贖罪の転生
ゲームや小説、アニメや漫画に必ず登場する悪役、そして不幸な犠牲者……でも、その二極の関係には秘密があった……?
「お邪魔するわよ?」
そう言いながらその黒衣の女は、唐突に玄関を開けて室内へ上がり込むと、ズカズカと居間で祝いの膳を囲んでいた家族、そして新しく一員になった娘の結婚相手の前へと進み、
「あら、驚かせてごめんなさいね……でも、こちらも急いでいるから仕方ないのよね……じゃ、早速だけど……」
そう言うと彼女は手の平をこちらへと向けて一瞬留めた後、一言……
「……死んでもらおうかしら」
その瞬間、目に見えない糸が身体へと絡み付き、言葉を発することもなく首を切断されて机の上へと落下した。
……人間の脳は、その血管内に含まれている酸素によって、数十秒間は活動を停止しないと言う。そんな情報はこの中世を模した科学が未発達な社会において、まず周知されている筈は無いのだが、死に直面している私は……何故か過去の記憶を取り戻し確信するのだ。
【これが俺の贖罪……罪を犯した転移転生者の永い棘の道なのだ……】
次々と襲い掛かる不可視の糸は、何よりも大切な家族も……思い出の詰まった愛しい家具も……全て平等に切り刻み、儚く崩して微塵へと変えた。そして脳内の酸素が欠乏し、意識が混濁し遠退いていく。
だが、ハッキリと覚えている。こうして身に受ける残虐な仕打ちも……家族との悲惨な決別も……過去に同じような無法を行ってしまった自分への罰なのだ、ということ。
そして……私はきっと……息を引き取った後……生まれ変わり、いずれ哀れな犠牲者になるのだ……。
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……光が見える。温かい産道を潜り抜け冷気に満ちた外の世界へと押し出された私は、ベトベトと全身に羊水と胎盤の欠片を纏いながら開かぬ瞼を介して外の光を感じ取っていた。
だが、きっとこの感覚も次の一瞬で忘れ去り、ごくありふれた普通の人生を歩み始めるのだろう。普通に成長し、波瀾万丈などとは無縁な……どこにでもある平凡な生き方だ。
でも……私は知っている。その中で友を得て、苦節を経て成長し、青臭い恋に破れて、励まされながら独り立ちし、運命の相手と巡り合い愛し合い……、
……その結末が、不意に訪れた一人の無法な転移転生者によって……無惨に散る運命なのだ、と。
しかし、今にきっとそんなことは全て忘れ去り……最後の瞬間に記憶を取り戻すまで……
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「……ふあああぁ~、退屈ぅ……ねぇ?この元チートちゃん何回目だったっけ?」
白いローブを纏った一柱の女神が欠伸しながら、傍らの女神へと訊ねる。
「ロクサーヌ……あんたの担当は一体何なのよ?……【宿縁】の女神が物忘れとかシャレになんないわよ!?」
訊ねられた女神は呆れながら呼び掛けた方の女神に、手にした石板をポーン、と投げ渡し、
「エンデちゃんは【忘却】の女神なのに細かいこと、気にしすぎなんよ~♪……ふんふん、あ、この元チートちゃん、次回で満期だ!!頑張ったわねぇ~四千五百六十一回目!!……って、《殺めた数の十倍死に還る》罪かぁ……これって一回でなのかな?通算なのかな?」
暑いのか太股までローブを捲りながらパタパタさせつつ、身体を捻って後ろに座っていた女神に訊ねる。
「……通算です。勿論どちらでも償う罪の重さは変わらないし、犠牲になった人々の代わりを務めるのがその代償です」
【贖罪】担当の女神は黒縁眼鏡を上げながら、カリカリと石板に鉄筆で細かく記載し終わるとその跡に光る蝋を流し込み、サッと指先でなぞる。
すると石板はその場から消え失せて無くなり、彼女が鎮座する机の端に新しい石板が現れる。
「ふーん……でもさ?そーしたら最低十回は同じ人生を歩むんじゃない?そのうち何かの切っ掛けで思い出したりはしないのかな?」
ロクサーヌと呼ばれた女神は【贖罪】の女神にまた訊ねると、トントンと肩を叩きながら首をコキコキ鳴らし、エンデと呼ばれた【贖罪】の女神が再び答えた。
「……それはありません。残念ながら、人間の欲望は計り知れない程に深く、そして底深い物。新しい転移転生者が現れれば、いずれ道を踏み外す者が現れます。そうした者が産み出す新しい犠牲者が天に召される代わりに……彼等のような贖罪の転生を強制させられた罪人がその代わりの人生を準えるのです」
「ふーん……何だかゲームみたいだねぇ……ってか、それ言ったら私達も似たようなものかな?どんどん人間は死んじゃうけど、精錬練磨して魂が清らかになった者が私達みたいな【役の神】のサポート係になって……実績を積んで新しい【役の神】になるんだからね……」
ロクサーヌはそう言うと、指先を傍らに置かれた水瓶へと差し入れて、スッ、と引き抜く。
その指先には細い光る糸が絡み付き、クルクルと指先に巻き付いていく。
「さーて……元チートちゃん、お務めごくろー様でした!……出来れば次は転移転生と無縁な人生を送るんだよ~♪」
指先に唇を近付けて、ふぅ……、と息を吹き掛けると、光る糸は風に載って窓から流され飛んで行き、下界へと降りていく。
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……たとえそれが現実だろうと虚構だろうと、生きる者が居れば死ぬ者が居る。
脇役だろうと主役だろうと関係無く、懸命に生き、いつかは死ぬ。
神も人も主役も脇役も……現実も虚構も関係無いが、しかしそこには必ず流れがある。
……光が見える。温かい産道を潜り抜け、全身にベトベトと羊水と胎盤の欠片を纏いながら開かぬ瞼を介して外の光を感じ取っていた。
……だが、何故だろう?
……記憶がない。
……なら、生きて……懸命に生きて……生きて生きて生きて……、
……今度こそは……幸せな終末を、迎えよう。
自作品を書いている途中で突然全て思い付きました。てかそっちの更新しろよ?