ミステリー研究会と美少女依頼人①
「ダメだなぁ、和紗くんは」
「はぁ、いきなりのダメ出しですか…………」
放課後、ミステリー研究会の部室で僕に隣りに座っている部長の小早川 貴俊が話してくる。
「君は女心というものをまったく理解していない!」
「はぁ……女心ですか?」
ミステリー研究会の部室は、俺らが学んでいる教室の半分くらいのスペースで、壁には本棚が備え付けられている。その本棚にはもう入りきらないっていうくらいにミステリー小説が並べられていて、ミステリー小説好きには垂涎ものの環境だ。そして部屋の中央には長テーブルが二つくっ付けて並べられていて、部員はそこについて自分のやりたいことをするのが、基本的な部活のやり方だ。
「そう。今朝の葵ちゃんの心だよ」
「……葵の心ですか……」
やれやれ、妹の心を推察しなければならないとは……俺は朝のことを思い出した。
二度目のギリセーフのあと、俺は着替えを終え、急いでリビングの朝食が並べられているテーブルに着いた。朝食をとりながら、隣りに座っている葵の様子を伺う。葵は俺と目が合った瞬間、ギッっと睨んでぷいっと顔を横に向けた。
うーん、なんだかわからないけど、まだ怒っているようだ。葵は朝食の間も、通学中も、俺と会話すること無く、学校に来てそれぞれの教室に別れた。放課後になった今もまだ何の連絡も無いところをみると、まだ怒っているのだろう。俺としてもこのままほっておくわけにもいかず、何か問題解決の糸口でも掴めないかと部長に相談している。
「確かに、妹がいるのに着替えを始めたことは反省しています。でもそんなに怒るようなことでもないと思うんですけど」
「和紗くん、君は間違えている。考えてもみたまえ、天気の良い、朝の清々しいひと時に、男性の股間を見せられるんだぞ。怒りもするだろう?」
いやいやいや! 間違えているのはあんただろ!
朝っぱらから、妹に股間を見せる兄がどこに居るんだっつーの!
「部長! 誤解を招く発言は止めて下さい! ちゃんとパンツ履いていました!」
「まあ、履いていようがいまいが、この際どちらでもいい」
「よくありません!」
履いてなかったら逮捕レベルの話だ。俺は強く否定したが、部長は俺の否定を聞く様子もなく、身振り手振りを交えながら話を続ける。
「大切なのは、そのときの葵ちゃんの気持ちだ! 例えば、この事象を葵ちゃんの立場に置き換えて想像してみる」
「相手の立場に立って、物を考えてみろってことですね」
「そうだ。……天気の良い、朝の清々しいひと時、自分の目の前にいる女性が突然服を脱ぎ始める………………和紗くん想像したか?」
「はぁ、想像しましたけど…………」
勢いで想像したって答えてしまったけど、現実的にあり得ない事を想像しようにも、何の映像も頭に浮かんで来ない。
「どうだ?」
「どうだって言われましても何とも…………」
「何ともない訳ないだろう」
目尻が下がり、鼻の下を伸ばして何を想像してるのか、部長はにへらっと笑って何とも間の抜けた顔になっている。だが、それを知ってか知らずか、堂々と胸を張り言い切った。
「嬉しいじゃないか!」
ダメだこの人。
細身で、顔の造りもイケメン俳優のように整っていて、女の子にも凄くモテるのだが、大事な話になるとからっきし役に立たない。
部長に相談した俺がバカだった。そんな俺の心の声を、代弁するかのような声が聞こえてきた。
「小早川部長はおバカさんですかぁ〜?」
役に立たない部長に、ほんわかした声でキツイひと言が浴びせかけられた。
「相変わらずキビシイなぁ、知夏ちゃんは」
「いいえ〜、思ったことを言っただけですからぁ〜」
部長に暴言を吐いたのは、ミス研のもう一人の部員、一年生の柳良 知夏。ふんわりした髪が背中まで延び、ほんわかした造りの顔に大きな丸い眼鏡、ほんわかした声で、キツイ言葉の爆弾を投下する後輩だ。
「おや? 何か間違えてたかい? 知夏ちゃん」
「は〜い、全てが間違えてましたぁ〜」
「全部なの?」
「は〜い、全部ですぅ〜」
「全部かぁ」
部長はバツの悪そうな顔をして頭をかいた。そんな部長を気にもとめず、知夏ちゃんは俺に向き直って話を続ける。
「悠先輩が葵ちゃんの前で、着替えを始めたのは問題ありですけどぉ〜、葵ちゃんがこんなに怒っているのって、そのことじゃぁなくってぇ〜。悠先輩がそのあと言った『妹だろって』言葉に怒っているのですぅ〜。わかります?」
「? ちょっとわからないけど…………」