の真似だね?」
グシャラボラスの前の空間が斬擊で引き裂かれる。
グシャラボラスが目を向けると涙を流しながら剣を振るったであろうルリが立っていた。
「貴様だけは……絶対に許さない!」
ルリが剣を構え突撃する。無視をして斬られようとしたグシャラボラスだが、何かに気付き咄嗟に手をまた鷲の姿に変えそのくちばしの部分で防ぐ……
「驚いたよ! 人間には突発的に力を発揮できることは知っていたがこのタイミングでかっ! 面白い! お前の剣は今私に少しダメージを与える程度にまでは成長したぞ!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れえええええええ!」
ルリは夢中で剣を振るう。
「だが、その程度だ……」
「……うっ!」
脇にグシャラボラスの蹴りがめり込む。ボキボキっ! 骨が折れ内臓に刺さる感覚がした。グシャラボラスも確実な手応えがあった……
「ぐっうううう! 【ホーリーヒール】!」
めぐるに込めてもらった魔法を起動した。そして、動けるようになり直ぐ叫ぶ
「【聖斬擊の約束-セイントメントエンゲージ】!」
「ふっ! どうやってあの一撃を無傷で凌いだのかは知らないがそのあとのお前の攻撃は効かんぞ!」
「……たしかに、一撃では貴様にちょっとした傷くらいしか浸けられない。しかし、それはあくまでも一撃分の話だ……」
今までの斬擊よりも濃い光の斬擊が空間に走り、グシャラボラスの胴を斜めに深く斬り裂いた。
「ぐっ! ぐああああああああああああ!」
「……今の斬擊は五擊分を一つの斬擊に集中させたもの【収束する聖斬擊の約束-コンバートエンゲージ】」
グシャラボラスから緑色の血が吹き出る。
「ぐっ……やったよスピカ」
ルリの手はプルプルと小刻みに震え、剣をその場に置く。【収束する聖斬擊の約束】を放ち、腕が限界以上の約束を行ったため筋肉が断裂するフィードバックを受けたためである。
「やってねぇよ」
ドガっ!
「ぐげぇっ!」
ルリの腹に蹴りがめり込む。
「痛えじゃねぇか! このやろう!」
倒れているルリが何度も蹴られる。
「……っ! ……!」
「やっ! やめろよ! ……やめ!」
ヴィルヘルムが叫ぼうとするが声が先ほどのダメージで上手く出ない。
グシャラボラスが本気で蹴ればルリは死んでいただろうが明らかに手を抜いて痛め付けるため何度も何度も蹴りを入れられる。
「この! ゴミくずがっ!」
最後の蹴りでルリも数メートル蹴り飛ばされゴロゴロ人の体とは思えない転がり方でヴィルヘルムの近くに飛ばされた。
「ルリ……大丈夫か?」
ヴィルヘルムはルリを見ると、最初にあった美人の顔とは思えないほど涙をと泥でぐしゃぐしゃに汚れていた。震えながら手をスピカの方へと伸ばし……
「……ズビ……ガ!……ごめっ……ご……めんっ……」
「……ルリ!」
ルリの懸命な姿を見て、ヴィルヘルムからも涙が零れた。
「この痛みの代償は死! 死を持って償ってもらううううう! 簡単には殺さねえええぞおおおお!」
「ひっ……!」
グシャラボラスは激昂している。あれが悪魔を越えた存在である魔神……そして、自分の中にも同じ奴らが封じ込められているヴィルヘルムはルリをやられた悔しさや恨みもあったがそれ以上に恐怖し失禁していた。
その激昂が一瞬にして静かになる……
「【死者蘇生】」
青く光る綺麗な魔方陣が地面に描かれその上に女神のような形をした光が表れた。
その光の女神は絶命したスピカを優しく包みこんだ。
するとスピカの胸が小さく動きだした。
「【ヒールサークル】」
別の魔方陣が周囲に展開され三人の傷が癒えてくる。
ルリは回復の途中だがふらつきながら立ち上がりぼろぼろ泣きながら目的の場所へと向かう……
「めぐるぅ……めぐるぅううううう!」
「ルリさん、ごめんなさい。辛かったですよね。スピカも……でも、安心してください。準備は整いました」
「……う……うっ……んっ」
「【聖丈アスクレピオス】」
ルリを抱いている片手だけを離し、その手にアスクレピオスを権現させる。
「【エンチャント:マスター】」
アスクレピオスをぎゆっと握り込むとアスクレピオスが消え、めぐるの鎖骨の間に小さな光輝く十字架が現れる。
「ルリさん……待ってて。すぐにカタをつけてくるから」
「貴様! レイズデッドが使えるとは貴様も超越位階者か!?」
グシャラボラスが聞いてくる。
「僕が誰なのかはどうでもいいです」
「なんだと……」
「もう僕たちの前から消えてください」
……
……
……
「……んっ……」
「スピカっ! スピカっ!」
スピカが目を覚ましルリが駆け寄り抱き締める。
「……ルリ? ……めぐる?」
スピカは目を向けるとグシャラボラスに近づくめぐるの後ろ姿があった……
つづく