星降る夜にフィナーレを
「よし、着いた」
澄んだ空気、程よく冷たい風、鼻を抜ける自然の草木の優しい香り。
田舎と都会の中間点くらいのこの街にある小高い丘の街が見下ろせる絶景スポットに俺はいる。
絶景スポットと言っても、かつて俺ともう一人の親友と子供の頃に探検して偶然見つけた二人だけの秘密の場所。
俺はそこに腰を下ろしてここまで登ってきたちょっとした疲れをため息として放出し、腰に付けているボトルホルダーからコーヒーの入ったフタ付きのタンブラーを取って一口啜る。
ブラックコーヒーの香りと苦みが口の中に広がり、喉を通って体全体を温めてくれる。
そうしながら俺は、ある時刻を待った。
この街はよく流星群が観測されることでそう言った界隈の間ではちょっとだけ名の知れた街でその頻度は毎年。
流石にニュースになるようなものが毎年見られるわけではないが、流れ星程度のものなら確実に見られる。
初めてこの場所を見つけた日はたまたま流れ星が見られる日と時間帯で俺と親友は初めて見る流れ星に目を奪われて子供ながらに大興奮してはしゃいだ。
それからこの場所に毎年来ようと俺と親友は指切りして約束した、高校生になっても大人になってもおじいちゃんおばあちゃんになってもこの約束は忘れずに毎年必ず二人で見よう、そう堅く約束していた。
けれどその約束は長く続かなかった。
親友が病気で死んだ、まだ高校生だった。
夏の暑い日で、流れ星の約束の日の一週間くらい前だった。
快活な少女で、ポニーテールのよく似合うやつだった。
誰とも分け隔てなく話すからみんなから好かれて、告白だっていっぱいされてた。
けれどあいつは誰とも付き合うことはなかった、どうしてそれほど告白されているのに誰とも付き合わないのかと聞くと、
「私好きな人いるから!」だそうだ。
昔から体が弱くて、でも外で遊ぶのが好きな奴だった。
よく俺が遊びの相手にさせられて、あいつが負けず嫌いなもんだからうっかり勝負ごとに勝っちゃうとずっと付き合わされてへとへとになったり。
でもそれが楽しかった。
あいつが死んで、遺品整理をしている時、ふと俺の目にあいつがいつもしていた腕時計が入った。
俺はその時常識外れだと自覚していながらこの腕時計を譲ってくれないかと頼んだ、両親は反対したがあいつの親御さんがぜひ貰ってやってほしいと言ってくれたため俺はそれを肌身離さず今も身につけている。
別に遺品を持ってきたからと言って怪奇現象が起こるとか、そういうことはなかった。
けれどあいつがいない喪失感はどうにも耐えがたく、しばらく学校には行けなかった。
それどころか俺も後を追って死のうかとも考えた、でも頭の中にあの約束がよぎってそうはならなかった。
以来、俺は毎年あいつの腕時計をあいつだと思いながら二人でここに来ている。
もしかしたらあいつの姿が見えることがあるかもしれない、なんて思ったこともあるがそんなことはない。
「子供の頃にさ、二人で言ってたの覚えてるか? 将来は星に関わる仕事をしようって」
俺は何の気なしに独り言を呟いた。
時刻は午後十一時五十分。
「大学で天文学学んで、勉強頑張って、今度そういう系の専門職の人と一緒に仕事出来ることになったんだ。上手くいけばその人と同じ仕事に就職できるかもしれないけど、そうなったらこの街からいなくならなきゃいけなくてな………」
別にオチなんてない、ただの独り言だ。
時刻は午後十一時五十五分。
「けどさ、絶対この約束だけは忘れないから。安心してくれよ…………………ぁぁ、もし、お前がまだ生きてたら一緒にやれたんだけどなぁ………」
でも俺には、あいつの腕時計がある。
これがある限り俺たちは一緒だし、約束も朽ちない。
時刻は午前零時。
日付が変わると同時に、流れ星が流れた。
それを見て俺は「あぁ……」と呟いてこう言った。
「また、お前と一緒に星が見たかったなぁ」と。
―――――何言ってんの、ここにいるじゃん。ちゃんと。
幻聴、などではない。
俺にははっきりとあいつの声が聞こえた。
隣を見ると、確かにあいつは―――――お前がいた。
ポニーテールでジャージを腰に巻いて、ワイシャツの袖をめくって、俺の左手の上に手を重ねているお前の姿が、そこにはあった。
「――――――!」
俺は言葉が出なかった。
いっぱい、いっぱい話したいことがあるはずなのに、なのに俺の口から言葉が出ることはなく、俺はただ呻くように声を出すことしか出来なかった。
お前はそんな俺を見て確かに笑った。
そんなお前の笑顔を見て、俺も、笑った。
そしてお前は不意にさっきまで見てた空を指差して「見て」と口を動かした。
空を見ると、流れ星が空を埋め尽くしていた。
流星群だ。
あぁ………なんだ、別に、流れ星が流れている間とか三回とかの回数制限なくても叶うんじゃないか……願い事。
―――――きれい。
きれいだ。
言葉が被って、二人して笑っていた。
このまま、夜が明けないでずっとお前と一緒に入れたらいいのに、そう思ったがやはりどうやら層にもいかないらしい。
お前は――――――あいつは、最後に俺に「じゃあね」と口を動かして手を振った。
俺も、「じゃあな」と言って、手を振った。
次の瞬間、俺はハッと、目が覚めたような感覚に陥った。
さっきまで確かに目を開けてあいつと話して、別れを告げたはずなのに、まるで、夢でも見ていたかのような、そんな感覚だった。
「夢………?」
俺は時間を確認した。
時刻は午前零時で止まっていた。
俺は一旦頭を落ち着かせようとコーヒーが入っているタンブラーに手を伸ばした、が、中身が空っぽだった。
――――――苦い。
と、そう聞こえた気がした。
俺は笑った。
ああなんだ、やっぱり夢なんかじゃなかった。
俺は空っぽのタンブラーをボトルホルダーに戻して立ち上がった。
時計を確認すると、何事もなかったかのように針は動いていた。
次からはココアも持ってきてやろう。
俺はそんなことを考えながら、星空に背を向けた。